想い人に好かれたくていい女になろうとしてるのに違うのが釣れたんだが。
私には好きな人がいる。
いつでも可愛いと思える自分でいたいと思うのは当然として、もちろん好きな人にも可愛いと思ってもらいたい。
そのためなら、努力は惜しんじゃダメだと私は思ってる。具体的に言えば、今日この日のために1週間前からファスティングとエステで体のメンテナンスをした。
ファスティングって言うのは、一定期間食べ物を摂取しないで、消化器官を休めること。つまりは断食。カフェインが入っていないお茶や水で水分を取って、植物原料を使った酵素ペーストで必要最低限の栄養を補給した。あと塩分も忘れずに。
口コミで評価が高いところでマツエクをしてもらって、長くて濃いまつ毛になったし、美容院で伸びてきた髪を軽めに梳いて、トレンドを押さえつつ自分に合う髪型にしてもらった。美の技術者たちに感謝。おかげで最高に可愛い私が出来ました。
更に奮発して、シャネルの香水も新調した。「あたらしいチャンスは、あなたのもの。」というキャッチコピーに心惹かれたのがきっかけだ。きつくならない程度に香水をふると、バラとジャスミンを組み合わせたみたいな、フローラルでフルーティーな香りに包まれる。すごい。私いいナオンの匂いをまとってる。最高。
今日はいい日になるよね。ハム太郎! そうなのだ! 最高の一日なのだ! なんて心に飼ってるイマジナリーハムスターと会話しながら、意気揚々とドアを開けて外に飛び出した。
それなのに、だ。
「おっ、こんなとこで会うなんて奇遇だな!」
「違うお前じゃない」
好きな人の姿を見つけて、飼い主に駆け寄る子犬のごとく一直線に向かおうとした時。ガタイが無駄にいい黒髪の奴に、堂々と進行方向に立ち塞がられた。
「可愛い格好してんな。今日は買い物か? 荷物持ちするぜ」
「呼んでない呼んでない違う違うお前じゃないの。ほらあっちの砂場でプッチンプリンの入れ物使って砂プリン量産してプリン屋さんごっこしてきな」
「プリンと言えば、ヨコハマにプリンの人気店あるの知ってっか? クリーミーなのも固めのもあるんだってさ。お前、プリン柔らかめと固めどっち派?」
「教えないしお前はお呼びじゃないのよ。ほら帰った帰っ、バカ寄るな距離を詰めるな」
奴の後ろにいる好きな人のところに行きたくて、私は伸びをしたり位置を移動したりする。その度に奴は、私に笑顔で話しかけながら、その巨体で私の視界を遮った。
そうしているうちに、好きな人はタバコの煙をくゆらせながら、どこかに行ってしまっていた。
「アー! ほらぁ! 左馬刻さん行っちゃったじゃんなんてことしてくれてんの信じらんない!」
家を出る前のウキウキした気持ちが、いっぺんに霧散した。マジでないわ。萎えた。マジ勘弁テンション下げ。1週間の努力が全部無駄になった。
「やってられっか。もうやだ泣きそう。泣きそう通り越して腹立ってきた。f○ck off。クソッタレ」
「おいおい、あんまそういう汚ねえスラング使うもんじゃねえぞ」
「誰のせいだと思ってんの。もーいい。今日はコンビニでスト缶とファミチキ買って帰る。やけ酒する。てか何でついてくんのもう私帰るから」
「あ、予定潰れたんなら飯行こうぜ!」
「飯行こうぜ! じゃないんだよあんたのせいで全部ポシャったんだから地面に額こすりつけて詫びて。何笑ってんのぶっ飛ばすよ」
「ははっ、怒ってる顔も可愛いな」
「ア? そのイケメン面、赤レンガでぐちゃぐちゃに潰されてーか」
爽やかフェイスで全部なあなあにしようとしているこの男は、山田 一郎。イケブクロ代表チームBuster Bros!!!のリーダーで、萬屋を経営している10代。
私の好きな人―――碧棺 左馬刻さんとは、伝説のチームTDDで仲間だった仲だ。そうだ。私は今日愛する左馬刻さんと蜜月の時を過ごせるはずだったんだ。それを邪魔するなんて処されるべきだ。このクソガキ。絶対許さん。
歯をギリィと食いしばりながら、左馬刻さんのために垢抜けメイクしてきた顔に「迷惑です」と黒マジックペンで書くつもりで、感情を顔に乗せる。
この距離でこの表情から察せられないはずないのに、目の前の男は楽しそうにスマホでご飯屋さんを探していた。こいつのメンタルは鋼でできてんのか。
もういいや。付き合うだけ時間と体力の無駄だ。相手にしないでさっさとこの場を離れよう。そう思って何食わぬ顔で回れ右をし、私逃ゲヨウナンテ思ッテマセンヨーという態度で歩き出す。
だけど3歩くらいで足を止めるはめになった。手首が痛くならない力加減で、大きな手にしっかり掴まれたからだ。
「ねえ、私帰るんだけど。手離せ」
「ハハハ、じゃれるなじゃれるな。なんか食いたいのあるか?」
「じゃれてるわけじゃないから。手振りほどこうとしてるだけだから。ねえ私と意思疎通する気ある? 気づいてないだけで鼓膜破れてたりする?」
縦横斜めにぶんぶん腕を振るも、全く離れず奴の腕も一緒についてくる。何コレ2人でお食事しないと帰れません的な感じか? 嫌なんだが?
