Only Buddy


この世界には、2種類のヒトがいる。
ひとつは人間。もうひとつは獣人。彼らは共存し、認め合い、お互いのできないことを補うようにして暮らしている。


「"Go"!」

コマンドを使うと、キッドが牙を剥き出して犯人に飛びかかった。ギラついた目やあくどい印象がにじむ笑みは、『特殊捜査課の狂犬』という呼び名がぴたりと当てはまる。

犯人が苦し紛れに出したナイフ。それにも怯まず、キッドは相手の腕をひねり上げて、地面にねじ伏せた。あっという間に手錠がかけられ、犯人はパトカーで連れていかれる。世間を騒がせていた強盗犯を、無事に捕まえられた。そのことに安堵していると、キッドがこっちにのしのしとやって来た。

「おい、言うこと聞いてやったんだから褒めろ」

上体を反らして言い放つ様子は、横柄に見える。でも彼は、何だかんだ言いながら、私のところにちゃんと戻ってきてくれる。それは積み重ねてきた信頼の証のようで、私はつい頬を緩ませた。

「一瞬で取り押さえたの、かっこよかったよ! 相手は刃物持ってたのに、迷わず行けるのはすごいなぁ」
「当然だろ。おれを誰だと思ってやがる」
「私の自慢のバディ」

そう答えると、キッドは満足そうに鼻を鳴らして、赤いふさふさした尻尾を左右に振る。最近では尻尾の動きを隠さなくなってきて、それを見つけると嬉しくなる。

「用は済んだし、とっとと戻るぞ」
「うん。……っと、わ、〜〜ッ」

キッドが足を踏み出すと、持っていたリードがびんっと引っ張られる。キッドは体が大きい分、歩幅も大きいし力も強い。少しでも気を抜いたら、めちゃくちゃ引きずられてしまう。同僚たちの間では、日常茶飯事な光景として見守られているらしい。お恥ずかしい。

底をすり減らした短靴たちに思いを馳せながら、つんのめったり踏ん張ったりして体勢を立て直す。小走りで進んでいくと、頭上からため息がひとつ聞こえた。お腹に腕が回され、足が地面から浮き上がる。

「えっ、ちょ、あの、キッド?!」
「この方が手っ取り早い」
「いや自分で歩けるよ、下ろして……!」
「お前歩くの遅ェんだよ。まどろっこしいからこのまま行くぞ」

人ひとり小脇に抱えているのに、キッドの歩みはさっきと変わらない。荷物みたいに運ばれるのは、これで2度目だけど、さすがに往来でされると顔が熱くなる。ぷらぷら揺れる足をばたつかせると、「おい暴れんじゃねェ」と舌打ちされた。


キッドとバディを組んで、警察官として経験を積むこと、およそ1年。厚生局麻薬取締部――通称マトリ――との合同捜査に呼ばれたのは、そんなときだった。

「目的は、違法薬物をばら撒いている暴力団の壊滅だ。マトリは、薬物製造に関与してる研究所の、摘発に向けた捜査。特殊捜査課はマトリと共に、ガサ入れと組員の捕縛。以上だ」

集められたメンバーの前に立つのは、私たち特殊捜査課の課長と、マトリ捜査課のスモーカー課長。ツーブロックにしたオールバックの白髪から、ぴんと立った耳がのぞいている。ジャーマン・シェパードの獣人らしく、がっしりとした体つきだ。顔の縫い傷と口にくわえた葉巻が、厳つい印象を深めている。

「暴力団の名は百獣組。歴史が長くデケェ組織だ。気は抜くな」

緊張で体の芯が引き締まるような気がして、こくりと唾を飲み込む。そのとき、隣からビリッとした気配を感じた。そっと横を窺うと、眉間に皺を寄せて、前を睨みつけるキッドがいる。

その目は、いつもの彼と違っていた。燃え盛るような激情では無く、不自然な静けさ。奥底で凍り続けているような、怒りのような感情。大きな片手は、首筋から胸元に走る傷跡を、押さえつけていた。


「……おれは現地で捜査する。お前は組の情報集めてろ」
「待って、私も、」
「ついてくんな」

解散の指示がかかり、一足先に部屋を出たキッドを追いかける。振り向かずに投げつけられた言葉は、淡々としていて、足が先に進まなくなった。怒鳴られたわけじゃない。それなのに、拒むように遠ざかる背中を、見ていることしかできなかった。

