古本屋店主のゆったりライフ
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今回は出張営業のため、旅支度をする。自室のカーペットの上にリュックとトランクケースを置いて、私はあれこれ着替えや歯磨きセット等の荷物を詰めていた。行き先はセルバン島。2年に1度の周期で行くため、とても久しぶりに感じる。
「今年はミカエラさんに会えるかなぁ」
一昨年は会えたけど、今年はどうだろう。ミカエラさんに船旅とかの予定が入ってないか、電伝虫で連絡してみようか。そんなことを考えながら、荷造りを進めていく。
次に入れるのは売り物の本。主に医学書とか歴史書とか図鑑とか。セルバン島は子どもがけっこう多いけど、童話や絵本の類が売れたことはない。
「童話はいらないから、医学書と古文書をくれ」
「童話はいらない!? じゃあ絵本はどうです!?」
「もっといらない。この島に情操教育という言葉は無いからな。ある事ない事聞かせてる」
「終わりだ……」
そんな会話をミカエラさんとしたことがある。綺麗な絵本や面白い童話をたくさん知っている身としては、それらを知らずに一生を終えてしまうことはもったいないと感じてしまう。無理強いはしたくない。でもできれば布教したい。そんな気持ちで、何冊か子どもたちにおすすめしてみたところ、彼らがとても気に入った絵本があった。
『三びきのやぎのがらがらどん』である。
敵対者を、圧倒的な暴力で叩きつぶすストーリーが、最高だと大好評だった。情操教育もへったくれも無いけど、絵本の面白さを知ってもらえただけで嬉しいしありがたい。私は別に、「この本を読んでいい子になりましょう」とか、そういう教訓を説きたいわけじゃないからね。
本って面白い。それを伝えたいだけなのだ。
あとは護身用のナイフ。投げつけるための海楼石と、痺れ薬。悪い海賊に襲われたとき、刺されたり切られたりしても痛くないように、鉄ノコを内布に縫いつけた上着。逃げるときの目くらましに使う煙玉。そして忘れちゃいけないのが、相棒のこの子。
繊細な刺繍が施された布張りの本を、トランクケースに入れる。留め金には澄んだ淡い金色の、イエローアパタイトがはめ込まれていて、どんな荒くれ者でも手に取らずにはいられない魅力を放っている。
「今回の旅もよろしくね、ミック」
この大海賊時代。運のいいことに、私はまだ悪い海賊に出くわしたことは無い。でも備えあれば憂いなし。すべすべした表紙をそっと撫でると、本がことりと微かに揺れた。
***
セルバン島行きの行商船に乗せてもらい、快適な船旅を過ごす。ミックがお腹を空かせたようにガタガタ動くので、魚を釣ってあげた。ノックするように表紙を軽く叩いてから、ぴちぴち暴れる魚の尾ひれをつまんで揺らすと、パカッと表紙が開く。
尖った歯が真珠のように光る。赤みがかったピンク色の舌がにゅるりと伸びて、魚を絡めとった。表紙がパタンと閉じて、むしゃむしゃ、バキバキと骨ごと噛む音が聞こえてくる。
「美味しいかい?」
そう問いかけると、本が嬉しそうに、かたかた揺れた。もう1匹釣れたのをあげると、ミックはぺろりと飲み込む。3匹目をあげたところで、本は満足したように動かなくなった。
一見、立派な装丁の本だけど、実はミックは生きた人喰い本だ。呪われた本だと恐れられていたところを、私が引き取り、食べられないように気をつけながら検証した結果。今や頼もしい旅の相棒になっている。
野菜や果物、木の実には見向きもしない。虫は悩むような素振りを見せた末に食べなかった。魚や肉の切り身(生のものや調理したもの)は食べるけど、生きた魚の方が食い付きがいい。さすが肉食だ。
ミックに時間を費やすうちに、側でちょこんと落ち着いていたり、私の手を舐めてきたり、構ってほしそうにぴょんぴょん跳ねてたり、いろんな動きを見せてくれるようになった。それが可愛くて名前までつけてしまった。模倣や擬態を意味する「ミミック」と、本を意味する「ブック」を合わせて、「ミック」だ。
「あ。見てごらん、ミック。島が見えてきたよ」
本を抱えあげ、表紙を島の方に向けてあげる。爽やかな風が頬と髪を撫でていく。行商船が何を運んできたか楽しみなのか、浜辺には複数の人影が見えた。船が港につき、錨を下ろす。人々の後をついていくように、私も船を降りた。
「よぉ、ユル。何かいい本あるか?」
「ミカエラさん、こんにちは! ミカエラさんが好きそうなの持ってきましたよ。『リンゴを美味しく食べたいレシピ100選』、800ベリーです!」
「買った」
きらめく銀髪が、天の川のように背中に流れている。「海に嫌われている」と本人は言うけれど、彼女の目は海みたいに青く冴えていた。190cmくらいの高身長なので、ずっと見上げてると首が辛い。
「お、また連れてきたのか。人喰い本」
「ミックですよ。さっきお腹いっぱいにしたので安全です」
「どれどれ。……ォア゛ーーッ!? 触る寸前で噛もうとしてきやがった!!」
「こら、ミック! めっ!」
ミカエラさんの指先がふれる前に、がちんとミックが歯を鳴らす。びっくり箱の人形みたいに、ぺろんと舌を出したミックを叱ると、舌が表紙の下に引っ込んだ。「可愛くねぇ」とミカエラさんが呟く。
「すみませんミカエラさん……」
「主人の方は素直で可愛いな。他には何の本を持ってきてんだ?」
「医学書と歴史書と図鑑。あと可愛いもの好きなララさんに、ドレスとロリータの写真集です」
「上出来」
持ってきた本は順調に売れていった。ミックを見た子どもたちが集まってきたので、一緒に遊ぶ。ミックに甘噛みされないように、そーっと触るゲームだ。パーティーゲームで使われるおもちゃみたいな扱いだけど、ミックは気にしてないみたいだった。
ララさんにも選んだ本を喜んでもらえて、売り物の本はついに完売。荷物が少し軽くなったところで、ミカエラさんが私に話しかけてきた。
「そういや、お前もアップルパイ好きだったよな。今朝焼いたんだが食ってくか?」
「いいんですか!? ミカエラさんお手製アップルパイ、めちゃくちゃ美味しいのに2年に1回しか食べられなくて、昨日夢に出てきたんです!」
「可愛いこと言うじゃねぇか。アタシ秘蔵のアイスもつけてやろう。ちょっと値が張るバニラ味だ」
「ミカエラ様〜〜〜〜!」
島のお店で夏摘みのダージリンを買い、お言葉に甘えてミカエラさんの家で、アップルパイと紅茶をいただいた。
シナモンが香る温かいアップルパイに、冷たいバニラアイスという天才的な組み合わせ。更に、ぶわっとマスカットのような香りが華やかに漂うダージリンを合わせれば、バターと煮詰めたリンゴの濃厚な甘さが爽やかに溶けていく。気づいたらお皿の上のアップルパイが無くなっていた。
「おかしいな。アップルパイが消えた」
「夢中で食べてたらあっという間でしたね」
「もう1切れいくか」
唇についた欠片を舐めとって、ミカエラさんがケーキナイフに手を伸ばす。次に会えるのは2年後。寂しい気持ちは紅茶で流し込み、サクサクのパイ生地とリンゴのフィリングの甘さに慰められる。
楽しく過ぎていくティータイムを、ミックが隣の椅子から見守っているような気がした。