***
結局、私は左馬刻さんとデートに行くという大事な予定を潰した憎き相手と、ランチに行くことになった。誤解しないでほしいが、あれからどう足掻いても手を離してくれなかったため、不承不承である。
「ビッグマックセット、サイドはナゲットで飲み物はコーラ。それとLサイズのポテト1つ」
「チーズバーガーとアップルパイ。あとストレートのアイスティーお願いします」
店を選ぶ自由だけはもらったため、安くて早くて美味しいハンバーガーショップにした。休みだからか、家族連れや中学生くらいのグループで賑わっている。
「あのさ、何でこんなことすんの?」
向かい合わせで座り、「ポテトシェアしようぜ」と笑顔で差し出してきた山田 一郎に、私は極めて真面目な態度で問いかけた。
そもそも謎なのだ。左馬刻さんには負けるが彼も結構イケメンだし、困ってる人は助ける正義漢なうえに三兄弟の長男で面倒見もいい。つまり顔も性格もいい優良物件。さぞ引く手あまただろうに、どうして私の前に現れて、私の恋路の邪魔ばかりするのか。そろそろ犬に食われたり馬に蹴られたりしてもおかしくないと思うんだが。
「こんなことって、どんなことだ?」
「とぼけないでよ。私が左馬刻さんにアプローチしようとしてる時に限って私に絡みに来るでしょ。ああいうのほんとにやめて。私が好きなのは左馬刻さんなの。私の邪魔しないで」
言ってやった。とうとうはっきり言ってやった。いや今まで曖昧な言い方してた気は無いんだけど。言い切ったことで気持ちがいくらかすっきりし、私は氷がたっぷり入った紅茶をストローですすった。
「他の人のことが好きな私にこだわらなくても、君くらい顔が良ければ彼女になりたがる子なんていくらでもいるでしょ。それとも何? 犬猿の仲の相手に惚れてる女を自分に惚れさせて盗ってやろうっていう魂胆?」
強引だし人の話は聞かないし、邪魔してくるし許せないとは思ってるけど、人間としてそこまで最低な奴とはまだ思えない。それでもこの言い方をしたのは、いっそ嫌われれば妨害されなくて済むのではという考えに他ならない。
「…………俺そんなふうに思われてたのか……。ショックで飯が喉を通らねえ……」
「いや大口でビッグマックにかぶりつきながら何言ってんの。めちゃくちゃ食欲旺盛じゃん」
ツッコミを入れながら、私も包みを開いてチーズバーガーを1口かじった。バンズに挟まれたピクルスとチーズ、薄いハンバーグの味が広がる。ああ、この店の味だな、と感じた。
「他の子じゃなくて、俺はお前がいいんだよ」
ハンバーガーを飲み込み、彼は口を開く。
「いつも表情とかキラキラしてて楽しそうだし、見かける度にどんどん綺麗になってくから、つい声かけたくなっちまう。モデルみたいに細っこいから美味いもん一緒に食べに行きたくなるし、影ができるくらい長いまつ毛とかフィギュアみたいにつるんとした肌とか近くで見たくなる。香水だって、今日つけてんの新しいやつだろ? お前の隣で、お前が選んだ香りをふわっと感じるの、俺好きなんだよ」
なあなあにしようとしてる顔じゃない。真剣な顔だった。一応恥じらいがあるのか、頬が少し赤みがかっている。
「それに、お前と話すのすげぇ楽しい」
言い終わってから、照れ隠しのようにバーベキューソースをつけたナゲットを口に運んだ彼を見て、私はがくりとうなだれた。
「……それ全部左馬刻さんに言われたかった〜……!」
衝動的にポテトを3本くらい掴んで自分の口に放り込む。想い人に好かれたくてしたことを、よりによって邪魔してくる男に指摘されたり褒められたりするなんて。すごい腑に落ちない。
「俺じゃだめか?」
「だめだよ。君は左馬刻さんじゃないでしょ」
「ブレねえ……そこも好き……」
「だーから私が好かれたいのは左馬刻さんだけなんだって」
ハンバーガーを食べて、ポテトをつまんで、紅茶を飲む。デザートにアップルパイを口にすると、時間が経ったからか、中のリンゴフィリングはいい感じの温度になっていた。冷めないうちに食べると、パリッとした生地に隠れる、どろりとしたリンゴに口の中を焼かれることがあるから注意がいる。
「まあでも俺、諦めねえから。これからもよろしくな」
「今に見てなよ。どうにかあんたという障害をかいくぐって、左馬刻さんとゴールインしてやるんだから」
そう宣言すると、彼はハハハと白い歯を見せて笑った。反省も遠慮も見えない笑顔だった。
多分、明日も彼は私のおじゃま虫になるのだろう。そんな彼に次はどう対処しようか、私は頭を悩ませるのだった。
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