漫画家とラッパーたち
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小岩井さんとサイン会会場の下見に行った後、1人でイケブクロをうろうろ散策していた時。
「……おや?」
公園の中央にある大木に集まる子どもたちを見つけた。遊び仲間を待ってる訳ではないようで、皆、木の上を見上げている。
「どうしたの?」
「あのね、にゃんこが木にいるの」
「降りられないみたい」
目を合わせるように屈みながら声をかけると、子どもたちが口々に教えてくれた。
耳をすませると、「にぃ、にぃ」と助けを求めるような小さな鳴き声が聞こえる。
「よし、私に任せて」
心配そうに見つめてくる子どもたちに笑いかけ、私は(登らせてね)という気持ちを込めて木の幹をそっと撫でた。
そして幹に足をかけ、枝を掴み、するすると上へ登っていく。
鳴き声を頼りに探すと、枝の上で震えている白い子猫さんを見つけることができた。
「猫さん、おいで」
怖がらせないように優しくささやきながら、そっと指を猫さんの鼻の近くへ伸ばす。
猫さんがふんふんと私の匂いを嗅ぎ、そろそろと近づいてきたところを、そっと胸に抱きかかえた。
「お姉さんすごーい!」
「羽が生えてる人みたいだった!」
片手がふさがった状態で気をつけながら地面に降りると、子どもたちがキラキラした目でわっと駆け寄る。
微笑ましい気持ちで応対しつつ、猫さんをよく見ると、首に赤いリボンがついていた。どうやら飼い猫さんのようだ。
子どもたちと別れて、猫さんを抱っこしたまま迷い猫の張り紙を探す。
電柱や塀をくまなく見ていたとき。
「あぁー! いた!」
「ちょっ、バカ二郎! 大声出さないでよ、また逃げるだろ!」
「へ?」
腕から抜け出そうとした猫さんを、抱え直しながら振り向くと、兄弟らしい男の子が2人立っていた。
1人は高校生くらいで、スポーツキャップと長めの黒髪、それと大人っぽい容姿が目を引く。
もう1人は中学生くらいで、賢そうな大きい目と綺麗な顔立ちをしている。
特に印象的なのは、左右で色が違うその瞳だった。あんまり綺麗で見とれていたとき、弟さんが私に話しかけてきた。
「うちの愚兄が驚かせてしまって、申し訳ありません。僕たち、その猫を探していたんです」
「おい愚兄って誰のことだよ」
「お前に決まってるだろ低脳」
「んだと!?」
「えっと……君たちの猫さんって訳じゃなさそうだね?警戒してるし怯えちゃってる」
目の前で喧嘩が始まりそうな予感がしたので、私は猫さんの背中を撫でながら、不思議に思ったことを聞いてみる。
すると弟さんは、中学生とは思えないほど礼儀正しい口調で答えてくれた。
「飼い主の人から、その猫を見つけてほしいと依頼されていたんです。昨日から手を尽くしていたのですが、二郎のせいで逃げられてばかりで……」
「2人はペット探偵さんなのかな」
「いえ、いち兄……長兄が萬屋を経営しているんです」
なるほど、とうなずいたとき、お兄さんが猫さんの方へ手を伸ばす。
すると猫さんはシャーッと威嚇し、お兄さんの手を引っ掻いた。
「いってぇ!」
「あ、こらダメだよ猫さん」
「くそー……。こいつ家に連れてかなきゃいけねーのに……」
「声もそうだけど、2人とも背が大きいから、余計怖がっちゃうのかもしれないね」
猫さんを片腕に抱えながら、私は鞄から絆創膏を取り出し、お兄さんに「どうぞ」と手渡す。
お兄さんは「お、おう……」と赤くなりながら、恐る恐る受け取っていた。
その顔が年相応で可愛く見えて、私はふふっと微笑んだ。
「下手に手を出すからだよ馬鹿」
「あぁ!?」
「……あの、もし良かったら、私が猫さんを抱っこしたまま連れていこうか?」
そう提案してみると、また喧嘩しそうだった2人は私に注目し、「あ」と同時に呟いた。
「……確かに、その猫あなたにとても懐いていますし、その方が安心かもしれません」
「俺たちだけで達成できないのは悔しいけど……今回は仕方ないよな」
