漫画家とラッパーたち
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シブヤに色々用事が出来て、まずはシブヤにある出版社に来たその日。
「小岩井さん、そんなに急いでどうしたんですか? ヒールの音が遠くからでも聞こえましたよ」
「実は杏花ちゃんにヨコハマ警察署の人から連絡があってね、防犯対策のための四コマ漫画を描いてほしいらしいの」
「分かりました、お受けします。締切はいつですか?」
教えてもらった締切等の情報をダイアリーに書き留めてから、小岩井さんと今後のことについて打ち合わせをする。
今雑誌で連載している漫画の売れ行きが好調らしく、イケブクロでサイン会をする予定が出来たことには驚いた。
「それと、夢野 幻太郎先生が今度、恋愛小説を書くそうでね。その挿絵をお願いされたんだけど、どうする?」
「夢野 幻太郎先生って誰ですか?」
「今注目されてるうちの出版社の小説家さんよ杏花ちゃん……! 顔よし声よし文芸の才能あり! 私ファンなのよね。今度小説貸してあげるから読んでみて」
小岩井さんは、漫画のネタ探しをしている私以上に色々なことを知っていて、私の世界を広げてくれる存在だ。
彼女が仕事のパートナーで良かったと、私は常日頃から思っている。
「今日の打ち合わせはこのくらいかしら。この後一緒にランチでもどう?」
「すみません。今日は用事があるんです……。また今度誘ってください」
「分かったわ。それじゃあね」
気さくな調子で手を振り、歩いていく小岩井さんの背中を見送ってから、私も鞄を持って出版社を出た。
この前の事件で服を破かれてしまったので、午後は新しい服を買うつもりだ。
お昼はあらかじめ作ってきたお弁当を食べる予定で、私はとある公園に向かった。
そこは都会にしては珍しく緑に囲まれていて、人もほとんどいない。爽やかな空気を深呼吸で取り入れ、東屋へ歩を進める。
そのとき、東屋のベンチの上で何かが動いた。
何だろうと思って目を凝らす。
「……?」
とりあえず今目に映っている光景を、詳しく文章にしようと思う。
ベンチの上に青年が寝ていた。
そしてその人は、何故か裸だった。
いや、語弊があるからこう言い直そう。
その彼は、パンツ1枚しか身にまとっていなかった。
(寒くないのかな……)
他にも色々考えなきゃいけないことがあるのだろうけど、まず頭に浮かんだのはその一言だった。
細身だけど彼の体には惚れ惚れする程しっかり筋肉がついていて、私はスケッチしたくなる衝動を抑えながら、そっと自分が着ていた薄いパーカーを彼の上にかけた。
─────ぐるるるるー。
そのとき、彼のお腹が大きな音を立て、彼がびくっと体を揺らす。
自分の体が空腹を知らせる音が、目覚ましになったらしい。
ゆるゆると開いた彼の目をのぞき込みながら、私は声をかけた。
「えーと、大丈夫……ではないですよね。お腹空いてるんですか?」
「うぅ……昨日から何も食ってねぇ……」
「昨日から!? あ、私のお弁当で良かったら……ってこれじゃ少ないか。近くのコンビニで何か買い足してきますね。ちょっと待っててください!」
弱々しく声を震わせながら体を起こした彼に、お弁当が入ったミニバッグを手渡して、私は公園を出たところにあるコンビニへ走った。
(服を買うために、お金多めに持ってきてて良かったな……)
彼にはコロッケサンドと唐揚げ。自分にはハムサンドとフレンチトースト、そして飲むヨーグルトを購入する。
公園の東屋へ戻ると、彼は既におにぎり2つと卵焼きとウィンナーと、野菜とマカロニのバターソテーが入ったお弁当箱を空にしていた。
水筒の中の紅茶はまだ残っている。
「食べるの早いですね。これもどうぞー」
「マジか……! ありがてぇ! アンタは俺の救いの女神だ!」
「大げさだなー。取る人なんていませんから、ゆっくり食べてください」
泣きながらハイエナのようにがっつく彼を姉のような気持ちで見てから、私もパンのビニール袋を開けた。
改めて見ると、私より少し歳下みたいだ。
長い襟足と左目を隠すような長い前髪、サイコロの飾りがついた髪飾りが目を引く。
