傾く太陽とクリスタルの眼差し
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「花壇にあるアヤメの花びらの中や、アヤメが植えられている土の中を探してみるのはどうでしょうか。天国さん」
「花びらの中はともかく、花壇を掘ってみるというのは1つの手ですね。地面に埋めて隠すのは、小説でもよく見る方法だ」
「石月さんにお願いして、許可をもらう必要がありますね」
事務所にある獄の部屋で、2人が謎めいた文章の真意を読み取ろうとしていたときだった。何やら人が揉めているような話し声が聞こえてきたのは。獄が嫌な気配でも感じ取ったかのように、バッと顔を上げると、バタンとドアが勢いよく開いた。
「よお獄ァ! 暇してるだろうから来てやったぜ!」
「獄さん、こんにちはっす!」
「暇してねえよ今すぐ直ちに帰りやがれ」
突然、部屋に元気な声が響き渡り、夕子はビクッと体を揺らす。
勝手知ったる他人の事務所、といった感じで入ってきたのは、赤髪の和風な少年と長髪の洋風な少年だった。片や小柄、片や長身という凸凹コンビで、2人ともなかなか目立つ格好をしている。
そんな真逆の2人の襲来に慣れているのか、獄は苦々しい顔を隠しもせず、追い払うように片手を振った。先程まで丁寧だった口調は、辛辣なものへと変わっている。
「お、お知り合いですか?」
「……ええ。騒がしくてすみません」
「何だよ水くせえな。拙僧らは家族の縁を結んだ仲じゃねえかよ」
「……息子さん?」
「違う。……いえ、家族っていうのは、養子縁組とかそういう意味ではなく。この2人は同じラップチームの仲間です」
「ところでこの姉ちゃんは誰だ? お前のコレか?」
「この人は依頼人だ。小指を立てるな」
よほど仲がいいのか、ぽんぽんと卓球をしているかのような会話が続く。どうやって出会って、今に至ったのだろうと夕子が考えていると、少年たちが近寄ってきた。
「拙僧の名は波羅夷 空却だ。お前は?」
「桜庭 夕子といいます。初めまして」
「我は漆黒の闇より生まれた革命のナイト、四十物 十四! メシアを求める迷える子羊よ。獄の手にかかれば、そなたの夜明けは近いであろう!(自分は四十物 十四っす! 獄さんのお客さんなんすね。獄さんなら絶対助けてくれるっすよ!)」
「??」
「普通に喋れ十四。困惑させるな」
「あいたっ」
ぺち、と軽く頭を獄に叩かれたことで、十四と名乗った少年が、大仰な口調から可愛らしい声に変わる。
「それで、夕子さんは獄さんに何の依頼をしてるんすか?」
大きな身体をかがめて、素直な好奇心を向けてくる十四に、夕子はテーブルに置いていたカードを見せる。空却も気になるのか、十四と一緒にのぞきこんでいた。
「『アヤメの花に眠る人魚の涙。それが秘密の扉を開く鍵である』……? 何だこれ、意味わっかんねえ」
「すごく詩的でロマンチックっすね! 誰が書いたんすか?」
「私の祖父です。実は……」
かくかくしかじか。夕子の事情を、2人は相槌を打ちながら、引き込まれたように聞いていた。最後まで聞くと、十四の水色の瞳がきらりと輝く。そして空却の金色の瞳は、面白い玩具を見つけた猫のように細められた。
「わああ……! 誰も知らない、隠された宝物……。その在り処を示す不思議なメッセージ……。謎解きゲームっぽいっす! ドキドキするっす!」
「宝探しか……。面白そうじゃねーか! 拙僧らも手伝ってやるよ!」
「おいお前ら……! 遊びじゃねえんだぞ!」
「遊びじゃねえなら、なおさら人手は多い方がいいだろーが。腹減ったし、飯食いながら探んぞ!」
