序章
読みかけの本から顔を上げると、新幹線の窓の向こうで、緑豊かな景色が通り過ぎていった。
雪谷 星羅。高校1年生。この夏休みは、母方の叔母(つまりお母さんの妹)の家で過ごすことになった。幼稚園に通ってた時から、ずっと行きたかったから、ようやく叶って嬉しいな。
もともと叔母さん――
高校に入って、お行儀も覚えたしっかり者として成長した今、こうして一人旅も許されている。後は目的の駅まで新幹線に乗って、マイラさんと合流するだけだ。
高鳴る胸を落ち着かせるように、胸元で揺れるペンダントをぎゅっと握る。誕生日に、おばあちゃんがくれた宝物。細長い八面体のレインボークリスタルが、ひんやりと皮膚を冷ましてくれた。
***
切符を改札口に滑り込ませ、キャリーケースをからからと引きずって外に出る。すると、すらりとした人物が軽く手を挙げて近づいてきた。
「よう、星羅。久しぶり」
「久しぶり、マイラさん」
「でっかくなったなぁ。このこの」
「わぁ。もう、やめてよー。髪がくちゃくちゃになっちゃう」
口ではそう言うけど、マイラさんに頭を撫でられるのは嫌じゃない。肩につくくらいの髪を、手ぐしで軽く整えれば、元通りのさらさらになる。楽しそうに笑うマイラさんの髪は、男の子みたいに短くて、燃えるような赤色をしている。
イギリスと日本のハーフであるマイラさんは、イギリスの血を濃く受け継いでいる。赤い髪に緑色の目。くっきりした顔立ちに高い背丈。半袖シャツとスキニーパンツが似合う、スレンダーな美人さんだ。
お母さんは日本の血を濃く受け継いだようで、艶やかな黒い髪に緑色の目。ちょっと童顔な大和撫子タイプ。お母さん似と言われる私も黒髪で、目は緑がかった薄茶色だ。
「んじゃ行くか。荷物は後ろな」
白いフチに水色のボディの、爽やかな軽自動車。トランクにキャリーケースを置いてから、助手席に乗り込む。
エアコンの吹き出し口にはホルダーが取り付けられていて、そこに置かれたスマホから音楽が流れていた。
「いろんなジャンルが流れるね」
「最近ハマってるやつを集めたからな」
「マイラさん専用プレイリストかぁ」
音楽のことや最近あったことを話しながら、道路を進んでいく。やがて細い道に入り、たどり着いたのは、こじんまりとした縦長の家の前だった。白い壁に緑色の屋根で、絵本に出てくるみたいな可愛い家。
「うわぁ……!」
中に入ると、明るい光が差し込む吹き抜けで、らせん階段で2階に上がるようになっている。ヴィンテージ風のキャビネットやテーブルが、おしゃれで温かい雰囲気を出していた。
「風呂とキッチン、アタシの寝室や作業場は1階。2階には読書室と星羅の部屋がある。好きに使っていいぞ」
「噂の読書室……! やっと見られる! 嬉しい! ありがとマイラさん!」
キャリーケースのタイヤを拭いてから、両手で持って階段を上がる。マイラさんに言われた通り、2枚目のドアを開けると、素敵な空間が広がっていた。
小花柄の壁紙。アンティーク風の机と椅子、そしてクローゼットは飴色。アイアンフレームのベッドは、曲線を描く可憐なデザインで、花柄のクッションが数個置かれている。
出窓にはアイボリーのカーテンがかかっていて、写実的なイチゴの花と実の模様があった。
こんな可愛い部屋を使っていいんだ。ワクワクしながらキャリーケースを隅に置き、部屋の中を歩き回る。ぽすんとベッドに腰掛けると、ふかふかの感触が伝わった。
隣の読書室に入れば、いくつも本棚が並んでいて、ずらりと本が並んでいる。絵本、小説、図鑑、エッセイ。ハードカバー、文庫本。
お菓子の缶やぬいぐるみ。小さな世界に繋がっているような、ミニチュアのブックエンド。そんなものも置いてあって、眺めるだけで胸がときめく。
気になった本を数冊取って、窓辺の机で読み始める。夜は何が食べたいかマイラさんが聞きに来るのと、マイラさんが夕飯に呼びに来るまで、私はすっかり本の世界に潜り込んでいた。
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夕飯は宅配ピザ。デザートはマイラさんお手製のサマープディング。ひんやりしてて真っ赤なサマープディングは、イチゴやラズベリーの甘い果汁がしっかり染み込んでて、とてもジューシーだった。