1.新たな生活
「フェアリーガーデンにいる、患者の説明をしておくか」
クレマンさんに呼ばれて、訪れた彼の部屋は、壁一面が本棚でできているみたいだった。豪華な装丁の本がぎっしり詰まっていて、背表紙を眺めるだけでわくわくする。
アンティークらしい重厚な家具でまとめられていて、地球儀や天球儀、あとはよく分からない物がずらりと並んでいた。
「1人目はシュトラール・ドルン・レースヒェン。この国の王子ってことや、眠りの呪いがかけられていることは、昨日話したな」
「2人目はアンドレアス・ブラムスト。昨日話した小さいやつ。"小さくなる呪い"をかけられてる。あいつ自身にも分からないタイミングで、14センチくらいになっちまうから、探すのが大変だ」
「3人目はシルト・マンフリード。"狼の呪い"をかけられて、外見が狼男になってる。本人は至って温厚だ」
「4人目はベリル・ウッドマン。"ブリキの呪い"をかけられてる。肌が少しずつ硬化して、ブリキの体に変化していく。そのせいか、痛みや感情の動きに、ひどく鈍感になってる」
クレマンさんにもらったノートとペンで、彼らの情報をまとめる。アンドレくんの呪い、身長14センチになるってことは、大体ティースプーンと同じくらいかな。一寸(3センチ)とか親指サイズ(5センチくらい)じゃなくてよかったと言うべきか。
「呪いを解く方法は、まだ見つかっていない。このフェアリーガーデンも、呪いの効力を弱めることが限界だ」
1年間――最悪の場合そのまま一生――眠り続ける呪いは、1日に何回か強い睡魔に襲われるものに。
体が14cmサイズになったままになる呪いは、突然体が小さく縮むものに。
四つ足で歩く狼になる呪いは、二足歩行ができて五本の指がある狼男になるものに。
心を持たないブリキの木こりになる呪いは、体の一部がブリキになっている人間――ただし感情を閉ざしてしまっている――になるものに。
説明を聞いて、こくりと唾を飲む。
「どうして彼らは、そんなに重い呪いをかけられてしまったんですか……?」
「あいつらは絶対に悪くない。悪いのは……アイツだ」
「アイツ?」
クレマンさんが、どこか遠くを睨む。怒っているような、恨んでいるような目。それから、気のせいかと思うくらい微かに、悲しんでいるような色が見えた。
「元凶は、1人の魔法使いだ」
苦々しい顔でクレマンさんが語ったのは、とある魔法使いのこと。
黒いマントに白い仮面をつけていて、誰も素顔を見たことが無い。名前も、どこで暮らしているのかも、分からない。ただ、気まぐれに誰かに呪いをかけていく存在。
しかも、かける呪いは強くて複雑なものばかり。誰も解けない呪いをかける彼は、恨まれ、恐れられるようになった。
「本当にあの野郎、面倒な呪いばかりかけやがって……」
独り言のように呟かれた言葉を聞きながら、私は考える。これまで読んできた物語で、呪いに打ち勝つのは、真実の愛。6年間話さずに縫い上げた、エゾギクやイラクサのシャツ……は限定的過ぎるかな。
「まず頼みたいのは、あいつらのことを1人の人間として見て、接してほしい」
「分かりました!」
こちらに向き直るクレマンさんに、頷いて答える。ここに住む皆のことを、もっと知ろう。そうすれば、それぞれのこんがらがった呪いを解く方法を見つけられるかもしれない。
よし、頑張るぞ!
気合い充分の私を見て、クレマンさんの口元がふっと緩む。それは初めて見る、彼の柔らかな微笑みだった。