薄幸幼女と街のヒーロー
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暗い夜を、オレンジ色の
そこから少し離れた暗がりに、しゃがみ込んでいる小さな影が1つ。花模様の赤い浴衣を着て、クマのぬいぐるみを抱きしめている。しゃくり上げるような声と、鼻をすする音が、微かに聞こえた。
今日はまこち町の近くで、お祭りが開催されていた。祖父母たちに連れられて来たいつきは、初めて見るお祭りにすっかり夢中になった。夜なのにおうちを出ていいなんて、ドキドキしてワクワクする。
初めて着る浴衣は、ちょっと動きづらいけど可愛くて、いつきはとても気に入った。祖母が用意して着せてくれたものだ。おめかしをして、楽しい音楽が聞こえる中を歩く。
ソースが焦げるいい匂い。きらきらした明かりの中で、美味しそうな食べ物やたくさんのおもちゃ、金魚が泳ぐビニールプールが並ぶ。まるで別世界に来たようで、あちこちに興味が移って。気がついたら、祖父母と繋いでいたはずの手が離れていた。
「……おばあちゃん? おじいちゃん?」
たくさんの人がいるのに、2人の姿だけが見当たらない。呼びながら歩いてみるも、楽しそうな人々の声に、いつきの控えめな声はかき消されてしまう。心細くて、歩き疲れて、お腹も空いてきて。人混みから何とか抜け出したいつきは、しくしくと泣き出してしまった。
「――どおしたのぉ?」
そのとき、のんびりした声が柔らかく降ってきた。いつきが顔を上げると、そこにはいつきと目を合わせるように、しゃがみ込んでいる人がいる。優しそうに垂れた目が、はじめおにいちゃんみたいだなと、いつきは思った。
「こんなところにぃ、君みたいな子が1人でいたら、危ないよぉ」
落ち着いた低い声で、ゆったりと喋る人だ。聞いていると、いつきの心もだんだん落ち着いていく。すん、と鼻をすすってから、いつきは一生懸命に伝えた。
「……おじいちゃんとおばあちゃん、どこかにいっちゃったぁ……」
「迷子かなぁ。アナウンスで探してもらおうかぁ」
ふわふわした黒い髪。着物みたいな服の上に、お祭りの法被を着た彼は、いつきの頬に残っていた涙をそっと拭ってくれる。それからおっとり微笑んで、大きな手を差し伸べてくれた。
「泣かないでぇ。オレも一緒に、探してあげる」
「ほんと……?」
「本当ぉ。オレは十亀。十亀 条。君の名前はぁ?」
「いつき。5さい。こっちは、ぱでぃんとん」
「珍しい名前のくまだねぇ」
立ち上がると、大きな体のお兄さんだと分かる。条と名乗った彼は、いつきをそっと抱きかかえて歩き出した。目線が高くなって、落ち込んでいたいつきの気持ちも、ふわっと浮き上がる。
「おじいちゃんたちと来たんだっけ。この辺に住んでるのぉ?」
「まこちまち」
「風鈴が守ってるところかぁ」
「ふーりんのおにいちゃんたちのこと、しってるの?」
「うん。仲良しなんだぁ」
「はるちゃんたちとも、なかよし?」
「はるちゃん?」
「はるちゃんはね、やさしくて、てれやさんなの。まっしろでまっくろで、おめめがかたっぽ、おほしさま!」
「あぁ、桜のことかぁ。そうだよ。友達なんだぁ」
お兄さんが歩くと、カラン、コロンと下駄が鳴る。ふんわりしたテンポで話しながら、2人はお祭りの人混みに入った。さっきまではひとりぼっちで、さみしかったけど、今は何だか平気になっていた。
「あ! 亀ちゃーん! やっと見つけた!」
そのとき、人の間をすり抜けるように、小柄な少年がやって来た。パッと人懐っこい笑顔を浮かべていて、陽だまりが現れたように見える。両手に持ったビニール袋が、ガサガサと音を立てた。
「探したよー。焼きトウモロコシの屋台で、バイトしてたんじゃなかったの?」
