3.魔法の目覚め


クレマンさんの書斎で渡されたのは、私がお使いで買った杖だった。シンプルな木製のそれを両手で握り、じっくり眺める。まさか私が魔法使いになる日が来るなんて。現実は小説より奇なりだ。

「最初はどれも同じだが、魔力の扱いを覚えていけば、杖は成長する」

クレマンさんの杖を見せてもらうと、片手で振れるような短いもので、すっきりしたデザインだ。素材はヤドリギらしい。

「魔法使いの個性に合わせて変化していくから、どうなるかはお楽しみだな」
「私だけの杖……! 素敵です!」

目の前に掲げて声を弾ませる。私の目が輝いていることに気づいたのか、クレマンさんが頬を緩めた。

中央に置かれた長方形のテーブルに、本が広げられる。渡されたのは、ペンとしっかりした装丁のノート。私と向き合うように、クレマンさんがソファに腰を下ろす。

「まずは魔力の流れを把握することからだ。手を出してくれ」
「はい」

差し伸べられたクレマンさんの手のひらに、自分の右手をそっと重ねる。軽く握られた手から、じんわりと体温が伝わった。更にそこから、白い光の線が生まれていく。

「わぁ……!」

リボンのようにしなやかな、淡い光。それがクレマンさんの全身を巡るように、ゆるやかに流れていた。

「自分の中に流れる魔力を感じ取るんだ。俺のように、この温かさを全身に巡らせるのを想像してみろ」

集中するために目をつむる。クレマンさんみたいに、光のリボンが私の周りを回っていくイメージ。手のひらの温もりが、血流みたいに全身に広がっていくイメージ。

胸元のペンダントが、呼応するように温かくなる。頭のてっぺんから爪先まで、優しいエネルギーに包まれるような気がした。思わず目を開けると、オーロラ色の光が私の身体中を巡っている。レインボークリスタルから生まれるように、光のリボンが湧き出ていた。

「そのペンダント。魔力を封じる他に、セイラと魔力を繋げる役割も持っている。どうやって手に入れたんだ?」
「えと、私の10歳の誕生日に、おばあちゃんがくれたんです。お守りだって」
「そうか。……祖母君の名前は?」
「紅川 フローレンスです。紅川は、祖父の苗字なんです」

口元に手を当てるのは、クレマンさんが何かを考える時の癖なのだろう。少しの間黙ってから、クレマンさんは立ち上がった。動かせるタイプの黒板の前で、彼が私に向き直る。

「それでは、授業を始めるぞ」

***

ふわふわ浮かぶ白いチョークが、黒板に文字や絵を書いていく。聞き取りやすいクレマンさんの声に、耳を傾けながら、私はノートを取った。

魔法は、火、水、土、風、光、闇の6種類に分けられること。魔法は魔力を持っている人にしか、扱えないこと。魔法を発動させるための呪文。魔法を使う時の注意点。それから、この国の歴史のことも。前にも、クレマンさんが貸してくれた、歴史の本で少し読んだことがある。


――その昔、悪が蔓延り荒れ果てていた国があった。

乱暴者が威張り、優しい人や幼い子どもは息を潜めるように、苦しみながら暮らしていた。そんな混沌とした国を、3人の魔法使いが救った。

"白の弟子"と"黒の弟子"。2人の少年を率いるのは、大魔法使いメーアヒェン。彼女らは国を荒らす悪を倒し、善良な人々と共に国を整える。美しさと平和を取り戻したその国は、レースヒェン王国と名付けられた。

メーアヒェンが初代の王に選んだのは、当時10歳だった少年・アウロラ(シュトラール王子の曽祖父に当たる)。彼はアウロラ・レースヒェンとして、時にメーアヒェンたちの手を借りながら、国を治めた。

小さなバラを国花としたその国は、現在、平和で豊かな場所になった。メーアヒェンが旅立った後も、"白の魔法使い"と"黒の魔法使い"が、国の守護者となっていたからである。


お茶の時間中。ノートを読み返しながら、私はふと疑問に思ったことを、クレマンさんに問いかけた。

「建国以来、国を守ってる白の魔法使いがクレマンさんということは……。クレマンさんっておいくつですか」
「今年で100だな」
「おじいさんだ」
「俺の曽祖父より歳上なのか」
「クレマンの髪が白いのってもしかして」
「老化じゃなく地毛だ」

100歳という返事に、シルトさんとシュトラールさんが驚いたような反応を見せる。見た目は30代くらいにしか見えないから、私もびっくりした。ハッと何かに気づいたようなアンドレくんに、クレマンさんは淡々と突っ込みを入れる。

「い、意外とお若い見た目ですね……?!」
「この国の魔法使いは、ある程度歳をとると、身体の成長速度がかなり緩やかになるんだ」

クレマンさんいわく、魔法使いはもともと、勉強や研究に熱心な人が多いらしい。もっと知りたい。もっと学びたい。もっときわめたい。その思いで健康な体を目指し、老化を遅くする方法を試すうちに、長寿な魔法使いが増えていったという。

メーアヒェンさんも、長生きなのかな。どんな人なんだろう。

食堂に置いてある肖像画を見上げる。クレマンさんが持ってきてくれたそれには、1人の女の人が描かれていた。

花の刺繍が施されたローブを着ている、しなやかな体。長く赤い髪は華やかに波打っていて、鮮やかな緑色の目は不敵にきらめいている。赤い宝石とスイートピーがついた杖を持って、勝気そうな笑みを浮かべていた。

どこかで見たような。そう考えて、マイラさんの顔が浮かぶ。マイラさんの髪は短いけど、髪と目の色はよく似ていた。自信を持った笑顔も、彼女と重なる。

何だか懐かしくて、私はお茶を飲みながら、肖像画を見つめていた。
2/3ページ
スキ