歳を聞いてみたら20歳だと答えられたので、敬語ではなく普通に話すことにした。
私が貸したパーカーと下着のみを着ている青年と、一緒にお昼ご飯を食べるという不思議な時間を過ごしてから、私はベンチから立ち上がった。
「それじゃあ私、用事があるからそろそろ行くね」
「あ、待ってくれ! アンタ名前は?」
「? 船見 杏花です」
「杏花か! 俺、有栖川 帝統! この恩は倍にして返すから!」
「返さなくてもいいよ。私が個人でしたことなんだから」
「あとこのパーカー借りてもいいか?」
「それはちょっと返してほしいかなー」
「俺は絶対また会えるに賭ける! そんときに恩もパーカーも返す!」
帝統くんに笑顔でそう言い切られ、私は彼にパーカーを預けたままで、服屋さんに来ていた。
(シブヤはオシャレな人が多いなぁ……。モデルさんみたい)
そう思いながら、色とりどりの洋服を眺める。
最近のファッションを間近で見るのも、漫画の参考になるから。
(この色の組み合わせ好きだな……。こっちのスカートだとこのブラウスが合うかな。ヒロインの服装イメージにぴったり……って、ダメダメ。自分の服を選ばなきゃ)
「この服好きなの? オネーサン」
「わっ!?」
「あははっ、ここだよ〜」
自分にかけられたらしい声の主を探して辺りを見回すと、すぐ隣に1人の男の子が立っていた。
背丈は私とほとんど変わらない。
女の子みたいに可愛らしい顔立ちで、ピンク色の髪は綿飴みたいにふわふわだ。
「……めんこい……」
「メンコ?」
「あっ、可愛いなぁって思って。でも男の子に可愛いは失礼になるのかな」
「ううん! 僕カワイイって言われると嬉しいよ。ありがと、オネーサン♪」
きょとんとしてから、アイドルのように愛嬌のあるウィンクをする彼は、自分の魅力を最大限に活かす方法を身につけてるみたいだった。
「すごーくじっくり見てくれてたよね! 何か気になるのはあった?」
「どれも色鮮やかで素敵だけど、私にはちょっと元気すぎるかな……」
「そんなことないよ! 僕に任せて! オネーサンに似合うコーディネートしてあげる!」
男の子が両手で私の手を掴み、驚いている私を優しいけどちょっと強引に引っ張っていく。
どこに何があるか把握しているのか、彼はハンガーにかけられた服をかき分けて幾つか手に取り、色を確かめてから服を見せてくれた。
「ほら、こんな感じのコーデならオネーサンの雰囲気にぴったりだよっ」
「おぉ……確かにこれなら着やすい!」
絵の具を散らしたようにカラフルな花柄スカートと、白に近いクリーム色のカットソー。
シンプルなものを合わせることで、元気すぎずフェミニンな印象になっていた。
「服の組み合わせ方が上手なんだね」
「でしょー? だってこのブランド作ったの僕だもん」
「ファッションデザイナーさんなんだ! すごいね……!」
小学生くらいに見えるのにちゃんと職に就いてるなんて……。
天才デザイナーだったりするのかな。
勉強との両立は大変だろうなぁ。
「オネーサン。僕のこと、小学生くらいに見えるでしょう?」
「あれ? 違うの?」
「僕、こう見えてもう成人男子なんだよ」
私は思わず、失礼だと分かっていても、まじまじと目の前の男の……人? を見つめてしまう。
目を白黒させている私を可笑しそうに見つめ、彼はポケットからキャンディーを取り出して私に手渡した。
「僕は飴村 乱数! また来てね、オネーサンッ♪」
乱数くんが勧めてくれた服とトップス数枚が入った紙袋、それとキャンディーを持って、私は服屋さんを出た。キャンディーは偶然にも、私の好きなりんご味だった。
(今日は濃い1日だった気がするな)
そう思いながら駅へ向かう途中、街ゆく人たちの中に1人の男性を見つけた。
立て襟のシャツに着物と袴を重ねたその格好は、まるで明治時代からタイムスリップしてきた書生さんのよう。
柔らかそうなミルクティー色の髪と女性のような顔立ちから、中性的な印象を抱いた。
(あの服どこで売ってるんだろう……)
ハイカラさんルック等の和装に弱い私は、自然と彼に注目してしまう。
気づけば本人と目が合ってしまった。
(しまった……! じろじろ見ちゃったから失礼だと思われたかも……!)
