安心毛布は煙色
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こうして私は、海軍の船に保護してもらうことになった。たしぎさんの部屋で、一緒に寝泊まりさせてもらい、ご飯も1日3回もらっている。シャワーも使わせてもらえるのは、かなりありがたかった。
「何か、お手伝いできることはありますか?」
でも私はお客さんじゃなく、居候の身。返せるお金もお礼の品も何も無いため、私はここでできるような仕事を探すことにした。食べて寝てるだけではブタさんになってしまうし、何より申し訳ない。ここで働かせてください。
「よかったら使ってください。長い船旅になると思って、多めに持ってきたんです」
たしぎさんがそう言って貸してくれた、花柄シャツの袖と、ズボンの裾をまくる。ずり落ちないようにしっかりと。彼女は私よりも背が高いため、服のサイズが私よりも大きかった。でも、ずっと制服でいたらしわくちゃになっちゃうし、衛生面も気になるから助かる。
もらえた仕事は、甲板や共有スペースの掃除。野菜の皮むきといった、台所での簡単なお手伝い。あとは洗濯のお手伝い等。一応私は、海軍に関係ない身元不明者なので、「海兵さんたちの部屋はさわらないように」と言われた。秘密の情報が知られたら大変だもんね。
「おはようございます!」
「こんにちは!」
「お疲れ様です!」
明るい声で挨拶をしながら、お手伝いを続けて3日経つ。海兵さんたちとは大体顔見知りになったし、皆さん笑顔で話しかけてくれるようになった。挨拶の大切さを改めて認識する。
「精が出るなー、マナちゃん」
「今日も掃除か。助かるよ」
「お疲れさん。休憩の時に食べな」
「あ、ありがとうございます」
甲板に水をまいて、デッキブラシでこすっていると、今日も海兵さんが声をかけてくれた。中には個包装のおせんべいやキャンディをくれる人もいる。馴染み深いお菓子を見ると、気持ちがふっと落ち着いた。落とさないように、大事にポケットにしまう。
甲板の汚れや塩分を落としたら、共有スペースのホウキがけかな。棚の水拭きもしておこう。それが終わったら、お昼ご飯のお手伝いの時間になりそうだな。やることがあるのはいいことだね。
最後の汚れを念入りにこすり落としてから、額に微かに浮いた汗を、腕で拭う。ここ――グランドラインは天候が一瞬で変わることもあるけど、今は良い天気だ。降り注ぐ日差しがぽかぽかしてる。
ふと昨日のことを思い出して、苦笑いがこぼれた。何の前触れも無く嵐が起きて、慌てているうちに突風に煽られて。危うく吹き飛ばされかけたところを、スモーカーさんに捕まえてもらったのだ。
ちなみにその後、速やかに船内に放り込まれた。グランドラインの注意点。そしてスモーカーさんが、"悪魔の実"というものを食べて、煙の能力を使えることを、そのとき教えてもらった。
またああならないように、気をつけないとな。そう思いつつ、私は小走りで、掃除道具を片付けに行った。
***
「おい」
回収した衣類を抱えて歩いていると、後ろから声をかけられた。振り返れば、そこにはスモーカーさんが立っている。今日もタバコ、じゃなくて葉巻を2本くわえていた。いつも必ず2本吸ってるけど、体は大丈夫なんだろうか。
「スモーカーさん! お疲れ様です」
肺が真っ黒けになってそう。そう思いながら、ぺこりと軽く頭を下げる。私と私が持っている服を見比べて、彼は少し眉間にシワを寄せた。
「そいつァ何だ」
「ボタン取れちゃったみたいなので、縫い付けをお願いされました」
「……お前、午前はずっと掃除してなかったか。メシのときも手伝いしてただろ」
「お昼休憩したので大丈夫です!」
ちなみに今日のメニューは、エビやイカやジャガイモ等の具が、ごろごろ入ったシーフードカレーだった。この世界の海軍も、曜日感覚を忘れないように、金曜日にカレーを食べるのが習慣になっているらしい。美味しかった。
「……」
スモーカーさんがため息をつくと、ふわっと煙が漂う。どうしたんだろう。一応その場に立ち止まっていると、スモーカーさんがくるりと背を向ける。そして私を呼ぶように、ちょいちょいと片手の指先を動かした。
「来い」
「へ? あ、はい」
先に進む彼を追いかける。スモーカーさんは、2メートルを少し超えていそうな大きさで、その分手足も長い。彼の1歩が私の3歩くらいのため、私は小走りでついていくことになる。ちょっと呼吸を抑えているせいか、息が切れそうだ。
ときおりスモーカーさんがこちらを振り返って、立ち止まってくれる。それが無かったら、私は簡単に置いていかれてただろう。ところ構わず葉巻を吸う彼だけど、意外と気遣ってくれるところもあるのだ。
「ここは……」
たどり着いたのは休憩室だ。誰もいないようで、しんと静まり返っている。促されるままに、ソファにちょこんと腰を下ろすと、柔らかく体が沈んだ。
「少し休んでろ」
「え。でも、」
「急ぎの仕事って訳でもねェだろ」
「そうですけど。私、ここにタダで置いてもらってる身ですし……」
「お前1人が、そんなに根を詰める必要はねェ」
抱えていた服たちが取り上げられる。空っぽになった腕が、落ち着かない。何となく、大切なものを――自分の役割を取り上げられたような気がして、すがるように手を伸ばす。それを、彼は許してくれなかった。
「……お前が、充分過ぎるくらい動いてるのは、知ってんだ。部下たちも、たしぎも。おれも」
「今は休め。頃合いになったら、こいつは返してやる」
そう言い残して、彼は部屋から出て行ってしまう。パタンと閉められたドアを、私は瞬きしながら見つめた。休むことを勧められるなんて、思ってもみなかった。
「……は〜……」
大きく息を吐き出しながら、ソファに深く座り直す。背もたれに寄りかかりながら、ぼんやりと天井を眺めた。ふつりと集中が切れたように、体から力が抜けていく。
「……あ。そうだ」
ふと思い出して、ポケットを探る。午前中に海兵さんからもらったキャンディを取り出し、包み紙を剥いた。ころんと口の中で転がすと、甘酸っぱい苺の味が広がる。舌に染みるような甘みに、張り詰めていたような気持ちが緩んでいく。
自分で思う以上に、疲れていたのかもしれない。スモーカーさんはそれを見抜いていたのだろうか。いつか社会人になったら、スモーカーさんみたいな上司のところで働きたいかも。
キャンディをなめ終えた後。ぼーっとソファに体を沈み込ませて、数分くらいまどろむ。そうしながら、時計の短針が一回転した頃に、スモーカーさんが衣類を返してくれた。
休憩したおかげか、肩が軽くて、頭もすっきりしている。借りた糸と針を使って、ボタンを制服に縫い付ける作業は、想像してたよりさくさく進む気がした。家庭科の授業で覚えててよかったな。