3.魔法の目覚め
買ってきた物をクレマンさんに渡して、オルゲルさんから聞いた話を伝えた翌日。クレマンさんと一緒に、私はベリルさんの部屋に来ていた。
「……ベリルの状態は、かなり重い」
眉をひそめる彼の言葉には、深刻そうな響きが込められていた。思わず息を呑みながら、クレマンさんがドアノブを捻るのを見守る。ドアは意外なくらいあっさりと開いた。
薄暗い部屋の中で、窓の形に切り抜かれた光が、床に落ちている。それに照らされるように、車椅子に腰掛けた人影が1つ。淡い緑色の入院服を着た、エメラルド色の髪の少年だ。
「……!」
クレマンさんの後について近づくと、全体の様子がはっきり分かる。顔の半分、首筋や胸元、服の袖や裾から伸びる手足全てが、銀色の金属に変わっていた。うつむき気味の顔は空っぽで、作り物みたいに見える。
「これが、"ブリキの呪い"だ。"ここ"にいても、ベリルの身体は、ゆっくりと呪いに蝕まれてる」
クレマンさんがポケットから油さしを取り出し、中の液体をベリルさんのブリキの関節に差していく。花とハーブのような香りが、ほのかに漂った。
「俺が調合した薬で、完全に動けなくなることは避けているが……。本人から、動く意思がすっかり消えちまってるんだ」
マッサージをするようにさすり、解すようにベリルさんの手足を動かしながら、クレマンさんが話してくれる。ベリルさんはされるがままで、瞬き1つせず、声を上げることもない。本当に、金属製の人形みたいだった。
そのとき、傍らのテーブルに置かれていたものに、目が止まる。それは昨日、オルゲルさんのお店で買ったオルゴールだった。ミニチュアの鳥かごに指先でふれると、クレマンさんが静かに口を開く。
「……前までは、オルゲルさんのオルゴールの音色を聞くと、少し表情が緩んだんだ」
ハンドルをつまんで、そっと回す。慣れないせいで少したどたどしいけど、きらめくように澄んだ音色が流れ始める。おじいさんがお孫さんを想って、作り上げたオルゴールは、優しく切ないメロディを奏でた。ベリルさんの反応は、無い。
「……どうして……」
床にしゃがみこんで、彼の顔を覗き込む。青い目には光がなく、ぼんやりと曇っているようだ。寂しそうなオルゲルさんを思い出し、また胸が詰まるような感覚が込み上げる。
シルトさんや他の人たちも、そうだろう。温かな家庭で、夢を持って、穏やかに暮らしていたはずなのに。突然理不尽な呪いをかけられて、今までと違う状態にされてしまった。
――助けたい。
私が呪いを解くカギなら、彼らの役に立ちたい。元の世界に帰るためだけじゃなくて、困ってる人たちを助けたい。私に何ができるかは分からないけど、方法なら1つだけ知っていた。
冷たいブリキの手にそっと両手でふれて、持ち上げる。温もりを移すように包んでから、私はベリルさんの手の甲に、そっと唇を押し当てた。一時的かもしれないけど、少しでも呪いが軽くなれば。そう祈ったときだった。
「……っ、え? わ……!?」
胸元がほのかに温かい。目を開けると、ペンダントについたレインボークリスタルが、きらきらと光を放っていた。7色のきらめきが辺りを飛び交い、花びらが舞っているみたいだ。
一滴落ちた水が、波紋になって広がるように、変化が現れる。私がキスした手の甲から、腕、足、頬が、金属から人の肌へと変わっていった。まぶたが震え、青い目に微かな光が灯る。唇が微かに動き、ゆるやかに頭が持ち上がる。
「……ベリル?」
「……ベリル、さん?」
奇跡を目にしたような気持ちで、クレマンさんと2人で呼びかける。まだブリキの部分はあるけれど、さっきよりも人間らしい様子になっていた。ぎこちなく小首を傾げて、彼は掠れた声で呟く。
「……ぉ、は、よう」
アンドレくんのときとは違い、人間の肌がもう一度、ブリキに戻ることは無かった。オルゴールの音を聞きながら、穏やかな顔で眠りにつく彼を見守ってから、そっと部屋を後にする。クレマンさんは何かを考えるように、口元に手を当てていた。
「な、何だったんでしょう。今の光……」
「……そのことなんだが、セイラ」
クレマンさんの黒水晶みたいな目が、私を真っ直ぐに映す。真剣な感情と、希望を抱いたような感情が、灯火のように宿っていた。
「今のを見て確信した。セイラ、お前には魔力が宿っている。呪いの最後の結び目を解くのに、必要な力だ」