慌てながら一礼し、足早にその場を去ろうとしたとき、何故かその青年が私の方へ歩み寄る。
半ばパニックになっていると、青年が私に親しげな笑顔で話しかけてきた。
「やっと会えましたね、船見 杏花さん。ずっと探していたんです」
「え、どうして私の名前を? 私たち初対面ですよね?」
「今世ではそうですね。ですが、小生はあなたを前世から知っているんですよ」
(今日1番不思議な人に出会ってしまった)
前前前世から意中の人を探し始めた歌のサビが、頭の中で流れ出す。
ぽかんとしている私を切なげな目で見つめ、青年は言葉を続けた。
彼の喉から発せられたとは思えないほど、可愛らしい女の子の声で。
「前世の記憶など普通は持たないもの。覚えていないのも、無理はありません……」
「誠にその通りで、身に覚えが全くありません。私たち前世でどういう関係だったんでしょうか?」
「そなたは昔、姫であった妾の腰元だったのです。城から出られず花嫁修業ばかりの日々に退屈していた妾に、そなたはたくさんの物語を聞かせて妾を楽しませてくれました。妾の悩みも我儘もそなたは理解し寄り添ってくれた。正に唯一無二の存在でありました……」
「めちゃくちゃ忘れちゃいけない関係じゃないですか……! というか私その頃から物語好きだったんですね。通りで今世でも描いてる訳だ。納得です」
「まぁ嘘なんですけどね」
「嘘なんですか!?」
「小生実は駆け出しの編集者でして。漫画家のあなたの話をよく人から伺っていたんです」
「なるほど、出版社の人でしたか。小岩井さん辺りから聞いたんですか?」
「はい。普段漫画を読まない小生ですが、あなたの描く絵と世界には妙に心惹かれるものがありました。一体どんな方が描いているのだろう、1度話してみたいと常日頃から思っていたんです」
「そうだったんですか……! それなら出版社にいた時に、気軽に声をかけてくださっても良かったのに」
「時間が合わなかったんですよ。小生は編集者ではありませんから」
「また嘘ですか!?」
「嘘なのは編集者のところです。本当は物書きをしています」
「小説家さんなんですか! 三題噺とか、わんこそばのような勢いで作れそうですね。はいじゃんじゃんって感じで」
「なかなか聞かない斬新な例えをありがとうございます」
彼があまりにも説得力のある嘘をつくのが上手なので、私はちょっと心配になったことを伝えてみた。
「でも、今はいいですけど、人を傷つけるような嘘だけは駄目ですよ? 鼻が伸びますし閻魔さまに舌を抜かれますよ。狼少年になりますよ」
「そういえば、小生は生まれつき舌が2枚生えておりましてね。嘘をつきすぎた罰として既に舌を1枚抜かれているんです」
「えっそれは初めて聞くパターンですね……。それにしては嘘をつく癖が治っていないような」
「嘘ですから」
「あーまた騙されたー!」
頭を抱える私を見て、彼は口元に手を当ててくすくすと笑う。
小馬鹿にしてる訳ではなく、純粋に楽しんでいるような笑い方に見えた。
「ふふ、あなたは楽しい反応をしてくれますね。嘘のつきがいがあります」
「えぇ……。それは素直に喜べないです」
「冗談ですよ。でも、あなたと話ができて良かった。安心して仕事を任せることができます」
「え?」
どういうことだろうと首を傾げる私に秘密めいた笑みだけを残し、彼は優雅な足取りで去っていく。
後日小岩井さんに紹介される形で、彼と再会を果たすのだけど、それはまたの機会に話そうと思う。