漫画家とラッパーたち
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「すみません、ちょっといいですかね?」
「はい。何でしょう?」
夕方。おじいちゃんとおばあちゃんへの仕送りのために、郵便局に行った帰り道。
プリンみたいな色合いの髪と、牛の鼻輪みたいなピアスが特徴的な男の人に声をかけられた。
見た目は怖そうだけど、口調は親切そうで丁寧だったので、私は立ち止まって彼の目を見た。
「俺××に行きたいんですけど、ここら辺来るの初めてで迷っちゃったんですよねー。案内してくれませんかね?」
「えーと、その場所なら向こうの角を曲がって……」
「あー、やっぱよく分かんないな。そこまで連れてってくださいよ」
「え?」
説明しようとしたとき、男の人がそれを遮って私の手首を掴む。
そして私が指さした方向とは逆の、人気のない道に引っ張っていく。
「痛……っ! あ、あのっ、そっちの道じゃないですよ?」
おかしいと思い、立ち止まろうと足を踏ん張るも、彼は舌打ちを1つして強く腕を引っ張った。
そこには複数の男の人たちがいて、この後の展開が何となく予想できてしまう。
(ど、どうしよう……! 怖い……!)
懸命に腕を振りほどこうとしたとき、お仕事仲間である小岩井さんのアドバイスが、ふと頭の中で再生された。
(た、確か、こういうときは……!)
腕を掴まれたときは、まずは手のひらを上にする。
それから、そのまま肘を垂直に腕を上げる……!
掴まれた場所が痛いけど、上手い具合に腕が抜ける。
ぽかんとしてる男の人に背を向けて、私は一目散に逃げ出した。
追いかけてくる足音と、荒らげた声。彼らの視界から外れようと、何度も角を曲がる。
あぁ、おじいちゃん。おばあちゃん。私が18年間過ごしてきた故郷は、なんて安全で平和な場所だったのでしょうか。
気分はまさにハンターに追われる逃走者。
でも、ここには自首を申告するための公衆電話は存在しないし、自首したらきっとひどい目に遭わせられる。
心臓が早鐘を打つ。
息が切れる。喉が痛い。
不安で涙がにじむ。
一か八かに賭けて、私は走りながら、肩掛け鞄につけてある防犯ブザーのボタンを押した。
家を出るときに、おばあちゃんが持たせてくれたものだ。「もう子供じゃないんだよ?」ってあの時は言ったけど、おばあちゃんありがとう。あってほしくなかったけど、使う機会がありました。
けたたましいサイレンが辺りに響き渡る。
その途端、ドンッと背中を強く押され、私はアスファルトの上に転がった。
「……っ、う」
「ちょこまか逃げやがって……! 手間かけさせんじゃねえよこのアマ!」
耳が痛くなる怒鳴り声とともに、男の人が私の体の上にまたがる。
別の人に両手首を押さえつけられて身動きが取れなくなったとき、男の人が私の服をビリビリと破いた。
「!」
「あはは、ビビっちゃって声も出ない感じ? 大丈夫だってー、オレ達で気持ちよくしてやるからさ」
軽薄な声が頭の上で聞こえた。
不思議とその時湧き上がってきたのは、絶望でも恐怖でも無かった。
このまま好き勝手にされるなんて悔しい。
自分のことを勝手に決められるなんて嫌だ。
「……なこと」
「あ?」
「……そったなごど!私は頼んでねぇ!」
怒りを込めて目の前にいる人を睨みつけ、私は叫んだ。
男の人が手を振りあげる光景が、スローモーションのように映る。痛みを覚悟して目をきつく閉じたとき、体にのしかかる重みが消えた。
何事かと思って目を開ける。
男の人たちが皆同じ方向を見ていた。
その反対方向には、私にまたがっていた男の人ともう1人が、重なって倒れていた。
「……俺様のシマで、随分楽しそうなことおっぱじめようとしてんじゃねぇか……。俺様も混ぜてくれや。なぁ?」
白銀の髪と白い肌。狂犬のようにギラつく真紅の瞳。儚げな配色なのに、彼がまとう雰囲気は力強くて男らしい。
彼の体勢から考えると、どうやら彼に蹴り飛ばされた人が、私を叩こうとした人も巻き込んだらしかった。
「ま……MAD TRIGGER CREWの、Mr.
