スカーレット・オハラになれない彼女は、無敗の弁護士にキスをする
……やってしまった。その一言に尽きた。
アイラウイスキーが好きな天国さんに合わせて背伸びして、いつもより度数があるやつ頼んで酔って、その勢いでキスかましてしまうなんて。
「ど、どうしたんすか? さっきから赤くなったり青くなったりしてるっすけど、具合でも悪いんすか?」
「あ、はは……。ありがとう十四くん。大丈夫。大丈夫だよ……」
「ほ、ほんとっすか?」
オロオロした後、「そういえば、合いそうなメイクを見つけたんすけど!」と話題を変えるように、明るく声をかけてくれる十四くん。
そんな彼に癒されながら、私はメイク雑誌を開いている彼に近づいた。
「どれ?」
童顔を大人っぽく見せるメイクを、教えてくれたのは十四くんだ。ヴィジュアル系バンドのボーカルをやっているだけあって、彼ほど自分を素敵に見せる方法を知っている人を、私はまだ見たことがない。
「ここっす! アイメイクは、丸いフォルムをアーモンドみたいに少し横長に見せることで、大人っぽい眼差しに変わるみたいっす。茶色いアイライナーで、ちょっと跳ねるように引くのがポイントらしいっすよ!」
「よし、帰ったらやってみよう。アイメイクと言えば、空却くんの赤いふちどりかっこいいよね。私も真似してみようかな」
「何なら拙僧がやってやろうか?」
畳の上でごろりと寝転がっていた空却くんが、いつの間にか起き上がって隣に来ていた。音もなく近くにいるところが猫ちゃんみたいで、びっくりしたけど可愛くも見える。
「えー。空却くん、私の顔で遊んだりしない? 歌舞伎役者みたいになるのはイヤだよ」
「ンな心配しなくても拙僧がイカした目元にしてやるよ。おら化粧道具貸せ」
「けっこう主張強めな色も好きなんすか?」
「大人っぽくてフェミニンな印象になりたいから、色々試してみたい気持ちはあるよ。どれが天国さんの好みに合うか探したいし」
「だったら本人に直接聞いてみりゃいいんじゃねえか? なぁ、獄」
「え゛、」
空却くんが
「な、なななんで、天国さんがここに!?」
「拙僧が呼んだ」
「原因は君かよ」
空却くんと話してる間、天国さんの視線がやけに突き刺さり、耐えられずに視線を逸らす。
昨夜の件のせいで、すっごい気まずい。できることなら今すぐ逃げたい。畳に手をついて、そろそろと腰を浮かそうとした時。
「……空却、十四。席を外してくれ。俺はこいつと話がある」
嘘やん。逃げられないじゃん。
「わ、分かったっす!」
「おー。しっかり話せよー」
十四くんが雑誌とアマンダを抱えて、ぱたぱたと出ていく。空却くんが襖を閉めたことで、私と天国さんの2人だけになった。
「……」
「……」
居心地の悪い沈黙が続く。天国さんの方を見ることなんてできず、私は指を握ったり開いたりするしかない。
天国さん、私に話があるんじゃなかったの? あるなら早く言って済ませてほしい。やっぱり昨日のキスのことで物申したいとか?
「……っあ、あの……」
畳に視線を向けたまま、静けさを破るように話を切り出したのは、私だった。
「……その、昨日はすみませんでした。酔ってたとはいえ、実力行使に出てしまって。あの、迷惑でしたよね」
「……」
「よ、酔っ払いの言ったこととか、したこととか、全然気にしなくていいので。何なら無かったことにしていただいて結構ですから」
「……」
何か言ってくださいよ天国さん。私ばっかりペラペラ喋ってるのは、ちとキツイんですけど。ちゃんと聞いてくれてるんですか。
「……無かったことに出来るかよ」
突然、天国さんがボソリと呟いた。なかなか聞かない、くぐもったような低い声に、ビクッと体が跳ねる。
「……こっちの気も知らずに、酒でとろけた顔で散々煽りやがって」
こわごわと様子を見ると、天国さんは畳の上に膝を立てて座っていた。手を伸ばせば届くか届かないか、微妙な位置で。
「……"大人の男"に憧れてるだけだと思って、最初は断った。俺はお前の理想に、応えられる奴じゃねえ。そう思ってた」
これはただの一人言です、みたいな雰囲気で、天国さんが胸の内を語るように続ける。
「でもお前、全くめげずにアプローチしてきたろ。俺のこだわりが強いところも含めて、好意を示してくる奴なんて、片手で足りる」
「……だんだん、空却や十四みたいに歳が近い奴の方が、お前と並んでもしっくりくるとか思っちまうようになって、胸の辺りがムカムカした」
空却くんや十四くんとは、5、6歳離れてるけど、天国さんからはお似合いに見えたのだろうか。ひょっとしたら、さっき3人で話してたのも聞いてたのかな。
「も、もしかして……2人にヤキモチ、ですか」
「……あ゛ー、そうだよ。悪いかよ。こっちは11も離れてんのが気になんだよ。俺が成人した年、お前はまだ小3くらいだろ」
