漫画家とラッパーたち
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「アンタよね。左馬刻様の女って」
断定的かつ怒ってるような声で言われ、驚きながら声がした方を向くと、柳眉を逆立てている女性がいた。
「はい……?」
「ちょっと、何で周り見てから首傾げてるのよ。あたしが声かけてるのはアンタしかいないわよ。ちょっと」
人違いでもしたのかなと思っていたら、左肩を掴まれて揺さぶられる。長めのネイルがくい込んで、ちょっと痛いです。
「えっと、何かご用でしょうか?」
左馬刻さんがお手洗いに行く前、「変なヤローに近づくんじゃねーぞ。話しかけられても無視しろ。あと絶対こっから動くなよ」と私に念を押したのを思い出す。
男性じゃなくて女性だから、対応しても大丈夫だよね。
そう考えて彼女に話しかけると、女性は顔を近づけて、私の頭のてっぺんから足の先までを、じろじろと値踏みするように見つめてきた。
鑑定に出された骨董品の気分で固まっていた時、女性は鼻から息をもらし私から少し離れる。
「ふん、全然大したことないじゃない。顔は地味だし体つきも貧相だし。どうして左馬刻様はこんな冴えない子を側に置いてるのかしら。カマトトぶって彼に媚びを売ってるんでしょう?」
こ、これはまさか……!
少女漫画で何度か読んだ、クラスで地位が高くてイケメン君に片思いする女の子が、屋上や校舎裏にヒロインを呼び出して、言葉で責めて嫌がらせをするシーン……!
本当にこういうことってあるんだ……!
私の目の前に立つ彼女は、グラビアモデルさんみたいな体つきや、赤いグロスを塗ったぷるぷるの唇がとてもセクシー。
胸元や背中が開いたドレスを着たら、夜の蝶としてどこまでも羽ばたけそうな美人さんだ。
もしかしたら、既にそういうお仕事に就いてるのかもしれないな。左馬刻さんのことをよく知ってるみたいだし。
「私もよく分かってません」
「は?」
「確かに不思議ですよね。お金と権力と女の人とお酒が奪うほど大好きと歌う左馬刻さんが、私なんかで満足できているんでしょうか……」
「何でアンタがあたしに聞くのよ。知ったこっちゃないわよそんなの」
「今度左馬刻さんに聞いてみますね」
「そんな余計なことしなくていいわよ。ていうかアンタが左馬刻様の前から消えればいい話よ」
「ごめんなさい。それは嫌です」
「はぁ!?」
「私は、今日会ったばかりのあなたに消えてと言われて、あっさり身を引く程度の気持ちを、左馬刻さんに対して持ってません」
アイラインを引いたきつい形の目を見つめて、自分の気持ちを包み隠さず伝えると、彼女の顔がかっと赤くなる。
「っ、何なのアンタ、とぼけてるかと思えば生意気なこと言うし……! そもそもアンタが左馬刻様にベタベタまとわりついてるせいで、左馬刻様があたしの店に来なくなってるのよ!」
あ、やっぱり夜のお店の人なのかな。
わなわな震えながら憎らしそうに睨みつけてくる彼女に対し、私は不思議と落ち着いていた。
「目障りだわ。今すぐ左馬刻様と別れないなら、アンタをひどい目にあわせるわよ」
「例えばどのような?」
「バカなアンタでも分かるように言ってやるわ。2度と左馬刻様に顔向けできない顔と体にしてやってもいいのよ?」
その時彼女の背後にゆらりと現れた人物がいた。
私は思わず「あ」と小さく声をもらした。
「……ほぉー? "俺様に顔向けできない顔と体にしてやる"ねぇ? 誰の女か分かって言ってるたァいい度胸してんなオイ」
女性が目を見開き、興奮したように赤かった顔から一気に血の気が引いていく。
「左馬刻さん。おかえりなさい」
「ったく、何でてめぇは目を離すとすぐ絡まれてやがんだ。変なヤローには近づくなっつったろ」
「女性だから大丈夫かなと思いました」
ぐいと優しい強さで肩を抱かれる。
さっきまでの勢いを無くした女性をちらりと見た左馬刻さんが、彼女に絶対零度のような声で言い捨てた。
「2度と、俺様と俺様の女にその面見せんじゃねえ」
***
「左馬刻さん」
「何だよ」
「左馬刻さんは、私のどんな所が好きなんですか?」
「……あの女に何か言われたか」
「いえ、私個人の素朴な疑問です」
気を取り直してデートを続行しながら、ヨコハマの街を歩く。
大きくて筋張った彼の手を握りながら話題を振ると、彼はジト目で私を見てきた。
「てめぇ、俺がてめぇに言ったこともう忘れたんか」
「覚えてるからこそ聞いてるんです。四葉のクローバーの花言葉みたいにシンプルで情熱的でしたけど、私のどこが好きかは教えてくれなかったじゃないですか」
"俺様の女になれ"
初めて男性に告白されて、お付き合いを始めた日のことを振り返る。
きっとこの先、あんな強引にマイウェイな告白を聞くことは無いんだろうな。
「私、自分の顔の良し悪しは分からないけど、スタイルは良くないですし。取り柄と言ったら漫画を描くことぐらいで。左馬刻さんと釣り合ってないんじゃないのかなって思うんです」
前に銃兎さんに「あなたは綺麗な人ですね」って言われたけど、きっと私よりも綺麗でスタイルがいい人はたくさんいる。それこそさっきの女性みたいに。
左馬刻さんのことが好きな気持ちは変わらない。
だけど、私が隣にいて良いのかなと思うことはあって、自信が持てなくなる時がある。
左馬刻さんがため息をついて立ち止まる。
私も足を止めて彼を見上げると、左馬刻さんの顔が近づいて視界が薄暗くなり、唇に柔らかいものが重なった。
「ん……っ!?」
え、私、今左馬刻さんにキスされてる?
