傾く太陽とクリスタルの眼差し
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後日、夕子の案内で、獄は彼女の祖父の家である宝永邸を訪れた。
宝飾品の会社を経営していた人物らしく、大きな家と、一回り小さな離れがある。庭にある花壇にはアヤメやヤグルマギク、ヒナゲシなどの季節の花が咲き誇っている。底が見えるほど澄んだ池には、"泳ぐ宝石"と呼ばれる錦鯉が、ゆったりと尾ひれを揺らしていた。
「こんにちは。よくいらっしゃいました」
出迎えたのは、50代半ばに見える女性だった。シンプルなシャツとズボンにエプロンをつけている。人に安心感を与えるような、穏やかな笑顔をしていた。
「この家の使用人の、
「初めまして、天国 獄です」
紹介と挨拶を済ませてから、家の中に入り、居間に通される。アンティークやヴィンテージと呼ばれるような家具が多い。優雅な花模様のソファに腰を下ろすと、石月がお盆を運んできた。コーヒーカップが1つと、ティーカップが2つ。それからクッキーを乗せたお皿が乗っている。
「どうぞ、召し上がってくださいな」
「ありがとうございます、石月さん」
「ありがとうございます。いただきます」
夕子に続いて、獄もお礼を言う。香ばしいコーヒーの匂いと、紅茶の華やかな香りが漂った。陽光が差し込む居間は心地よい温かさで、気が緩んでしまいそうになる。
「石月さん。おじいちゃんが大切にしていたものについて、心当たりはありませんか?」
「申し訳ないのですが、私も夫も、旦那様の大切なものについて存じ上げないのです。奥様に関係するものだろうかと、夫と話すこともあるのですが……」
「夕子さんの御祖母様ですね。彼女は、どんな方でしたか?」
「奥様……藍子様は、お優しい方でしたよ。高価なものよりも植物を好む慎ましい方で、よくお花の世話をしていらっしゃいました。お庭の花壇は、奥様が手入れをしていたんですよ」
石月が目を細めて、居間の窓に目をやる。そこからは、青や赤といった、色とりどりの花が植えられている花壇が見えた。
「そうだ。旦那様から預かっていたものがありました。何かヒントになればいいのですが」
忘れないように入れていたのか、石月はエプロンのポケットから小さな白い封筒を取り出す。夕子がそれを受け取って開けると、中から1枚のカードが出てきた。
『アヤメの花に眠る人魚の涙。それが秘密の扉を開く鍵である』
手紙に書かれていたのと同じ、流麗な字で書かれていたのは、その2行だけだった。黒いインクで綴られたそれを、夕子と獄は黙って眺める。
「……暗号? なぞなぞ? でしょうか……?」
「……謎が深まったな」
「あの、石月さん。これ、夜宵さんは知っているんですか?」
「……夜宵お嬢様は、ご存じないです。夕子お嬢様と違って、あの方は私たちとお話をいたしませんので」
石月が寂しそうに微笑む。
「今のところ、手がかりらしい手がかりは、このカードだけですか……」
「ありがとうございます。石月さん。また探してみます」
「いえいえ、頑張ってくださいね」
石月に見送られながら宝永邸を後にし、2人は獄の事務所に一度戻ることにした。
助手席に座り、夕子はカードをじっと眺める。そこから別の文字が浮き出してくるのを待つかのように、見つめ続けている。
「文面がえらく抽象的なのが気になるところですね」
「はい……」
「疑問なのは、なぜ数ある花の中からアヤメに限定したのかと、"人魚の涙"が何を指すかでしょうか。まさか架空の生き物そのままではないと思いますが」
「アヤメは、祖母が一番好きな花だったんです。それが関係しているのかな……」
運転をしている獄に言葉を返しながら、最後の方は独り言のように呟いて、夕子は窓の外に視線を移す。謎めいたメッセージの向こうに何が待っているのか、今はまだ見当もつかなかった。