早起きとフレンチトースト



「こんな早くにごめんね」

まだ人の動きはほとんど無く、静まり返っているシブヤの街。ガードレールに軽く寄りかかり、乱数は1人の人物に電話をかけていた。

「起こしちゃったよね。今大丈夫?」

スマホの向こうにある呼吸音に耳をすまして、相手が……彼女が起きていることを確認する。

「君が別の人のことを好きになるって夢を見たんだ」

いつも舐めている、ピンク色の棒付きキャンディー。片手に持つそれを軽く振って、次の言葉を紡ぐ。

「否定してほしい」

囁くような声は、いつもの騒々しいくらい無邪気な様子とは違っていた。

「ねえ、愛して?」




「お前、私のこと好きでもないだろ。そんな愛が欲しいのか」

電話の向こうの彼女は不審そうに、何故そんな事を聞くのかと言いたげな声で言ってから、「てか、本当に早いな。じいさんかよ」と続けた。

彼女の部屋に置いてある、デジタル時計が示している数字は、5:30。まだ寝ている人もいるかもしれない、十分早起きだと言っていい時間だった。

「だよねー♡ そう言うと思ったー」
「だよね?」

場合によっては素っ気なく聞こえるほど、率直な彼女の言葉を想定していたように、乱数はいつもの明るい調子で答える。

「でもまあ、おかげさまで早く起きられたことだし。愛とやらの代わりに朝食くらいなら提供できるが。来るか?」

突然のお誘いに、乱数は元々丸い目を更に丸くする。それは、普段クールな彼女が、時々垣間見せる優しい一面だった。

「行くっ♡」
「あんま大きな声出すなよ……。お前の声響くんだから……」

呆れたような声を出す彼女には、見えていないだろう。それをいい事に、乱数は眉を下げて思い切り破顔し、「ごめーん♡」と元気に返したのだった。

***

「前から思ってたけどさあ、シンプルすぎない?」

ゆで卵とミニトマトが乗った瑞々しいサラダや、ガラスのピッチャー等が置かれたテーブルについた乱数は、朝食の用意をする彼女に話しかけた。

「は? 何が」
「私服だよっ。しーふーく! あっ、僕がデザインしたげよっか?」

彼女が着ている部屋着は、くすんだ茶色の7分袖Tシャツに、灰色のぴったりとしたズボン。

年頃の女性が求める華やかさとは無縁の、飾りげの無い格好だ。もし彼女の髪が長くなければ、口調も相まって男性のように見えただろう。

「お前の配色は私には合わなそうだが」
「シック路線で考えるから♡」
「否定なしかよ」

彼女がテーブルの上に、ことりと皿を置く。するとフレンチトーストの甘い香りが、ふわりと漂った。

「気持ちはありがたいけど、遠慮しとく」
「えーっ。何でー?」

両手で頬杖をついて不満そうな顔をする乱数に、彼女はジャムが入った瓶を渡しながら続ける。

「お前のデザインは人を動かす。"着たい"、"持ちたい"って思わせるものだろ。可愛くてカラフルで元気。一個人に合わせちゃもったいない」

正直な言葉で語られたのは、乱数の作るブランドの評価。自分だけの服をデザインしてもらう利点よりも、彼女は乱数の実力が何にふさわしいかを考えていた。

それに気づいた乱数は、テーブルに突っ伏す。

「……もぉ〜。なんか悔しい〜」
「……白米がいいとか言っても炊いてないからな」
「言わないし僕フレンチトースト大好きだし」
「そりゃよかった」

「いただきます」をしてから、朝食を食べ始める。フォークで1口大に切ったフレンチトーストを、口に運びながら、乱数は上目遣いで彼女に話を振った。

「いつの間に僕のブランドチェックしてたの」
「身内がそういう職業してたら調べるだろ」
「そういうの全然興味ないと思ってた!」
「お前も大概失礼だよな」

彼女は特に怒った様子を見せず、ドレッシングをかけたシャキシャキの野菜を噛む。

「……何か気に入ったのあった?」
「あぁ。クラッチバッグと腕時計が使いやすくて助かってる」
「はっ!? ちょっと言ってよ! サンプルあげられたかもしれないのに!」
「馬鹿言え。気に入ったものに金くらい払わせろ」
「もぉーっ!」
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