まるで嵐のような空却に、巻き込まれるようにして訪れたのは、ナゴヤ発祥の喫茶店だった。漆喰をモチーフにした壁や、木材を使った天井等、柔らかい雰囲気を醸し出している空間を、夕子は物珍しそうに見回している。
「拙僧、コメチキとエビカツパンにするわ。飲みもんはコーラ」
「王道のナポリタン、めんたいクリーム、あんかけスパ……。うーん、迷っちゃうっす〜」
「俺はコメ黒と、網焼きチキンのホットサンドにするか。……桜庭さんはどれにしますか?」
「獄、お前まだ猫かぶってんのかよ。いつもみてえにしてりゃいいだろ。もう本性バレちまってんだろうし」
「誰のせいだと思ってんだ。こちとら依頼人の前なんだぞ」
隣にいる夕子には穏やかな表情をするけれど、正面にいる空却には顔をしかめる獄。それを見ていると、彼らが積み重ねてきた時間が少し透けて見える気がする。どこか微笑ましい気持ちで、夕子はふわりと目を細めた。
「私も、波羅夷くんや四十物くんと同じ対応で構いませんよ。ええと……注文はハムサンドと、シロノワールにします」
このお店の奥義らしい、ソフトクリームを乗せたデニッシュパン。サンドイッチのような軽食と一緒なら、満腹になり過ぎないだろうと夕子は考えた。
「……桜庭さん、これまででコメダに来たことは?」
「? 今日が初めてです。メニューが多いので、迷ってしまいました」
どこか気遣うような眼差しで獄に問われ、夕子は不思議そうに首を傾げる。ふと見ると、空却はなぜか楽しそうにニヤニヤと笑っており、十四は「はわわ……!」というような顔をしていた。
「初めてなら、存分に好きなの頼めや」
「く、空却さん! 簡単にそういうこと言っちゃダメっすよ!?」
「こう見えて意外といける奴なのかもしれねーぜ? 心配すんな。仮に食い切れねえってときは、拙僧が食ってやるよ」
「??」
空却のいたずらっぽい笑顔と、十四の慌てる理由が分からず、夕子はきょとんと瞬きをする。
それが分かったのは、注文した品々がテーブルに運ばれてきたときだった。
「……お、」
「お?」
「多いのですね……!」
そう、コメダは料理の大きさと量の多さで有名な店でもあった。いわゆる、実物がメニュー写真よりも大きい、逆写真詐欺というやつである。
目をまん丸にして圧倒されている、夕子の素直な反応を見て、空却は思わず吹き出した。
「そういえば、シロノワールにナイフは付いてこないのでしょうか?」
「残念ながら、ケーキ食べる時みたいな小さいフォークとスプーンしか無いっすね」
全員で「いただきます」と手を合わせてから食べ始める。獄に勧められて、トッピングをソフトクリームからホイップクリームに変えたシロノワールを眺めながら、夕子は疑問を口にした。パンケーキのようにナイフとフォークがついてきそうだが、違うらしい。
量は多いが、ハムやレタスを挟んだサンドイッチは、辛子マヨネーズがピリッときいていて美味しかった。
「さっきの紙、もっかい見せてみろ」
自分が注文した分を食べ終え、コーラをストローですすりながら、空却が手を出す。夕子がカードを渡すと、空却は十四と一緒に、改めて文面をじっくりと眺めた。
夕子がギブアップ宣言をしたため、4等分されたシロノワールのうちの1つをリスのようにむぐむぐ咀嚼しながら、十四が言う。
「宝物の在り処じゃなくて、あくまで宝物を隠してる場所の鍵の在り処ってところが、厳重な感じがするっすね」
「だからこそ、おもしれぇんじゃねーか。にしても、この"人魚の涙"ってのは何なんだ?」
「"アヤメの花に眠る"ってことは、朝露とかじゃないっすか? 花びらの中に露が溜まることってあるじゃないすか」
「数滴の水でどう鍵を開けんだよ」
2人のやり取りを聞いていた獄も、ブラックコーヒーを飲みながら、自分の意見を共有した。
