失せざる花の恋語り
惚れたとか式神とか、突然のことに混乱する私に、彼は順を追って話してくれる。それをまとめると、こういうことらしかった。
彼の名前はトラファルガー・ロー。襲ってきた闇の妖怪から、自分の神域と仲間を守り切ったものの。戦いで負った深い傷のせいで、龍神の力を一時的に失っていた。そのとき白い小蛇になっていたところを、私に見つけられ、手当されたという。
「着物が血で汚れるのも厭わずに、おれを包んで、介抱してくれた。お前がいなかったら、おれはあのまま、命尽きていたかもしれない」
「この恩義はきっちり返す。それに何より、お前の無垢な優しさに惹かれた。お前の傍にいさせてくれ」
私の腰に、しゅるりと龍の尾が巻き付けられる。冷静なように見えて情熱的な言葉。ストレートにぶつけられる想いに、頬が熱くなる。何を言おう。何て返そう。金魚のように口を開閉させる私と、その胸元に目をとめて、ローは私の首筋を指先で撫でた。
彼の人差し指に革紐が引っ掛けられ、勾玉がするりと取り出される。
「この宝玉は、龍神が命同様に大切にしているものだ。2つあるうちの1つを、番と決めた奴にしか渡さねェ」
「つがい……?」
「おれの花嫁ってことだ」
どうしよう。このままじゃ、とんでもないことに巻き込まれる気がする。助けた小蛇が龍神になって、恩返し(求婚)に来るとは思わなかった。
「あ、あのっ、ちょっと待っ……!」
何とか声を絞り出したとき、グイッと後ろに引っ張られる。割り込むようにその人は現れ、見慣れた背中が視界を隠した。唸るような声が、ローに向けられる。
「……トラファルガー。テメェ、こんなところで何してやがる」
「お前には関係ねェだろ。そこを退け、ユースタス屋。おれの花嫁が見えねェ」
「勝手なこと
「一緒にいた時間の長さとか関係ねェだろ。それにこいつは、誰とも式神の契約を結んでない。なら、おれがこいつと契約しても問題は無ェ」
一歩も引かない口論に、周りの空気が不穏に震えた。お互いの間にバチバチと、稲妻のようなものが走る。神様がいる神社で、別の神様同士の揉め事を起こすわけにはいかない。私はひとまずキッドの意識を逸らすために、彼の背中を叩いた。
「あの、どっちも式神にするのは無理なんですが……」
「「ア゛ァ!?」」
「怖ぁ! だ、だって龍神も鬼神も、上級の陰陽師が厳正な儀式を執り行って、ようやく契約させてもらえる存在でしょ!? 私じゃ無理だよ!」
「確かにテメェの霊力はヘボで雑魚だが、そこは大した問題じゃねェよ」
「キッド。なんと言うかもう少し手心を」
「そうだな。霊力が無いなら、有り余ってる奴が分け与えればいい」
一瞬だった。気づけば私は、目の前に移動していたローに、唇を奪われていた。
ファーストキスは、甘くてレモンの味がするなんて、誰が言い出したんだろう。本当は味を感じる余裕なんて無くて。少し柔らかな感触に、唇をふさがれて。私の頬や首筋、そして耳に触れる彼の手が、少しひんやりしていて。
「ん……」
「ンッ、んぅ、ふ……っ」
重なった場所から、何かが流れ込んでくる。温かい何かが私の中に染み渡って、私の体の中を巡る。混ざり合って、溶け合って、少しずつ書き換えられるような、感覚。
「トラファルガアアアア! テメェ何してやがんだぶっ殺すぞ!!」
「テメェこそ何すんだユースタス屋。こいつに当たったら危ねェだろうが」
「安心しろテメェの顔面にしかぶち当てねェよ!!」