うそ、待って、ここ外で、まだ明るくて、人たくさんいるのに……!
私と左馬刻さんの胸の間に手を入れるも、左馬刻さんの手がいち早く私の腰を抱き寄せて、離れられない。
やがて気が済んだらしい左馬刻さんが私を解放する。
そして私と手を繋ぎ直し、スタスタと歩き出した。
「……っちょ、ちょっと左馬刻さん! 人前でなんてことを……!」
「帰んぞ」
「会話してくださいお願いします」
「んなに聞きてえんなら、お前の良い所っつーのを、家でゆっくりたっぷりみっちり教え込んでやるよ」
笑ってるような、悪いことを企んでるようなその声に、私は「ひぇ」と思わず震えてしまった。
「手始めに10個くらい挙げてやるか」
「だからって服脱がせる必要ありますか!?」
「うるせ。黙ってよーく聞いとけ」
マンションに帰った途端、鞄を放られ下着以外の衣類をはぎ取られた挙句、ベッドの上に優しく転がされた。実に鮮やかな手つきだった。
「嘘なんざつけねぇ程バカ正直」
「え」
「頭から花が生えてきそうなお人好し」
「う」
「すぐ自分のこと蔑ろにしやがるから、危なっかしくてしょうがねえ」
「あの」
「ぼけーっとしてるかと思えば、妙なとこで鋭いから振り回される」
「えぇ……」
押し倒されてるような体勢で、彼の口から出てくる言葉を聞かされる。
これ、私の良い所と言うより悪口に近いのでは……。
「多少デカさが足りねえが、ハリとツヤと形は文句ねえ。感度も高ぇしな」
「胸にお米みたいな感想を抱かないでくださいぃ……」
恥ずかしくて両手で顔を覆うと、両方の手首をやんわり掴まれてはがされた。
いじめっ子みたいで、なのに優しい目が、私を見つめていた。
「料理が美味え。自分の仕事にはプライドかけて取り組んでる。意外と芯が強え。化粧は滅多にしねーけど、その分肌の手入れに手を抜かねえ」
彼の右手が私の左手首を離し、肌触りを確かめるように私の頬を撫でる。
「それに……何でもかんでも受け入れかねねぇから、のめり込んじまうんだよ」
今度は彼の両手に頬を包まれ、こつんと額を合わせられる。
ルビー色の目の中に、熱情的な感情が灯火のように揺れて見えた。
「おら10個全部言ってやったぞ。何か言いてえことは」
「無いです……」
「もう俺様と釣り合うとか釣り合わねえとか考えんじゃねえ。てめぇは背中伸ばして胸張ってりゃ良いんだよ。俺様が選んだ女なんだからよ」
王様のように尊大な口調が、より一層自分を認めてくれているように聞こえて、私はふわりと表情をなごませた。
「少女漫画みたいですね」
「おい」
「ごめんなさい。でもすごく嬉しかったです」
「そーかよ」
左馬刻さんも照れくさいのか、ふいとそっぽを向いたので、上半身を起こし彼の胸にぎゅっと抱きついてみる。タバコの匂いと男物の香水の匂いがする。
「左馬刻さん、大好きです」
左馬刻さんの腕が私の背中に回される。
肌がふれて温かいけど、そろそろ服を着させてもらおうかな……。
ぱちん。
その時小さな音がして、胸の締め付けが無くなった。
「……へ?」
「……言ったろ? ゆっくりたっぷりみっちり教え込んでやるって」
恐る恐る顔を上げると、左馬刻さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべていました。
「覚悟しろよ、杏花チャン?」