「彼女の祖父の家には、アヤメの花が咲く花壇があった。そこに鍵が埋められてる可能性があるんじゃないかと、俺たちは踏んでる」
「そんじゃ、食い終わったらじいさんの家に行くか!」
「俺と彼女は今日行ってきたんだが」
「拙僧と十四は行ってねーだろうが。"迅速な行動を起こした者が徳を掴む"ってな」
「こういうのは現場を見ると分かりやすいっすよね!」
わくわくしているのを隠さない10代組に、ため息をついてから、獄はちらりと横目で夕子の表情を窺う。
「……石月さんに連絡してもらえるか?」
「! はい、分かりました」
先程よりも砕けた獄の口調に、夕子は微笑みを浮かべて答えた。
***
「俺と彼女は家の中。空却と十四は、石月さんと一緒に花壇。この分担でいいか?」
「拙僧、土いじりより家の中を見てえんだが」
「自分もっす!」
「だから、遊びじゃねえんだぞお前ら……!」
「よかったら、お家の中をご案内しましょうか? ここは旦那様のご趣味で色々なお部屋が作られていますので、もしかしたら隠し場所の見当がつくかもしれません」
石月の説明によると、地下室や隠し部屋、屋根裏部屋等があるらしい。それを聞いて、空却と十四は更に興味をかきたてられたようで、すっかり探検する気になっている。
そんな2人を微笑ましそうに見つめてから、石月が居間のソファから立ち上がったとき、居間のドアが開いた。
入ってきたのは、黒々とした髪を巻いた女性だった。仕立ての良さそうな真紅のバラの花模様のワンピースを着ていて、胸元にはスノードロップのブローチを飾っている。ネックレスやイヤリングには1粒のダイヤが、チカリと澄んだ光を放っていた。
「夜宵さ……」
「あなた、まだ諦めてなかったのね」
夕子の声を遮るように、ひんやりした声が居間の空気に溶けて広がる。
「たった1人では管理が大変だろうから、こちらで全て相続すると言っているのに。御祖父様の大切なものだって、わたくしが見つけるわ。あなたは勝手なことをせずに、さっさと手を引けばいいのよ」
真っ赤な唇から紡がれるのは、氷を削って作った棘のような言葉。ちくちくと突いてくるような声音に、夕子は困ったように表情を曇らせる。
「さっきから好き勝手言ってやがるが、誰だテメェ」
睨みつける空却に、女性はさも今気づいたというように視線を向ける。尊大な眼差しで値踏みをするように3人を眺め、呆れたように息を吐いた。
「この坊やは歳上に対する口の利き方も知らないのかしら? 育ちが悪そうな男を3人も
「んだと……!?」
「おい空却、下がってろ」
明らかな侮辱に食ってかかろうとした空却を、獄は素早く腕を伸ばして制止した。獄自身も彼女の暴言を許すつもりは無いが、それよりも言わなければならないことがあった。
「松雪 夜宵さんだな? 俺は天国 獄。弁護士をやってるモンだ」
弁護士と聞いて、女性――松雪 夜宵が顔を強ばらせる。
「相続人が複数いる遺産相続では、遺産分割協議によって財産の分け方を決める必要がある。遺産分割をしなかった場合、相続手続きが開始できない場合だってあるんだ。桜庭さんの話を聞く限り、彼女が相続したいと言っている物は1つだけ。最低でもここで妥協するのが、お互いのためだと思うんだが?」
「……この子が相続を放棄すればいいだけの話でしょう。部外者が身内のことに口を出さないでくださる?」
「何ゆえ、彼女の望みを頑なに拒む? もしやそなた、隠されしトレゾールの全貌を熟知しているのではあるまいな!(そんなに欲しがるってことは、夕子さんのおじいさんの宝物について知ってるんすか?)」
「……この子は何を言っているの?」
「……お前、そこまで譲らねえってんなら、じいさんが遺したって言うモノについて見当ついてんじゃねえのか。そこまでテメェが欲しがるのは何でだ」
