2.フェアリーガーデンの住人たち
ガラスのドームのような屋根から、温かな光がさんさんと降り注ぐ。フェアリーガーデンの温室で、私はカゴを持ってしゃがみ込んだ。
目の前にあるのは、鈴なりに実ったイチゴたち。どれもハケで塗ったみたいに、綺麗な赤色に染まっていた。
「美味しそうですね!」
「ここのイチゴは、実際に甘くて美味しいよ。コンデンスミルクがいらないくらい」
隣にしゃがむシルトさんは、大きな手でイチゴを摘んでいく。私もそっとイチゴに手を添えて、ぷちりと摘み取った。ころんと手のひらに転がる赤い実は、何だか可愛くて大切なものみたいに思える。
「懐かしいな。子どもの頃読んだ絵本に、イチゴ畑に住んでる小さなおばあさんのお話があったんです」
「俺も、その話知ってる。両親が寝る前に聞かせてくれたんだ」
「イチゴに赤い色を塗るお仕事って、何だかいいですよね。誰も見てないところでやる、大切な仕事って感じで」
「……実は小さい頃、イチゴが赤くなるのは、そのおばあさんのおかげだと信じてて。イチゴ畑にお礼のクッキーをこっそり置いてた」
「素敵ですね」
熟したイチゴを選んで収穫しながら、会話をする。素直で信じやすい、小さなシルトさんを想像して、私はほっこりした気持ちになった。
緑色のヘタを取り、シルトさんがイチゴを口に入れる。ブラックベリーやラズベリーの収穫をした時も思ったけど、大きな手と体で、1粒ずつ大事そうに食べてる姿が、何だか可愛い。モフモフの大きな尻尾が、ご機嫌そうにぱたぱた揺れてる。
私も真似して1粒口に入れると、しっかりした甘酸っぱい味が広がった。
「甘くてジューシーです……!」
「味見は、料理する人と収穫する人の特権だね」
「ジャムにして焼きたてのスコーンに乗せたら、幸せの味がする気がします。作ろうかな」
「お菓子作りするの?」
「はい! 家族に教えてもらいました」
おばあちゃんがイギリスの人だからか、お母さんもマイラさんもイギリスのお菓子をよく作る。クッキーやジンジャーブレッドは、よくおやつに出ていたし、イートン・メスやトライフルも一緒に作ったことがある。
おばあちゃんが作るアップル・クランブルも思い出深いけど、特に印象に残っているのが、マイラさんがよく作っていたスコーンだ。
「てきとうでいいんだよ」と言いながら、おおらかな手つきで材料を混ぜて、コップでぽこぽこ型抜きをして(たまに丸く伸ばしてケーキみたいに切ってる)、天板にぽいぽい投げてオーブンで焼き上げる。
出来上がったスコーンは、きつね色の表面にさくっと歯を立てると、ふわっと柔らかくて、ほろほろ崩れる。素朴な美味しさのそれに、ジャムやクリーム――クロテッドでもホイップでも――をたっぷり乗せれば、もう言うことなしだ。
「いいな。俺も、しょうが入りビスケットとか干しぶどうのケーキとか焼いてた」
「今は作らないんですか?」
「この身体になってからは、作ってない。……毛が入りそうで、怖くて」
ふさふさした毛で覆われた腕を見下ろして、シルトさんがため息をつく。確かに、食品工場の作業着とまではいかなくても、長袖長ズボンじゃないと毛が落ちちゃいそう。エプロンだけだと不安が残りそうだし……。
そう考えた時、ぴんと考えが浮かんだ。
「あの、1つ提案があるんですけど……」
***
翌日。エプロンドレスを着た私は、キッチンに立っていた。隣には、長袖長ズボンの上に割烹着を着て、頭には三角巾をつけ、手袋をはめてマスクをつけた、厳重装備のシルトさんがいる。
この施設には割烹着が無いらしく、割烹着の絵を描いて「これを作りたい」とシルキーさんたちに説明したところ、私たちに任せてと言わんばかりにサクサク縫ってくれた。
