スカーレット・オハラになれない彼女は、無敗の弁護士にキスをする



「好きです。私とお付き合いしてください」


今にも震えそうな足を踏ん張り、爆発しそうなくらいにうるさい心臓を押さえ、からからに乾いた口を開いて、私は想いを伝えた。


「……すまん。お前の気持ちには答えられない」


人がいない、夜の灯りがともる街の中。
人生初めての告白に返ってきたのは、無敗の弁護士と呼ばれる彼にしては珍しい、少し困惑したような顔と言葉だった。

「えっ、何でですか?!」

「何でって。あのな、俺はこう見えて、35のおっさんだぞ」

「知ってます」

「金が好きな守銭奴だぞ」

「存じております」

「お前が知らない、悪いこともしてるぞ」

「把握してます。空却くんが前に、"天国さんは法に触れないギリギリのとこを突きまくってる"って言ってました」

「それは把握してるとは言わねえよ。お前が思ってるよりも、俺は黒い面があるんだぞ」

「大丈夫です。そもそも人なんですから、誰だって黒い面もあって当然ですよ」

「まず、お前のその全肯定発想をどうにかしてくれ。毒気を抜かれる」

ばっちり決めてるリーゼントを崩さないような手つきで、天国さんは側頭葉辺りに手を当てて、ため息を1つ吐く。

「とにかく。俺は歳が10以上離れてるのは好みじゃねえ。仕事に支障が出る前に、その気持ちは片付けろ」







「……と、好きな人に言われました。でも諦めたくないです。どう行動すればいいですか。教えてください未来のお坊様」

「ンなもん引かずに、押して押して押しまくればいいだろーが。自分が諦めたくねえってんなら、わざわざ拙僧に聞くな」

「やだ空却くん冷たい。もっとラジオのリスナーに言うみたいに優しくして」

「自分も、空却さんの言う通り、猛アタックするのが一番だと思うっす! 獄さんは優しいから、粘り強く伝えるのがテキメンじゃないっすかね?」

「やだ十四くん優しい……」

休日。お寺で修行を始めた十四くんの様子を見るついでに、恋愛相談を持ちかけたら、実に2人らしい答えが返ってきた。

空却くんと十四くんとは、仕事関連で色々あって、お互いに名前で呼び合うくらい仲良くなった。私にとっては、歳下の可愛い友達といったポジションだ。

出してもらった緑茶を飲み干し、私は気合を入れて立ち上がる。

「……よし。嫌われてないなら、歳の差に負けずに頑張ってみる。2人とも、話聞いてくれてありがとう! 今度コ○ダで何かおごるよ!」

「拙僧コメチキな」

「自分は喫茶店の王道ナポリタンで!」

「了解! お邪魔しました!」

立派な作りの門をくぐり、お寺を後にする。
具体的にどういう行動をすればいいかな。
うざがられない程度に愛を伝え続けたり、自分の有用性をアピールしたりするのが良い気がするけど。

そう言えば、この前、お笑い芸人のヌルデササラさんがラジオで言ってたな。
"いい女だってことを分かりやすくアピールするなら、めくり芸しかない"って。

インパクトは強そうだけど、天国さんの前で、めくり芸を披露する時間があるかが問題だ。

天国さんのことだ。プレゼンの途中でスケッチブックを取り上げて、『遊んでないで仕事しろ』って注意するのがオチだろう。もしくはいつもの、『俺には我慢ならないもんが〜』って言ってくるやつ。

対策を考えながら、私は足取りも軽快に、ナゴヤの町を小走りで進んでいった。

***

「天国さん、書類の作成終わりました!それと、こちらの資料にも目を通してください」

「おう。終わったなら、これのコピー取りも頼む」

「分かりました!」

月曜日。遅刻どころか早めに来て、事務所の掃除をしていた私を見て、天国さんは少しの間だけ目を丸くしていた。私がフラれたショックで、仕事を休むとでも思ってたんだろうか。

だとしたら、その読みは大ハズレだ。

「……おい、お前」

コピーしたものを天国さんのデスクに持っていくと、天国さんがすごくもの言いたげな目で私を見てくる。さっそく"資料"に目を通してくれたらしい。

「何だこれは」

「私を恋人にすると、どんなメリットを得られるかを、まとめたものになります!」

「それは読めば分かる。何でこんなもん作ってきた」

「私が天国さんのことを諦めてないからです」

デスクに両手をついて、私は気難しそうな表情の天国さんを、真正面から見つめ返す。緊張も怖い思いも、もう感じなかった。

「その資料にも書いた通り、私はサラダや酢豚にフルーツは入れません。天国さんが望むなら、ペーパードリップ式の美味しいコーヒーの淹れ方だって練習します」

あるのはただ、自分の本気を伝えたいという想いだけ。

「ご検討のほど、よろしくお願い致します!」

***


「天国さんお疲れ様です。コーヒーをどうぞ!」

「天国さん、例の事件に関する資料、ここまで集まったのでお渡ししておきますね」

専門的な業務をするパラリーガルと呼ぶには、お茶くみや掃除などの雑務もこなす。
華やかなイメージを持たれがちな秘書と呼ぶには、多少落ち着きが足りない。

そんな印象を抱かせる女に、俺はこの前告白された。

奴は俺の法律事務所に勤務しているアシスタントで、歳は俺より11も下。
手際の良さには定評があり、性格は基本真面目だが、明朗快活の4文字が似合う。その素直さや感情表現の豊かさを見てると、人懐っこい犬を連想させる。