具体的な学年を出されると、歳が離れてることをまざまざと実感する。成人済なら問題なしと思ってたから、考えたことなかった。
「……俺は分かりやすく優しくねえし、懐が深いとも言えねえ。それでも良いのか」
天国さんの目が、私を見る。真正面から射抜くように、真剣な眼差しだった。その瞳の奥が熱を帯びているようにも見えて、鼓動が早くなる。
「そ、そんなの百も承知、二百も合点です! それでも良いから、今まで引かずに押してきたんです! 言わせないでくださいよ恥ずかしいな!」
「あんだけ好き好き言ってきたくせに、そこは恥ずかしがんのか」
「それとこれとは別です!」
熱くなってきた頬を両手で押さえる。そんな私を見て、天国さんはククッと小さく笑った。
「なあ。あの時の告白、もう一度聞かせてくれ」
「……断ったりしません?」
「いいから」
なかなか拝めない柔らかな表情につられ、私は言われるままに口を開く。こういうとこ、チョロいって思われそうだな。
24年間生きてきた中で、初めて自分からした告白。
セリフは一言一句、違わず答えられる。
「……す、好きです。私とお付き合いしてください」
「ああ。……俺も好きだ」
ぐすっ。
ヒック。ずびっ。
ずるるっ。グスンッ。
息を急に吸い込むような声。鼻をすする音。まるで泣いてるような音が、襖1枚隔てた場所から聞こえた。
「バッカ十四! 泣くんじゃねーよ! 拙僧たちがいるのがバレちまうだろうが!」
「だっでっ、ウッ、好きな人と好きな人が、ぐすっ、カップルになるのって、えぐっ、ステキなことじゃないっすかあ〜! うわ〜ん!」
襖の向こうから、もはや隠す気が感じられない話し声と泣き声が聞こえる。天国さんがゆらりと無言で立ち上がり、一気に襖を両手で開いた。
「盗み聞きしてんじゃねーぞ馬鹿ガキ共!」
「ヤベッ、トンズラすんぞ十四!」
「まっ、待ってくださいよ空却さーん! 獄さん、ごめんなさいっす〜〜!」
バタバタバタと忙しない音を立てて、2人が駆けていく。騒がしくしてたら、後で灼空さんに怒られそうだけど、大丈夫だろうか。
「ったく、後で説教してやる……」
「あ、はは。聞かれちゃいましたね……」
苦々しい顔で額に手を当てる天国さん。せっかく彼と両思いになれたのに、甘い空気よりも普段通りの賑やかな空気の方が勝ってしまって、何だか照れくさい。
「……ハア。馬鹿ガキ共の邪魔が入ったが、俺はもう遠慮しないからな。特にガキのするようなキスで先手を打たれたのは気に入らねえ」
「なっ、ガキのするようなって、それ昨夜のこと言ってます!? 歯がぶつからないように気をつけたのに!」
「あんな触れるだけのキスで足りるかよ」
"選んだのはお前だ。覚悟しとけ"
そう言った天国さんの顔は、意地悪そうで不敵で、どこか楽しそうに生き生きとしていた。
***
「獄さん! 友達に頼まれて、合コンに数合わせで行くことになりました! 声をかけられたら、彼氏持ちですと言いますね!」
「そうか。何時にどの店に迎えに行けばいい」
「21時に、このイタリアンのお店でお願いします」
「分かった」
お付き合いを始めて分かったこと。
意外と私より、獄さんの方が押しが強かった。
付き合う前は、私の方がいっぱい好き! って感じだったけど、今は獄さんの方が愛情表現を多めにしてる気がする。
「忘れないうちに、つけとけ」
「獄さん。これ、私の手首にはちょっと重いです。何とかなりませんかね」
「いかにも男物って分かる方がいいだろ」
重さで存在を主張してくる、ゴツめの銀色の腕時計は、獄さんの私物。獄さんがつけるとしっくりくるのに、私がつけると、自分の手首がいつもより細く頼りなく見える。
「飲みすぎには気をつけろよ」
「はーい」
そう答えると、獄さんは私の首筋に顔を埋める。そして、首筋に何度か唇を押し当てた。柔らかい感触がくすぐったくて、つい首をすくめそうになる。
「……よし」
顔を離した獄さんが、満足したように呟く。気になってスマホのインカメラで確認すると、首筋に赤い跡がぽつんとあった。
「……あー! 獄さん! キスマークは見えるとこにつけないでって言いましたよね!?」
「今日のインナー、7分袖のタートルネックだから隠せるだろ」
「もー、見えるか見えないかの瀬戸際攻めるのやめてくださいよ。バレないようにするのは私なんですよ」
タートルネックの折り方を工夫して、キスマークを上手く隠す。その間、獄さんはどこ吹く風というような態度だった。他人事にすな。
彼はよくこうして、小さな独占欲を表してくる。私が恋人にしたいと思える男の人は獄さんだけで、とっくに獄さんしか見えていないのに。
「……ねえ、獄さん。帰ったら、2人でゆっくりしましょうね」
「おう」
短い返事を補うように、子どもがするような、触れるだけの口付けをする。
この続きは、夜のお楽しみに。