***

「絶対避けられてる……!」

かき集めてきた新聞記事や資料を、一旦整理し終えてから、私は頭を抱えた。あれから1週間。私は資料室での情報収集と、マトリのたしぎさんとの情報共有をしていた。

「あの、キッド」
「聞き込み行ってくる」

「キッド、今日こそ私も」
「仕入れてきた情報だ。まとめとけ」

「一緒に行動しようよ!」
「おれ1人で充分だ。お前は来んな」

キッドと行動することは少なく、声をかけても聞いてくれない。私に何も言わずにいなくなることもある。初めて会ったときに戻ったみたいだ。頑なに遠ざけられる理由が分からなくて、胸の辺りにモヤモヤした気持ちが溜まる。

「……ちょっと、休憩しようかな」

部屋を出て、自動販売機を目指す。最近日差しが強くなって、セミも鳴き始めていた。薄手のシャツとスラックスを着ていても、外に出るとうっすら汗ばむ。キッド、ちゃんと水分とか塩分補給してるかな。

「はぁ……」

小銭を入れて、冷たい麦茶のボタンを押す。ため息をつきながらペットボトルを取り出すと、視界の端で白いものが揺れた。

「浮かない顔だな。どうした」
「あ、ローさん」
「あの野蛮な馬鹿犬に苛められたか?」
「いじめられてはないですけど……。その、最近、何だか避けられちゃってて……」

白いものは、ローさんが羽織っていた白衣だった。缶コーヒーを買った彼と、涼しい部屋に移動する。ソファに並んで座り、ちびちびと麦茶を飲みながら、私は胸に渦巻いていたモヤモヤを打ち明けることにした。

「殺人放火とか、自殺に見せかけた他殺とか、いろんな事件を一緒に解決してきた、つもりだったんです。でも今回は、何も話してくれなくて……」

両手で握ったペットボトルが、きしりと音を立てる。どうしてキッドは、単独で行動するんだろう。どうして自分だけ、前線に立とうとするんだろう。どうして、何も話してくれないんだろう。私は、そんなに頼りないのだろうか。

うつむいて唇を噛む。そのとき、二の腕にふわふわしたものがふれた。顔を向けると、黒いまだら模様が入った白銀の毛並みが見える。太めで長いローさんの尻尾が、慰めるように私の腕を撫でていた。

「……百獣組を壊滅させるための、合同捜査だったか」
「はい……」
「……あいつ、お前に話してねェのか」
「え?」

柔らかな感触に、落ち込みかけていた気持ちが癒されていく。すると、ローさんがぼそりと気になることを呟いた。話って、どういうことだろう。顔を上げると、彼は何か考え込むように、眉を寄せていた。

「……お前が配属される前。ユースタス屋が、ペアを組んでいたことは知ってるか」
「え、そうなんですか?! 私以外の人とは、組んでなかったんじゃ……!?」
「"人間"とはな」

含みのある言い方をしてから、ローさんは缶を傾けて、コーヒーを1口飲む。続きを大人しく待つと、彼はぽつぽつと話し始めた。

「奴は以前、幼なじみで同期の獣人とペアを組んでた」
「当時ユースタス屋を上手く制御できるのは、その男だけだったからな。主従関係じゃなく、対等なバディとして、そいつらは仕事をしてた」
「だが、ある捜査中に目撃した、百獣組による薬物の取り引き。それを追い、奴らは罠にはめられた」
「ユースタス屋は複数の刺創と、首筋から胸元に跡が残る程の切創。バディ関係だった男は、薬漬けにされた後遺症で、前線から離脱した」

それらは恐らく、拷問によるもの。初めて知った出来事に、頭の中が揺れるような気がした。口の中がからからに乾いて、ペットボトルを強く握りしめる。両手の中で、容器が小さな悲鳴を上げた。

誰にも従わないと、はっきり告げた姿。たった1人で決断して、行動する背中。手遅れになることを防ぐように、時に強引に、時に荒っぽく物事を進める様子。それらの原因が、何にあったのか。

「だからこそ、ユースタス屋は、百獣組を潰すことにこだわってんだろうな。今度こそ、確実に。しくじらないように」

静かな低い声で、そこまで言い終えたローさんが、コーヒーをまた口に含む。麦茶の存在を思い出した私も、口内を潤すように、お茶を少しずつ飲み込んだ。


休憩から戻り、捜査のための情報整理を終えてから、私は資料室にこもった。過去の報告書が綴じられたファイル。昔の新聞記事。ローさんから聞いた話と照らし合わせて、真実を探し求める。