男の人たちが、アロハシャツを着ている白い彼を見て顔面蒼白になる。
突然のことに脳の情報処理が上手く出来なくなった私は、「マトリが来る……?」と呟きながら首をかしげた。
「婦女暴行罪の現行犯ですね。弁解は署でたっぷりと伺いましょう」
クールでよく通る声とともに、別の男性が現れる。細身のスーツに髪型は七三。黒いアンダーリムの眼鏡が、理知的な印象を与えている。
さらに私の手首を押さえつけていた人が倒れ、いつの間にか近くに来ていた大柄な男性が、私の前にかがみこんだ。
外国の人なのか、綺麗なオレンジ色の短髪とアイスブルーの瞳をしている。グレーと黒の寒冷迷彩服は、まるで軍人さんのように重々しい。
「……腕を擦りむいているな」
「え、あ、本当だ」
じんじんと思い出したように痛む傷を見ていると、私の破かれた服とあらわになった肌を隠すように、彼は自身の上着を脱いでふわりとかけてくれた。
温もりと少し汗の混じった男の人の匂いに包まれたことで、張り詰めていた気持ちが緩む。
ぽろぽろと泣き出した私の頭を撫でてから、彼はあやすように私の背中を優しく叩いてくれた。
その間に、アロハさんと眼鏡さんが男の人たち全員を倒してくれたらしい。
私を襲おうとした人たちが1人残らずパトカーに乗せられた後、助けてくれた3人は私を近くの公園のベンチに座らせる。
迷彩さんが、服にたくさんあるポケットのうちの1つから小さな救急セットを取り出し、洗った傷口にガーゼを当ててから絆創膏を貼ってくれた。
「怖い思いをさせてしまいましたね。ですが、あなたがブザーを鳴らしてくれたおかげで、居場所を特定することも彼らをしょっぴくこともできました。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ助けていただいた上に手当までしてもらって、本当にありがとうございます」
丁寧に頭を下げる眼鏡さんに対し、私もぺこりと頭を下げ返した。他のお2人にも誠意と感謝を込めて。
「つーか、てめぇ何であんなクソチンピラどもにほいほいついて行きやがった。痛てぇ目に遭いたかったのかよ」
「道を聞かれたので、教えようとしたら腕を掴まれて人気のない道に引っ張り込まれたんです」
「バカか。スマホのマップ機能使えダボって言ってやれや」
「……言われてみればそうでした!」
「今気づいたんですか!? しかも、そんなベタな手を使う奴らに引っかかったんですか……」
「だが、あの危機的状況で一言物申したときの態度は立派だったな」
「訛ってたけどな」
性格がそれぞれ違うけど信頼し合ってるような3人と話した後、住んでいるマンションまで送ってもらった。
パトカーなんて乗ったのは、産まれて初めてだった。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
深々と頭を下げると、眼鏡さんは片手を上げた。
助手席に座るアロハさんは、「もう絡まれんじゃねーぞ」と声をかけてくれた。
迷彩さんは去り際に敬礼をしてたから、きっと本当の軍人さんだったのだろう。
小さくなるパトカーを見送り、ぶかぶかの迷彩服にふれてから、私は大事なことに気がついた。
「あ! 3人の名前も住所も電話番号も何も聞いてなかった……!」
***
翌日。洗濯をして乾かして、丁寧に畳んだ迷彩服を紙袋に入れて、私はマンションを出た。
交番に行って、眼鏡さんがいたら迷彩さんを呼んでもらおうかな。
でも眼鏡さんがいなかったら、どうしよう……。
見た目の特徴しか知らない状態で、持ち主を探してもらうことってできるのかな……。
悶々と考えながら紙袋を抱えて歩いていたとき、見覚えのある白い人を見つけた。
タバコに火をつけようとしている横顔は、確かに昨日助けてくれた人だ。
「あの……」
声に気づいたらしい彼の赤い目が、私を見つける。
少し顔をしかめてから、彼は背中を向けてスタスタ歩いていってしまう。
「ま、待って!待ってください!」
ここで見失うわけにはいかない。