「休憩中だったんだぁ」
「その子だれ? 亀ちゃんの知ってる子? それとも友達?」
「迷子だよぉ。今から、本部のテントに行くところぉ」
「オレは兎耳山 丁子! よろしくね!」
「いつき、5さい。このこ、ぱでぃんとん」
パディントンの片手を振りながら、丁子と名乗った彼にも自己紹介をする。彼はニコニコ笑って、持っていたベビーカステラを1つ分けてくれた。ころんと丸いそれは、ふんわりしてて甘い。祖母が作ってくれた、ホットケーキのような、優しい味だった。
「あまぁい」
「よかったねぇ」
頬を押さえてふにゃっと笑ういつきを、十亀は目を細めて眺める。桜たちが――ボウフウリンが守っているのは、こんな風に温かで柔らかで、小さな幸せなのかもしれない。
ラムネ瓶の中のビー玉を、ぼんやり眺めるような、澄んだ気持ちになる。片手に持っていた瓶を傾けると、メロン色のビー玉がころりと揺れた。それをいつきは、丸い目でじっと見つめる。
「きれいー」
「綺麗だねぇ」
「それなあに?」
「ラムネだよぉ。ちょっとだけ、飲んでみる?」
「いいの?」
瓶を渡してあげると、彼女は落とさないように真剣な顔つきで、両手でしっかり持つ。それから小さな口をつけて、くぴりと舐めるように、1口飲んだ。
「〜〜〜!!?」
「あちゃあ。炭酸、初めてだったぁ?」
いつきの口の中で、シュワシュワと炭酸がはじける。何とか飲み込んだが、初めての刺激と、しびれるような痛みに、いつきは涙目になった。十亀が瓶を受け取ると、彼女は両手で口を押さえる。
「お、おくち、ぱちぱち、びりびり……!」
「よしよし。ごめんねぇ。最初に聞いとけばよかったねぇ」
「ベビーカステラ、もういっこ食べる?」
あやすように、十亀はいつきを軽く揺らす。兎耳山にベビーカステラをもう1つ分けてもらい、いつきのしょんぼりした気持ちは、無事ごきげんに戻ったのだった。
***
「いつき!」
「目を離してごめんなさいねえ。無事でよかった……!」
「おじいちゃん、おばあちゃん、おててはなして、ごべんなざい〜……!」
本部のテントにたどり着くと、そこにはいつきの祖父母も来ていた。抱きしめる2人の服を掴んで、いつきはわんわんと涙を流す。家族のもとに帰ることができて、安心したのだろう。
「おじいちゃんたちに会えて、よかったねぇ」
「じょうおにいちゃん、ちょーじおにいちゃん、ありがとー」
「君たちが連れてきてくれたのかい?」
「本当にありがとうね」
心からの感謝を向けられ、十亀は照れくさそうに、人差し指で頬をかく。兎耳山はどこか誇らしげに胸を張りながら、無邪気に笑っていた。
「もう、迷子になっちゃだめだよぉ」
「いつきちゃん、またね!」
「またね〜!」
手を振りながら去っていく2人に、いつきも手を振り返す。また会えたらいいな。そう思いながら、いつきは祖父母のところに戻った。
今度は家族で、仲良く屋台を巡る。たこ焼きや焼きそば、焼きトウモロコシをわけっこしたり、暗いところでフワッと光るブレスレットを買ってもらったり、くじ引きで景品のおもちゃをもらったりした。同じく、お祭りに来ていた椿野やことはたちに、浴衣を褒めてもらうこともあった。
お腹が満たされ、はしゃぎ疲れて、祖父におんぶしてもらう帰り道。広い背中と心地いい揺れ、そして温もりに安心しながらまどろむ時間。それがこんなに心地いいのだと、いつきは初めて知った。
――きょうは、はじめて、いっぱい。
――あったかいな。しあわせだな。
――ずうっと、ずっと、ここにいたいな。
身近にいる人々の優しさと、家族からの愛情にくるまれて。いつきは本当にしあわせそうに微笑んだ。
「楽しい夢でも見てるのかしら」
祖母の柔らかな声が、とろりと溶ける意識の向こうに、聞こえた気がした。