「外回り行くぞ。ついてこい」と声をかけた時の表情なんて特に、散歩行くぞとリードを片手に言われた時の犬によく似ていた。

そんな女が、この前からやけに押しが強い。

まず、自分を恋人にすると得られるメリットとやらをパソコンで打ち出し、ホチキスで留めたものをしれっと提出してきた。

提示された利点は、俺の性格を分かっていて、まあ悪くなかった。だがしかし、「ご検討のほど、よろしくお願い致します!」って、俺に対しての依頼か何かか。

次に、2人でいる時は「好きだ」と言ってくるようになった。それも頻繁に連呼するのではなく、ふとした時にそっと差し込むように。

「天国さんのそういうところ、好きですよ」

「……ハア。お前な、男に軽々しく好きとか言うんじゃねえ。何度言わせる気だ」

「天国さんだけですよ。こんなこと言うの」

こちらの顔を覗き込むようにして、楽しそうにベージュピンクの唇が綻ぶ。化粧に本格的に挑戦しているのか、落ち着いたその色が唇をツヤツヤと光らせていた。

彼女は実年齢より若く見られそうな童顔だ。そのことを知っているからか、最近始めたらしい化粧で、随分と大人びたように見える。

「そうだ、天国さん。今日一緒にお食事しませんか?」

艶のある髪や肌。滲み出るような、血色感のある頬。オフィスカジュアルを忘れていない、膝下が隠れるようなスカート。
認めるのは建前が邪魔をするが、日増しに女らしく、綺麗になっていく。そんな彼女が、食事や飲みに誘ってくるのは、自分でふった手前オーケーを出しづらかった。

「お前、いつまで続ける気なんだ?」

食事の代わりに立ち寄ったバーで、カウンター席に隣り合って座る。氷を入れたグラスに注がれた、アイラウイスキーを1口飲んでから、俺は隣を見ずに切り出した。

「いつまで……って言われると、そうですね……。私が天国さんのことを諦められるまで、ですかね」

「それまで俺は、お前にまとわりつかれんのか。先は長いな」

「わあ辛辣」

クスクスと彼女は笑って、紅色のカクテルを少しずつ飲む。小説や映画で有名な、気が強くて自己中心的なヒロインの名を冠したそのカクテルは、普段こいつが選ばないものだった。

「大体、何で俺にこだわる。今すぐ俺に決めなくても、お前はまだ若いんだから、もっと良いのがいるだろ」

「えー。嫌です。私は天国さんがいいです」

「何でだ。理由を言ってみろ」

「シュレッダーのゴミは捨てないし、お金大好きだし、我慢ならないものが2つある〜とか言う癖に2つ以上余裕で挙げてるし、たまにコーヒーカップ片付け忘れてますけど」

「……それは悪かった。って、おい。本人目の前にして愚痴か。おい」

「……でも、何だかんだ面倒見は良いし、いじめられてる人のためならタダでも引き受けるところとか一貫してるし、全て俺に任しとけって感じがもうかっこいいし……」

理由を挙げていく度に、グラスに口をつける度に、彼女の頬がカクテルのような緋色に染まっていく。内側から滲んでいくようなその色に、ほんの一瞬だけ、俺は目を奪われてしまった。

「面倒なところも、優しいところも、ぜーんぶ好きだなぁって、思っちゃうんです。あはは。手遅れってやつですかね」

グラスを置いて、こちらに顔を向けて、彼女がふにゃりと笑う。笑っているのに、眉が情けなく下がっていて、目が切なげに潤んでいた。

「……酔ってんだろ。ほら水」

「ありがとう、ございます」

ここまで、しおらしく酔っているのは初めて見た。裁判に勝った後の1杯を、こいつと飲むこともあったが、その時は陽気に喋っていた。

"10以上離れてるのは好みじゃねえ"と突き放したのに。
"まだ若いんだから、もっと良いのがいるだろ"と本音まで言ったのに。

その気持ちがぐらつきそうになる。俺しか見ていない一途な瞳に、ほだされそうになる。

「タクシーを呼んでやるから、今日はもう帰れ」

「だいじょーぶです」と言いつつ、ふらふらと危なっかしい彼女に手を貸しながら、店の外に出る。

ちょうどタクシーが来たのが見えた。彼女から手を離した時、彼女が俺に向き直る。

つま先立ちをしたのか、いつもより顔が近くにあった。思い詰めたような表情で、ふれたら熱いだろうなと思うほどに頬を火照らせて、そいつはそのまま顔を近づけた。


「……おやすみなさい」


とんっ、とかかとを下ろし、彼女が小走りでタクシーに向かう。自動で開いたドアから滑り込むように乗り、ドアが閉まる。

思わず手の甲を唇につけると、付着していたのはベージュピンク。
残されたのは、リキュールとクランベリー、そしてライムの香りだけだった。
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