雷鳴みたいな咆哮に、ハッと気がつく。私はローに抱きかかえられて、木の上に移動していた。下には金棒を振り上げて、目を鋭くギラつかせ、こめかみに青筋を浮かべたキッドがいる。あそこまでキレているのは、初めて見たかもしれない。
「な、な、な……っ。何てことするんですか! 初めてだったんですよ!」
「そりゃ光栄だ」
「ファーストキスは、金色の夕日が差し込む部屋で、柔らかく揺れる白いカーテンに隠れて、そっと……って憧れてたのに!」
「えらく具体的だな」
「私だってロマンチックなシチュエーションを夢見たりしますよ!」
「陰陽師になりてェなら、霊力は必須だ。霊力は口吸いでしか補給できねェ」
「そ、それなら仕方ない、か……?」
「流されんなァァ!!!」
キッドが悪鬼羅刹のような顔で怒鳴った。キッドの足元がひび割れ、鬼神の霊力が辺りに満ちる。ローも対抗するように片手を持ち上げ、龍神の霊力を巡らせた。
「ちょっ、ダメ! 待って2人とも! こんなところで戦ったら……!」
声を張り上げたけど、2人とも聞いてくれない。神社に被害が出るのも困るし、太陽神のお膝元で暴れるなんて、いくら彼らでも無事で済むとは思えない。ローだけでも止めようと抱きついたとき、別の霊力が飛んできた。
宇宙を飛ぶ隕石のような、膨大な力。ローとキッドの勢いが止まった瞬間、2人が吹き飛ぶ。
「わしの愛弟子に手を出すとは、いい度胸じゃのう。小僧共!」
「師匠〜〜〜!」
私を小脇に抱え、拳で事態を強引に収めたのは、誰よりも強くて頼れる師匠だった。
***
「それでお前、ギザ男とトラ男とカリケーヤク? することになったのか?」
「何でか2人とも引かなくて……。不思議だよね、私そんな器じゃないのに」
私が作った肉巻きおにぎりを頬張りながら、ルフィがこてんと首を傾げる。彼も師匠の式神だけど、何の妖怪かはよく分からない。小猿みたいな可愛い姿で、首には麦わら帽子を引っかけていた。背中には白い太陽のような模様がある。ちなみに師匠は、「
あの後、話し合いの場が設けられ、私はローとキッドと仮契約を結ぶことになった。2人は不服そうだったけど、陰陽師見習いの私が本契約を結んだら、どちらか1人しか選べない。ただでさえ神格が高い彼らだ。並の陰陽師1人の霊力で従えられないし、下手すれば私の命に関わる。
それが分かっていたから、彼らは渋々……本当に渋々、頷いていた。
「仮契約とはいえ、龍神と鬼神、両方従える陰陽師なんて初めて見たわい。さすがわしの弟子じゃ。ぶわっはっはっは!」
師匠はというと、そう言って豪快に笑っていた。私の方は、力不足なのに強い式神ができた影響で、何だか体が重だるい。霊力が足りない分、体力やら気力やらを持っていかれているような感じだ。鍛えてなかったらどうなってたんだ。
「ところでルフィ。神棚のお供え物が無くなってたんだけど、何か知らない?」
「し……知らねェ。熊肉と桃と米なんて食ってねェ」
「すごい食べてるね〜〜。"お腹空いたら私のところにおいで"って、言ってるでしょ。あれは神様のご飯だから、食べちゃダメだよ」
「腹減ったら、ちゃんとお前のとこ来てるぞ」
「肉巻きおにぎり5個はおやつじゃないんだよ」
汗を流して明後日の方向を見ながら、ルフィはかすれた息みたいな口笛を吹く。ゴムみたいに柔らかい彼のほっぺたを、伸ばしたり押したりしながら言うと、ルフィはケラケラとくすぐったそうに笑った。
「美味かった! ごちそうさまでした!」
元気に手を合わせて、ルフィが窓から跳ねるように出ていく。またどこか探検にでも行くのかな。微笑ましい気持ちで見送った後、スパンと勢いよく障子が開いた。
「入んぞ」
「キッド! せめて入っていいか聞いてよ!」