――何となく、分かった気がする。

私を現場から遠ざけて、事務仕事に集中させる理由。それは多分、私を傷つけない、ため。身体能力に優れた獣人の男性でも、かなわなかった相手から、私を守るため。

拳を握りしめ、自分の体を見下ろす。警察官として鍛えているけど、男の人と比べたら腕も足も細い。手も小さいし、力もそこまで強くない。キッドと初めて会ったとき、"貧弱"と言われたことを思い出す。

もし、私が男の人だったら。もっと強くて頑丈だったら。もし、たくましい獣人だったら。キッドは、今よりも頼ってくれたのかな。

――対等に協力したい。パートナーになりたい。

キッドに告げた気持ちは、今も変わっていない。バディとしても認めてもらえた。でも、本当に対等になれているか、自信が持てない。キッドの力になりたいのに、私はキッドの荷物になってるんじゃないか。だからキッドも頼れないんじゃないか。

「……ッ、」

目の奥が熱くなり、喉に何かが込み上げる。悔しさやもどかしさ、他にもモヤモヤした気持ちが塊になったみたいで、胸が詰まる。広げたノートには、ぽたぽたと灰色のシミができた。

***

「お疲れ様です、たしぎさん」
「お疲れ様です。こちらへどうぞ」

約束していた時間に、マトリの執務室を訪ねると、たしぎさんが迎えてくれた。長い黒髪をアップにまとめていて、赤ぶちの眼鏡をかけている。可憐さと、キリッとした印象が合わさったような人だ。

マトリの捜査状況の確認。キッドと私で集めた情報。それらを交換してお互いに把握する。お話をする機会が多いため、だんだんたしぎさんとは打ち解けてきた。ちょっとドジっ子だけど、優しくて正義感の強いお姉さんだから、一緒にいると落ち着く。

「そういえば、たしぎさんって、スモーカー課長の右腕って呼ばれてるんですよね」
「僭越ながら、そう評価してもらっています」
「……獣人の男性と、肩を並べることとか。相手に頼ってもらうことって、やっぱり難しい、ですか……?」

気づいたら、ぽつりと弱々しい言葉がこぼれていた。ハッとして顔を上げると、2人分のコーヒーカップを持ったたしぎさんが、少しだけ目を丸くしている。いけない。他所の人に弱音を吐いちゃうなんて、気が緩みすぎだ。

「あ、あの、ごめんなさい、その、」
「大丈夫ですよ。落ち着いてください」

両手を振りながら、慌てて訴える。たしぎさんは柔らかく微笑んで、私の前にカップを置いてくれた。香ばしいコーヒーの匂いが、鼻をくすぐっていく。

「……そうですね。難しくないと言えば、嘘になります」
「……!」
「スモーカーさんに叱責されることも少なくないですし、彼に助けてもらったことも、1度や2度じゃありません」

飾らない言葉が、素直な響きを込めて語られる。手に持つカップに、落とした彼女の眼差しは、どこか遠くを見るような切なさが感じられた。少しの間だけ目を閉じてから、たしぎさんは私の目を、真っ直ぐに見つめる。

「獣人の方たちは、私たちよりも力が強い。それは変えられません。それでも、悔しかったら、強くなるしかないんです」

彼女の目には、優しくて、凛とした強さがあった。折れない刀のような、澄んだ光。立ち止まってしまった私の背に、手を当てて軽く押してくれるような、励ましの言葉。

自分が自分じゃなきゃよかったと、考えても仕方がない。そんなことをしても、現実は変わらない。それなら、自分ができることを精一杯頑張って、成長していくしかない。

そうだ。そうやって、ひたむきに努力してたから、キッドもバディとして認めてくれたんじゃないか。

ぽろ、と雫が頬を伝う。大事なことを思い出せたからか、弱気な感情やモヤモヤした気持ちが、フワッと薄れて消えていく気がした。私が泣いてしまったからか、たしぎさんがあたふたと立ち上がる。

「あの、コーヒーに合うマフィンもありますよ! 今用意を!」
「た、たしぎさん足元に気をつけ、」
「きゃあ!」
「たしぎさーーん!」

すてんと転んでしまった彼女に、涙を拭いて駆け寄る。たしぎさんは照れたように笑いながら、無事に起き上がった。出してもらったマフィンはしっとり柔らかくて、小麦とバターの香りが心地いい。ほんのり甘い焼き菓子とアイスコーヒーは、心とお腹に染み渡るみたいだった。
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