安心毛布は煙色
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「大佐ァ! 空から人……女の子が!」
慌てふためく部下共と、眼鏡をかけ直して上空を確認するたしぎ。お前は頼むから大人しくしてろ。上を見たまま急に動くな。また何かしら巻き込んですっ転ぶだろお前は。ほら見ろ。
舌打ちをしながら身体を煙に変える。何が目的か知らねェが、軍艦めがけて空から急襲なんざいい度胸だ。対象が船に着地する前に、空中で抱きとめる。
「……!」
腕の中にいたのは、1人の女だった。たしぎよりも歳下だろうか。細い手足も、色白の肌も、柔らかい華奢な体も、荒くれた海賊とは思えない。ぎゅっと目を閉じて、小刻みに震えている。目のふちには雫が浮かんでいた。
やがて目を開けて、状況を確認する姿も。絶対離すもんかと言うように、おれの身体にしがみついているところも、いたいけな小動物を連想させた。
「……おい。怪我ァねェか」
だからだろうか。得体の知れないヤツ相手に、柄にも無く、静かに声をかけてしまった。まるで、怖がらせまいとするかのように。しかしそいつは、おれの顔を見てビクッと反応した後。悲鳴の1つも上げずに気絶した。
***
礼儀を知っていて、義理堅い。よく働くが、その分こちらが見ていないと、いつまでも動き続ける。保護した女は、拍子抜けするほど「いい子」だった。
「き、期待はしてませんけど! スモーカーさんのことは疑ってない、ので……。お世話になります。よろしくお願いします!」
そう言って、「野犬」と呼ばれるおれに対し、丁寧すぎる態度で頭を下げてきた。人畜無害で身寄りのないそいつを、自分のテリトリーに引き入れたときから、何かが決定的に変わっていたのだろう。
常に漂っていた葉巻の香りが消えて。部屋のあちこちで、清涼な植物のような香りと、石けんに似た清潔な香りがする。台所で作業をする、カチャカチャとした音。雑貨屋で買ったエプロンを身につけ、こちらを振り返って笑う、あどけない顔。
「おはようございます。スモーカーさん」
本部から家に戻ると、オレンジ色の明かりが窓からこぼれていて、晩飯の匂いがゆるやかな煙と共に流れてくる。できたての温かいメシは、どれも素朴でしみじみとした、どこか懐かしい味がした。
「おかえりなさい」
「行ってらっしゃい」
「おやすみなさい」
何でもない、ありきたりな日常のかけらたち。それがどうにもむずがゆく、そのくせ胸の辺りが、ぬるま湯に浸かったように和らぐ。仕事をしつつ、あいつが元いた場所に帰る手がかりを探す日々。その中で、あいつの存在が少しずつ、おれの生活に馴染んでいく。
朗らかに笑う顔。安心したように眉を下げて、息をつく顔。恥じらうように赤く染まった顔。知り合いがいない初めての場所で、そいつはいつも、明るい感情を見せていた。
だからこそ、あの夜。何かに取り憑かれたかのように、海を目指していたそいつを追いかけて、名前を呼んだとき。その頬を伝う涙を見て、どこかで安心した自分がいた。
「かえりたい」
月光の下で、そいつから溶けだした感情が、波間に儚くこぼれ落ちる。
「こわい」
家族も知り合いも存在せず、常識すら違う。そんな場所に突然落ちてくるのは、どんな気分か。分かったような口は利けないが、戸惑うことも不安も多かったはずだ。
その小さく華奢な体に抱えていたものを、ようやく見せてくれた。気丈に振る舞っていたそいつが、やっと、泣いてくれた。
もっと早く、帰り方を見つけるべきだったことは分かってる。言い訳はせず、絶対に叶えられる保証の無い約束もせず。おれはそいつを、腕の中に包み込んだ。初めて空から落ちてきたとき、この腕で受け止めたように。
涙も、悲しみも、恐怖も、怒りでさえも、まるごと受け止めたいと思った。純朴で健気で、不思議な縁でおれの前に現れたこいつに対して、最後まで責任を取りたい。いつか、元の世界に帰るその日まで。もし万が一、帰る方法が無かったとしても。
「安心しろ。お前のことは、最後まで面倒見てやるよ」
今は伝えない。「帰りたい」と願うこいつの意志を、曇らせることが無いように。いつか来る日に、捕まえた手を離せるように。
今はただ、彼女を守り、彼女にとって安心できる居場所であればいい。