「知るか」
ずかずかと部屋に踏み込んできたキッドは、いつもよりだいぶ不機嫌そうに見えた。眉間にぎゅっとシワを寄せた顔で、彼は私の頬を遠慮なくつまむ。
「あいたたたたた」
「お前な、余計なモン拾うんじゃねェっつったろ」
「怪我してるのに放っておけないよ〜……」
「そのせいで面倒なヤツに懐かれてんだろうが。マジでそのお人好しどうにかしろ。いつか死ぬぞ」
舌打ちをしながら、キッドは畳の上にあぐらをかく。先にお皿を片付けてこようと立ち上がると、目の前がふっと暗くなった。足元がふらつき、たくましい体に抱き止められる。
「危ねェな……。ア? お前いつもより冴えねェ顔してねェか」
「実は朝からちょっとだるくて……」
「霊力不足か」
机にお皿を置いたキッドが、顔を近づけてくる。霊力はキスでしか補給できない。その言葉を思い出して、思わず両手で口を覆うと、キッドは不愉快そうに片眉を上げた。
「オイ何だよこの手。どけろ」
「だ、だって恥ずかしくて……」
「ア゛? トラファルガーにはヤらせて、おれにはさせねェってか。ふざけんじゃねェぞ」
「いやあれは不可抗力っていうか、言い方に悪意を感じるのは私だけかなぁ??」
「ずっとフラフラしてェんなら、精々抵抗してろよ」
両手首を片手でまとめられ、後頭部を押さえられる。抵抗なんてさせる暇も与えず、キッドは私の唇に自分の唇を重ねた。噛みつかれるようなキスに、肩が強ばる。
「んうぅ……っ!」
まただ。何かが体内に流れ込むような感覚がして、体がゆっくりと熱くなっていく。内側からほぐされるような、絡み合うような、不思議な感覚。
「……そうだ。全部飲み込んで、受け入れろ」
熱っぽいキッドの声が、鼓膜をくすぐる。どれくらいそうしていたか、よく分からない。上がった息を整えながら、くたりと彼の胸にもたれかかる。すると顎に手をかけられて、上を向かされた。
「ハッ……。イイ顔だな」
キッドが親指で、私の唇を撫でる。キッドの口紅の色が、その指に移っていた。潤んだ視界の中で、キッドが愉しげに口角を上げている。かすれた口紅が、やけに色っぽく見えて、心臓が跳ね上がった。
「な、で……」
「ア?」
「何で、キッドは……。私の式神になるって、言い出したの……?」
ずっと心の中に引っかかっていた。恩返しに来たローならまだ分かる。でも、あの血気盛んでプライドが高いキッドが、何でそんなことを言い出したのか、分からないままだった。
「いきなり、こんなのおかしいよ。私たち、幼なじみみたいな感じだったのに。何で……」
キスは、好きな人とするものだと思ってた。好きな人としか、しちゃいけないものだと。でも霊力補給のために、しなくちゃいけないことで。それは、好きな人じゃなくても、幼なじみみたいな相手でも、できてしまえるもので。
「私が、弱くて心配だから……?」
昔から側にいたのに、彼の気持ちが分からない。頭が混乱して、考えが上手くまとまらない。何とか自分なりの答えをひねり出すと、キッドは目をすがめて舌打ちをした。
「……そんな生ぬるい感情で、おれが人間の下につくとでも思ってんのか?」
「……?」
「もういい。分かんねェなら分からせるまでだ。仮契約の間は我慢してやるが、本契約はおれが結ぶ」
突き放すように手が離れる。体のだるさは消えたはずなのに、体に力が入らない。畳に座り込んだ私を見下ろして、キッドが言い放つ。
「"いきなり"じゃねェよ。おれはずっとガキの頃から、こうしてェと思ってたんだ」
「あいつには……トラファルガーには、絶対ェ渡さねェからな」