「……赤の他人のあなたに教える必要があって?」
十四や空却の追求に、このままでは埒が明かないと判断したのか、夜宵はかぶりを振って背を向ける。そして夕子を底冷えしそうな目でねめつけ、吐き捨てるように言った。
「1人きりで自分の食い扶持を稼ぐしかないあなたに、御祖父様の遺産はふさわしくないわ」
バタンと居間のドアが閉まり、夜宵がつけていたバラの香水の匂いだけが取り残される。足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなった瞬間、空却が声を荒らげた。十四も高圧的な夜宵が怖かったらしく、涙目で抗議する。
「っんだよ今の女! 感じ悪ぃな!」
「あんな言い方無いっす! あんまりっす!」
「……今の、本当にお前の従姉か?」
「はい……。不快な思いをさせてしまって、申し訳ございません」
深々と頭を下げる夕子の姿は、やはり先程の夜宵と対照的だ。血の繋がりだけで性格が似通うとは思わないが、ここまで差が出るものかと獄は不思議に思う。
「ぜってーアイツより先に見つけんぞ!」
「案内してくださいっす、石月さん!」
「ええ、こちらですよ」
花壇が見える大きな窓から、光が差し込む居間を出る。宝永邸は洋館のような造りで、空却は物珍しそうに辺りを見回していた。
濡れたような艶がある階段。鈴蘭の花のようなシェードがついた、繊細優美なデザインのシャンデリア。部屋数が多いため、来客用の部屋等は省いて見ることにした。
隠されていた通路を通ったり、地下へ続く階段を降りたり、屋根裏部屋を覗いたりするうちに、空却と十四の表情は明るくなっていく。
「ここは旦那様の書斎ですね」
「すげー数の本だな。壁が本でできてるみてえだ」
「こういう場所に秘密の部屋があったりするんすよね! 本棚がドアになってるやつ!」
高い天井には、トランペットを吹く天使の絵が描かれている。柔らかな絨毯を踏みしめて、夕子は懐かしい気持ちで部屋を眺めた。小さい頃、この家に泊まりに来た時、長椅子に祖父と座って本を読んだことが思い出される。
「……あら?」
何の気なしに祖父が好きだった本を1冊引き抜いたとき、夕子は不思議なものを見つけた。本に隠れていて分からなかったが、奥の背板に丸いくぼみがある。指で撫でてみると、滑らかな木の感触が伝わり、人為的に作られたものらしいことが分かった。
「どうした? 桜庭さん」
「ここに、くぼみがあるんです。何かをはめ込むことができそうな……」
獄が近づき、夕子が示した場所にふれる。人差し指でくぼみを押してみるが、何も起こらない。口元に手を添えて、獄は考え込む。
「もしかすると、あの暗号にあった"鍵"がここに入るのかもしれないな」
「大体のサイズが分かっただけでも、1歩前進ですね!」
扉になると思われる場所は見つけた。あとは鍵を見つけ出すだけ。軍手や、花の植え替えに使う小さなスコップを石月に借りて、4人は土の中を探すことにした。
咲いているアヤメ等を傷つけないように、慎重に花壇を掘り返していくと、程よく湿った土の匂いが鼻をかすめる。
「ひええええ! ミミズいるっす〜!」
「うるせぇ! ミミズが何だよ! ンなことで泣くな!」
「ミミズは土を健康にしてくれるんですよ。怖いかもしれないけれど、優しく扱ってくださいね」
それぞれ自分に割り振られた場所で、時に口も動かしながら、作業を続ける。石月が差し入れてくれるお茶で一息つきつつ、3時間が過ぎた。
「全ッ然見つかんねえじゃねえか!!」
「ここじゃないんすかね……」
スコップで開けた穴を埋めつつ、空却が不満そうに言う。十四も伸ばした腰をさすりながら、しゅんとしたように眉尻を下げた。
to be continued……