サクラサク、萌ゆるアオハル
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
困ったなあ。
肩掛けカバンの紐を両手でぎゅっと握りながら、私は目の前の人たちを見つめた。
「君カワイイねー。この街の子?」
「どっか出かけんの? 1人じゃさびしーだろうし、オレたちも一緒に行ってあげよっか?」
「お礼はオレたちとのデートってことで」
軽そうな薄茶色の髪の人。プリンみたいな髪色で、毛先がバサバサしてる人。目に痛い赤色の髪を、側頭部で刈り上げてる人。合計3人に行く手を塞がれていて、動けない。じり、と後ろに下がると、背中に建物の壁がぶつかった。
「大丈夫です。1人で行けます」
「そんなこと言わずにさー。あ、荷物持ってあげるよ」
「! これはダメです、やめてください!」
「アハハ、やめてくださぁい、だって」
「お前怖がらせんなよー。カワイソウだろー」
真ん中にいた薄茶色の髪の人に、カバンを雑に引っ張られ、慌てて肩紐を握る手に力を込める。からかうような口真似と笑い声に、心臓がきゅっと縮こまる気がした。この街ではよくあることだけど、やっぱり嫌なものは嫌だ。
そのとき、ぴょこりと黒い頭が見え、薄茶色の髪の人の肩に手が置かれる。
瞬きした時には、視界が1人分開けていた。
「え」
息つく間もなく、他の人たちも地面に倒れる。うめき声を上げる3人を見下ろしていたのは、見慣れた制服――襟と袖口が緑色の学生服――を着た男の子だった。左右で違う色の髪が、風に揺れる。襟に付いた丸い校章が、きらりと光る。
「弱いくせに、更にダセーことしてんじゃねーよ」
吐き捨てるような言い方なのに、その声は凛と響くように聞こえた。まるで、魔除けに使われた
ポケットに手を突っ込み、スタスタと歩き出す彼を、私は追いかける。片腕をそっと掴むと、彼はようやく足を止めてくれた。
「あのっ、助けてくれてありがとう」
真っ黒と真っ白が両方ある髪の男の子が、私の方を向く。それから、きょろきょろと周りを見回し、怪訝そうに自分を指さした。
「え、オレ?」
「うん」
こくんと頷くと、男の子の顔がぶわっと赤くなる。
「べっ、別にお前を助けたわけじゃねーし! 弱いくせに自分が強いってカン違いしてるヤツが、気にくわなかっただけだ!」
吠えかかるように言われたけど、耳まで真っ赤に染まっているから、全然怖くない。照れ隠しで、やんのかステップしてる猫ちゃんみたい。
改めて正面から見ると、彼の目の色も左右で違う。片方が黒で、もう片方が金に近い黄色。レモン色の琥珀みたいだ。
お礼を言われただけで、こんなに照れちゃう人、初めて見た。
「これ、ささやかだけどお礼です」
「……何だこれ」
「小石チョコ。美味しいよ」
カバンから個包装のおやつを取り出し、彼の手に乗せる。見た目が天然石そっくりで面白いし、溶けにくくて食べやすいお気に入り。行きつけの駄菓子屋さんで買ったの、持っててよかった。
「……お前、変なヤツだな」
「そう?」
「オレみたいな、この辺で有名な不良校の制服のヤツに、あり……礼なんて……」
「何かしてもらったときにお礼を言うのは、当たり前だよ。そういえば、風鈴高校の1年生? 制服ぴかぴか」
ボタンは取れてないし、裾にもほつれが無いし、生地もまっさら。新品同然だ。
「私もこの春、高校生です。1年生同士よろしくね」
そう言うと、彼はぐぬぬ……と言いたげに唇を尖らせる。恥じらいとか葛藤とか、何か言いたいけど上手く言葉にできないみたいな表情だった。
この子、どんな人なんだろう。
一瞬で3人倒したときは、群れから抜け出した狼みたいに見えた。でも今は、仲間を持たない野良猫みたいに見える。
喧嘩が強いけど、"ありがとう"って言葉を口にするのもためらうくらい、お礼に慣れていない男の子。照れたお顔が、何だかすごくピュアで、魅力的な男の子。
「私、樅 ましろ。君の名前は?」
ヘテロクロミアの目を真っ直ぐ見つめて、ゆっくり瞬きをしてから問いかける。彼は目線を少し逸らし、何度か口を開閉させてから、口の中で呟くように答えてくれた。
頬が、綺麗な朱色に染まっている。
「…………桜、遥……」
はらり、ひらり。淡いピンク色の雲から降ってくる雨みたいに、花びらが舞っていた。
風鈴の音が響く街へ、春の訪れと共にやって来た彼に、よく似合う名前だった。
***
「ことは、こんにちは〜」
「いらっしゃい、ましろ」
喫茶ポトスのドアを開けると、ドアベルがチリリンと澄んだ音を立てる。カウンターキッチンに立つのは、ポトスの店員さんで親友のことはだ。
「頼まれてた物、持ってきたよ」
「ありがとう。これ、店長から預かってたお礼ね」
私がカバンから平べったい包みを取りだすと、ことはが封筒をすっと差し出してくる。お互いの物を交換してから、ことはに包みを開いてもらった。
「は〜……。ほんと、ましろの絵ってキレイよね。色使いとか好き」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」
「一番目立つところに飾るわ」
B5サイズのキャンバスに描いた水彩画を、ことはは大切そうに抱えて、お店の中を見回す。そして、キャンバスを一旦仕舞ってから、私に声をかけた。
「そうだ。いつものやつ食べてく?」
「! 食べ……たい、けど。スケッチしに行きたいから、後で寄るね」
「張り切ってるわね。また何か、いいもの見つけた?」
頭に浮かんだのは、ぱらぱら降り注ぐ桜の花びら。それから、その中に佇む男の子。彼だけの色を持つ、不思議と興味深いあの子。
「……何なに、ワクワクした顔して。珍しいじゃない。何見つけたのよ」
「あっ、後で教えるね!」
じっと私を見つめてから、うひょひょっと楽しそうに笑うことはに手を振って、私はお店の外に勢いよく飛び出す。
それは始まりの季節。新しい季節。まっさらな季節。私の中にも、まだ知らない何かが、ゆっくりと芽吹き始めていた。