2.フェアリーガーデンの住人たち



俺が産まれる前夜には、吉兆とされる流れ星が空を覆うほど降り注いだという。国民や妖精たちの祝福を受けた俺は、誰より幸福な王子だった。

立派な父上と美しい母上が、優しい愛情を注いでくれる。隅々まで美しい城に住み、いつも仕立てのいい綺麗な服を着せてもらう。栄養たっぷりの温かな食事を食べ、ふかふかの広いベッドでぐっすり眠る。家来たちは俺のことを「殿下」と呼び、うやうやしく世話をしてくれた。

「殿下は賢く聡明でいらっしゃる」
「剣や弓の腕前は、師である騎士団長を超えたとか」
「乗馬にダンス、楽器の演奏も、一度見ただけで覚えたらしい」
「才あるあの方が後継なのだから、この国の未来は安泰に違いない」

父上は度々、俺を連れて市井を訪れた。

「民たちは我々がいるから、我々は民たちがいるから、日々の暮らしを送る事ができている」
「民たちの平和な暮らしを守ることが、我々の責務なのだよ」

豊かで美しく、誰もが活気にあふれた、俺たちの国。この幸福な国で、俺は成人し、曽祖父たちのように立派な王になるのだと、固く信じて疑わなかった。

15歳になった、あの日までは。

***

濃い闇の中に取り残される夢を見た。
体の芯から凍りつきそうなほど冷たいその場所は、生きたまま埋葬されているような気分になる。自分の手すら見えない状態で、辺りを探ると、温かなものにふれた。必死にそれをたぐり寄せ、暖を取るように抱きしめる。

温かくて、柔らかい。ほっと息をついたとき、それはもぞもぞと動き出した。

「お、起きてください! お願いですから〜!」

ぽかぽかと胸の辺りを叩かれる。全く痛くは無いが、その刺激で意識が浮上する。ゆっくりまぶたを開け、視線を胸の辺りに落とすと、ビロードのような黒髪が目に止まった。

「あ、あの、おはようございます……」

バラの花よりも、熟れたリンゴよりも、赤く染まった頬。その色は、雪のような肌によく映えた。困ったように眉を下げ、様子をうかがうような上目遣いで、セイラ嬢が見上げてくる。

「……なぜ、俺の寝台にいる……?」
「起こそうとしたら引きずり込まれたんです! 誓って何もしてません!」

まだ少しぼんやりする頭で問いかけると、彼女は慌てたように声を上げる。そのとき、俺はセイラ嬢の背中と腰に、自分の腕を回していることに気づいた。無体を働いていたのは俺の方だったか。

そっと腕を離して起き上がる。セイラ嬢は素早く寝台から降り、スカートのシワを軽く伸ばした。

「……寝ていたとはいえ、悪かったな」
「い、いえ。目が覚めてよかったです。お手伝いはいりますか?」
「1人で問題ない。心遣い感謝する」

城で暮らしていた頃は、服を着るのも靴を履くのも、家来たちがしてくれていた。自分で自分の支度をするようになったのは、ここへ来てからだ。

「王子扱いはしなくていい。ここにいる間の俺は、ただのシュトラールだ」

――王子だろうと乞食だろうと、ここでは自分のことは自分でしてもらう。食事や洗濯はシルキーたちが担当しているが、洗濯物を出したり身支度をしたりするのは、自分でできるだろう。
――郷に入っては郷に従え、だ。

ここに来たばかりの頃、クレマンに言われた言葉を思い出しながら伝える。彼女は分かってくれたようで、こくりと頷いた。

「二度寝しちゃったら、また起こしますね」
「頼む」

パタンとドアが閉まる。朝食を摂りに行くためにも、着替えなければ。
窓からは爽やかな朝日が降り注ぐ。こんな目覚めはいつぶりだろう。この2年、深夜や夕方等、おかしな時間に目が覚めることも珍しくなかったのに。

呪いをかけられる前の、規則正しい生活を懐かしみながら、俺はシルクの寝間着のボタンを外した。
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