申し訳ないやらありがたいやらだけど、クレマンさんいわく、「シルキーさんたちは家事をするのが好き」なので、仕事を取り上げられると逆にしょんぼりしてしまうらしい。甘えた方がいいのかも。
「すごいね、この変わった形のエプロン」
「割烹着です。私の世界にある服ですよ」
さっそく調理に取りかかる。ジャム担当のシルトさんは、洗ったイチゴを大きなお鍋に入れて、測った砂糖を入れる。砂糖が多いと保存がきくから、ちょっと多いなと感じるくらいでちょうどいい。
スコーン担当の私は、ボウルに薄力粉や砂糖、塩、ベーキングパウダーを入れて、泡立て器でカシャカシャ混ぜる。そこに、直前まで冷やしておいたバターを加えて、切るように粉と合わせていく。
お互い会話は無いけど、嫌な沈黙では無い。むしろ来たるべきおやつのために、背中を預け合っているような、そんな頼もしい気配を感じた。
混ぜた生地を伸ばして型抜きをしていると、コトコト煮詰められたイチゴの甘い匂いが、ふわふわと鼻をくすぐる。この匂い好きだなあ。私はうっとりしながら、生地を並べた天板を、予熱しておいたオーブンに入れた。
「セイラちゃん、味見どうぞ」
「ありがとうございます!」
差し出された銀色のスプーンを受け取り、ぱくりと口に含む。イチゴの甘さと、まだ形が残っている果肉の柔らかさが、素敵なハーモニーを奏でているみたい。頬が緩んじゃう。
「うん、いい感じ」
そのときシルトさんが、小皿に乗せたジャムをペロッと舐めた。少しだけ開いた口から、白い牙と長めの赤い舌がのぞいて、思わず目を奪われる。私の視線に気づいたのか、シルトさんが慌てたように口を開いた。
「ご、ごめん。昔やってた癖で……。行儀悪かったよね」
「あ、その、狼さんの舌ってやっぱり長いんだなって見てました。私こそ、じっと見ちゃってすみません」
いつも優しいシルトさんの、肉食獣らしい面を見てしまったからか、胸の辺りが妙にドキドキする。怖いわけじゃないんだけど、不思議な気持ち。
やがてオーブンの方から、小麦やバターが焼けるいい匂いが漂ってきた。ミトンを手にはめてそうっと天板を出すと、ころんと膨らんだスコーンが並んでいる。どれもきつね色に焼けてて、美味しそうだ。
出来上がったスコーンとジャムは、おやつの時間に皆で食べた。"狼の口"と呼ばれる割れ目に指をかけて、パコッと2つに割り、クロテッドクリームとイチゴジャムを好きなだけ盛る。
パクッとかじれば、さっくりほろりとした生地を、コクのあるクリームと甘いジャムが彩る。
「サクふわでうまーい! 2人ともすげーな!」
アンドレくんは、リスみたいに頬張りながら喜んでくれた。シュトラールさんも、ミルクティーとスコーンを交互にいただきながら微笑む。お口にあったみたいで、嬉しい。
「セイラちゃん、ありがとう」
シルトさんの穏やかな声が、隣から聞こえた。彼の方を見ると、優しい満月みたいな目が、私を見つめている。深い感謝が込められたような目に、また胸がドキッとした。
「久しぶりに、お菓子作りして……。人に喜んでもらえるのが嬉しかったこと、思い出せた」
「いえいえ、どういたしまして」
力になれたみたいで嬉しい。微笑み返すと、シルトさんは何かを懐かしむように、ぽつりと呟いた。
「弟妹たちも、喜んでくれてたんだ」
「ご兄弟いるんですね」
「うん。弟と妹が1人ずつ。今は離れて暮らしてるけど、また会いたい」
ちょっと寂しげな笑みを浮かべながら、シルトさんは言う。呪いをかけられた人にも、それぞれの生活や家庭があったのだと、改めて気づいた。彼を育んだ家庭には、どんな人たちがいたんだろう。気になったけど、それはまた今度、聞くことにした。