そう思って、私は小走りで彼を追いかけた。道行く人が驚いた顔で私を振り返るけど、そんなこと気にする余裕は無い。
「お願いします話を聞いてください! アロハさーーーん!!」
道の真ん中で声を張った。
すると彼は靴とアスファルトが擦れる音を立てる程勢いよくUターンした。
かと思えば、私のことをラリアットの要領であっという間に路地に連れ込んだ。
「……てめぇ道のど真ん中で変なあだ名叫ぶんじゃねぇよ沈めんぞ」
「ご、ごめんなさい……。アロハさんのお名前が分からなかったので……」
「……は? てめぇ、
「?」
何だろう。知ってなきゃいけないような言い方だ。
きょとんとしている私に毒気を抜かれたような顔をして、アロハさんは私の頬を掴む手を離した。
「……俺様は碧棺 左馬刻だ。2度とアロハさんなんて呼ぶんじゃねえぞ」
「分かりました。ところで碧棺さん、昨日一緒にいた迷彩さんのお家ってご存じですか?」
「迷彩? あぁ、理鶯のことか」
「リオウさん」
「直接会いに行くより、うさポリ公呼んだ方が早ぇな。待ってろ」
碧棺さんがポケットからスマホを取り出し、画面をタップする。
数回呼び出し音が鳴った後、スピーカーからはっきりした男性の声が聞こえた。
『何だ左馬刻、また面倒事でもやらかしたか?』
「バーロー。今用があんのは俺じゃねぇよ、おら変われ」
ポンといきなりスマホを渡され、私は慌てながら受け取り、スマホを耳に当てる。
「あ、はい。あの、昨日助けていただいた者なんですけど、分かります?」
『あなたでしたか。……何故左馬刻と一緒にいるんですか?』
「偶然街中でお会いしたんです。うさポリ公さん? ですよね」
『……そういえば自己紹介がまだでしたね。私はヨコハマ署組織犯罪対策部巡査部長の、入間 銃兎と申します』
「入間さん」
碧棺さんが言っていたニックネームが嫌だったのか、フルネームを言うとき、やけに力がこもってる気がした。
『何か困ったことがありましたか? 例えば、そこの馬鹿に脅されたとか』
「おい聞こえてんぞ銃兎」
「いえ、昨日理鶯さんに上着を返しそびれてしまったので、理鶯さんのお家を教えてもらいたいなと」
『なるほど……。知ってはいますが、あそこは家と呼んでいいのか……。とりあえず、上着は私から彼に返しておきましょう。受け取りに行くので、今いる場所を教えてもらえますか?』
入間さんに現在地を伝えて通話を切ると、あまり時間をかけずに入間さんは来てくれた。
「……おい左馬刻、変なあだ名を彼女に吹き込むな」
「良いじゃねーか、うさちゃんよぉ」
「お前相当しょっぴかれたいようだな……。あぁ、すみません。理鶯の上着をお預かりしますね」
「はい。よろしくお願いします」
入間さんには2面性があるのだろうか。
碧棺さんにしかめ面を向けた後、とてもにこやかな顔で私から紙袋を受け取った。
「それにしても、ヤクザ者の左馬刻に白昼堂々話しかけるなんて……。見かけによらず肝が据わっていますね」
「碧棺さんってヤクザさんなんですか!? だからあんなにお強かったんですね……!」
「そこからですか!?」
「世間知らず過ぎんだろ、どんだけ
「あ、木登り得意です」
「特技は聞いてませんし大人しそうな顔して野生児ですかあなたは!」
「気持ちは分かっけどうるせぇよ銃兎!」
「お2人とも声大きいです……」
耳がキンキンしそうなので、思わず両手で軽く耳をふさぐ。
入間さんがハッとしたような顔をしてから、咳払いを1つした。
「すみません、取り乱しました」
「てめぇ今までよくこの町で生きてこれたな」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてんじゃねぇぞ」
「……何かあったら遠慮なく知らせてくださいね。私個人の連絡先です」
「え、わざわざありがとうございます」
入間さんはとても気がかりそうな顔をして、ポケットから取り出した手帳の1ページを破り、私に渡してくれた。
ちなみにこれは後から聞いた話なのだけど。
私がお返しした理鶯さんの上着からほのかに柔軟剤のフローラルな香りがし、入間さんと碧棺さんは大層困惑したらしい。