失せざる花の恋語り
実を言うと、式神そのものに憧れはあった。師匠とエースたちみたいな、気の置けない関係を近くで見てきたからだろうか。使役したり従えたりするんじゃなくて、背中を預け合って協力する、パートナーみたいな関係を夢見たこともある。
兄弟子たちがしていた修行――紙人形を依り代として、式神を呼び出すもの――を、近くで眺めるのも好きだった。
でも現実で私の式神になったのは、私よりずっと強い龍神と鬼神で。しかもその2柱は、めちゃくちゃ仲が悪かった。
私と2人きりのときは問題ない。でもローとキッドが顔を合わせれば、口喧嘩や小競り合い、嫌味の応酬等に発展する。ひどいときは武器まで出てくるから、止めるのが大変だ。
ダメだ。私がこの2柱の手綱をしっかり握らないと、守れる人も守れない。覚悟を決め、深呼吸して姿勢を正し、私は声を空間に響かせた。
「かけまくも
1文字ずつ丁寧に、真っ直ぐ相手に伝えるように。神様への本来の言葉遣いで語りかける。口に出して言うことも恐れ多い、龍神様と鬼神様。そのお怒りを収め、鎮まりくださいと申し上げることをお聞きくださいと、恐れ慎んで明白に申し上げます。そんな意味になる。
「……待て、何でそんなに他人行儀なんだ」
「……オイ、やめろその喋り方。何か背中がゾワゾワする」
「鎮まりたまえ。鎮まりたまえ」
神様と人間として、はっきりと線引きをした私の対応に驚いたのか。2柱は珍しく、少しうろたえたような反応を見せた。ここで揺らいだらダメだ。毅然とした態度を取らなきゃ。彼らの目をしっかりと真正面から見つめると、ローは観念したように目を伏せた。キッドは気まずそうに目線をそらす。
「……悪かったよ」
「…………わ、りィ」
ただ彼らに対して怒るよりも、一定の距離を置いた方が効いたのか。それ以来、2柱が私の前で争うことは、かなり減った。
***
体を鍛えることだけじゃなく、分けてもらった霊力を使うことも、修行メニューに加わった。いつもの山の中で、ローに霊力補給をさせてもらう。顔が離れた後、火照った頬を両手で押さえると、ローはくすりと柔らかな眼差しで微笑んだ。
「毎日やってんのに、なかなか慣れねェな」
「うぅ、ごめん……」
「いや、悪くねェ」
九字の切り方や印の結び方。五芒星の書き方。紙や木、布でできた人形を依り代にして、操る方法。それぞれの効果がある、呪符の使い方。
今までは霊力が足りなくて、ほんの少ししかできなかったことに、みっちり納得のいくまで取り組める。そのことが嬉しくて、やりがいがあった。
「そろそろ休め」
ローに止められて、時間を忘れていたことに気づく。汗を拭き、水分を摂って休憩していると、隣に座ったローが話しかけてきた。
「なぜ陰陽師になりたいか、聞いていいか」
真面目な目つきで、彼は私を見つめている。そういえば、ローには話したことがなかった。水筒を脇に置いて、私はそっと口を開く。
「小さい頃から、憧れだったんだ」
「私、4歳か5歳のときに、両親を亡くしてるの。妖怪に襲われたらしくて。そのとき助けてくれたのが、陰陽師の人だった」
「その縁で、師匠が私を引き取って、育ててくれたんだ。師匠は身寄りの無い子を弟子にしたり、1人でさまよってた妖怪に、式神の役目を与えたりしてた」
「私も誰かを守れる人になりたい。誰かの平和な日常を、守れる人になりたいんだ」
私は助けてもらえて、その後も出会いに恵まれた。だから今度は、私が誰かを助けて守る番だと思ってる。師匠たちみたいに、人の未来を守る人でありたい。そんな願いが、私の胸に灯り続けている。
「……そうか」
どこか眩しそうに目を細めて、ローが呟く。彼は控えめで柔らかな笑みを浮かべて、そっと私の髪を撫でた。さらさらと優しい、慈しむような手つきに、心が落ち着いていく。
「ローって、癒しの手の持ち主だったりする?」
「そんな力は無ェが、もっと癒しを与える方法なら知ってるぞ」
何だろうと思う間もなく、ローの顔が近づく。さっきまで霊力を使っていたからか、また霊力補給をされた。しかも長い。背中をぱしぱし叩くと、耳元で囁かれる。
「ほら、ちゃんと鼻で呼吸しろ」
霊力がたくさん注ぎ込まれているのか。いつもより温かい波のようなエネルギーが、全身に回っていく。頭がふわふわして、全身からゆっくりと力が抜けて、何も考えられなくなる。
お湯に浸かってるみたいに、心身が甘くとろけていくような心地良さ。ローの金色の目が、愛おしげに私を見つめている。私の頬を撫でて、髪を撫でて、ローは優しく囁いた。頭の中で、ローの声だけが、鈴のように不思議に響く。
『可愛いな』
『愛してる』
『おれの番。おれの、花嫁』
『お前の真名を、おれに教えてくれ』
「ぁ、……」
少しひんやりした手が、私の手に重ねられて。しなやかな指に撫でられてから、指を絡められた。ふわふわ、ふわふわ。揺りかごであやされているような、まどろみの中で、微かに唇を開く。
「……ッ!」
そのとき、ローがうめくような声を上げた。パチンと目が覚めて、意識がはっきりする。仰向けに寝転がった私に、覆い被さる体勢を取っていたローが、顔をしかめて後頭部をさすっていた。近くには、拳くらいの大きさの石が転がっている。
「え、え? あの、ロー? どうしたの? 大丈夫?」
「自業自得だ。ほっとけ」
「邪魔すんじゃねェよ、ユースタス屋……!」
「うるせェなトラファルガー。抜け駆けなんざさせるわけねェだろ」
いつここに来ていたのか、キッドがローを睨みつけていた。ローの下から引っ張り出され、力の入らない体をキッドに支えられる。瞬きしたとき、私は山の中じゃなく、自分の部屋に移動していた。
「もっと警戒しろ。お前、あいつに真名盗られるところだったぞ」
「あいたっ」
キッドの指で弾かれた、おでこがじんじん痛い。手でさすりながら、モヤの中を手繰り寄せるように、さっきのことを思い返す。何も考えずに答えそうになったのは、自分の真名。一度握られてしまえば、相手に支配される等の、強い影響が出てしまうもの。
あの師匠にも、「絶対教えてはならん」と言われていたのに。何でこんなにあっさり。呆然とした私の意識を、引っ張り戻すように、キッドが私の手首を掴んだ。
「これ、つけとけ」
手首にはめられたのは、銀色の金属を曲げた腕輪だった。ちょっと無骨なデザインで、小さな赤い石が1粒埋め込まれている。光にかざすと、炎みたいな鮮やかな色にきらめいた。
「この腕輪、もしかしてキッドが作ったの?」
「悪ィかよ。トラファルガーの勾玉が似合ってねェから、わざわざ用意してやったんだ」
「相変わらず張り合うなぁ……。でも、ふふっ。そっか。わざわざ作ってくれたんだ。ありがとう」
「……外すんじゃねェぞ」
「うん。大事にする」
お守りみたいな腕輪を撫でる。キッドは唇を尖らせてそっぽを向きながら、ガシガシと片手で髪をかいた。彼が照れたときの仕草に、私は思わず頬を緩ませた。