こうして私は、2人の案内で萬屋さんに向かうことになった。
道中聞いた話によると、お兄さんは二郎くん、弟さんは三郎くんと言うらしい。
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
「お邪魔します」
窓に白いペンキで『萬屋ヤマダ』と書かれている三階建ての建物に、2人に続いて足を踏み入れる。
「おかえり二郎、三郎。と、後ろの人はお客さんか?」
「いえ、この人は昨日依頼された猫を連れてきてくれたんです」
「なるほど。でも無事に飼い主さんとこに連れてけそうで良かった。お前ら珍しく苦戦してたもんな」
「お恥ずかしながら……」
この人が、来る途中に二郎くんと三郎くんが熱心に話していた一郎くんなのだろう。
赤と緑のオッドアイに凛々しい顔つきで、人を惹きつけそうだ。
三郎くんと話していた彼が私に向き直り、丁寧に頭を下げながら赤い名刺を差し出す。
「弟たちを手伝ってくれて、ありがとうございました。何か困ったことがあったら、いつでも連絡してください」
「あ、ありがとうございます」
可愛いフクロウのイラストが描かれた名刺を見ている間、一郎くんは飼い主さんらしき人に電話をかけ、二郎くんがペット用のケージを抱えてきた。
「ケージ持ってきた」
「猫さん、帰る時間だよ」
猫さんをケージに移そうとすると、なぜか猫さんは嫌がって入らず、私にしがみつく。
「いや懐きすぎだろ……」
「どうしよう……」
「……すみませんが、飼い主の人が来るまで猫をお願いしてもいいですか?」
二郎くんと眉を下げていたとき、三郎くんが休憩スペースの所に案内してくれた。
ソファに腰かけ、「お茶いれてきます」と部屋を出ていく三郎くんを見送ってから近くの本棚に目を向けると、見慣れた背表紙が目に止まる。
つい手に取ると、落ち着かなそうにしていた二郎くんが「それ!」と声を上げた。
「その漫画、すごい面白いんだよ! 俺らのお勧めなんだ!」
「そうなの?」
「絵が綺麗だし、ストーリーもキャラも良いんだよ! 先週出た最新刊3人で買いに行ったし、今度その先生のサイン会も全員で行く予定なんだ!」
「お、おぉ……」
一生懸命話してくれる二郎くんの目は楽しそうにキラキラ輝いていて、私はもっと彼の話を聞いてみたくなった。
「特に好きなシーンとかある?」
「5巻で主人公がダチを助けるとこ! あそこの主人公の台詞がめちゃくちゃカッコ良くてさ、俺何回も読み返したんだ。主人公の表情も胸が熱くなった!」
「そうなんだ……! そこのシーン特に頑張って丁寧に描いたんだよ! 分かってくれる人がいて嬉しい……、あ」
水を得た魚のように熱く語ってくれる二郎くんにつられて、私はうっかり口を滑らせる。
ハッとして口を押さえたときにはもう遅く、目の前の二郎くんも、受話器を置いた一郎くんも、ちょうどお茶を持ってきた三郎くんも、全員固まっていた。
「……えと、もしかして……漫画家のアプリコット先生ですか……?」
「は、はい……一応……」
ギクシャクした様子の一郎くんに、もじもじしながら答える。
それっぽいオーラが無くてごめんなさいと、頭を下げたい気持ちだった。
一郎くんと二郎くんが部屋を飛び出し、私が描いた漫画の単行本を持ってくる。
三郎くんも私の前にお茶を置いてから、同じ単行本を持ってきた。
「あ……っ、あの! デビュー作から最新刊までずっと漫画買い集めてます! サインもらってもいいですか!?」
「俺にも! 俺にも書いて! ください!」
「ぼ、僕にもお願いしますっ!」
「え、あ、はいっ!? でも今度イケブクロでサイン会やりますよ?」
「それはまた改めて伺います!」
勢いに流されるように、とびらの余白にサインペンを走らせる。
頬を紅潮させて喜んでくれた3人を見てると、私まで何だか嬉しくなった。
後日行われたサイン会にも彼らが来てくれて、会場内でちょっとした騒ぎになったのは、また別のお話。