2.フェアリーガーデンの住人たち
「お使いを頼まれてくれるか?」
始まりは、とある日の午前中。クレマンさんの部屋に呼ばれたときだった。
「お使いですか?」
「そうだ。いくつか買ってきてもらいたい物があってな」
そういえば、ここに来てからフェアリーガーデンの外に出たことがない。せっかくの異世界を体験するチャンス。地図があれば何とかなるだろうし、行ってみたい。
「分かりました。行きます!」
「ありがとう。1人で知らない場所を歩くのは不安があるだろうから、案内を頼んでおいた」
仕事が早い。クレマンさんが部屋のドアを開け、廊下の方をのぞく。しばらくすると話し声が聞こえてきた。
「……お前まだ時間かけてたのか。早く来い」
「きゃああっ! 待ってくださいなクレマン! 第一印象が大切ですのに!」
カナリアのさえずりに似た、澄んだ可愛らしい声が、慌てたように響く。この施設、シルキーさんたち以外にも女性がいたんだ。しかも歳が近そうな女の子。もしかしたら、友達になれるかも……。
どきどきしながら待っていると、クレマンさんが戻ってくる。その後に、1人の女の子が現れた。
ふわりとウェーブを描く金茶色の髪には、ピンク色のリボンが結ばれている。ほっそりとした身体を包むのは、白いレースやフリルがたっぷりあしらわれた、バラ色のドレス。小さな足に履いた靴にも、ピンクのバラの飾りがついている。
くるんと上を向いたまつ毛に、ふちどられた大きな目は、キラキラ輝くブルーグレー。つやめく唇が、にっこりと可憐な笑みを浮かべる。
ひらひらのスカートを両方の指先がつまみ、片足が後ろに引かれる。しとやかに膝を曲げて、少女はお手本のようなカーテシーを見せた。
「初めまして。エミリーと申します」
「は、初めまして。セイラです」
少しの間ぼうっとしてしまい、慌ててぺこりと頭を下げる。つい見とれちゃった。絹の髪に陶器の肌。名前も相まって、本当にお人形さんみたいだ。
***
カントリー調の木の門扉を開けると、白っぽいレンガの道が続いている。その先には、絵本に出てくるような街があった。
とんがり屋根の建物や木組の家。壁をパステルカラーで塗ったお店。プランターに花が咲きこぼれている家もある。キョロキョロしながら歩いていると、メルヘンチックな音色が聞こえてきた。おもちゃみたいに軽やかで、何だか懐かしい。
「エミリーちゃん、これ何の音?」
「これはストリートオルガンの演奏ね! せっかくだから行ってみましょう!」
すべすべした手が、私の手をキュッと握る。そのまま優しく手を引かれ、私たちは小走りで音の鳴る方に向かった。
「ここは"語らいの小道"。道に沿って並んでいるお花たちが、おしゃべりしてるみたいでしょう? あそこは"歓喜の白路"よ。あんなに見事なリンゴの並木道は、他に無いと思うわ!」
小さな花々が両側に列を作っている小道。真っ白なリンゴの花が、満開になっている並木道。それらに指をさして、エミリーちゃんは生き生きとした笑顔で言う。地図には無いから、彼女がつけた名前なのだろう。この子の感性、『赤毛のアン』みたいでおしゃれだな。
公園でストリートオルガンの演奏を聞いた後、クレマンさんからもらったメモを頼りに買い物をする。薬屋さんで小瓶を2本、八百屋さんでリンゴを3個。魔法を扱うお店で、杖を1本。
道中で見つけた花屋さんや、お菓子屋さんをのぞいたりしながらたどり着いたのは、古風でこじんまりとしたお店だった。
ドアを開けると、かすかに軋む音に合わせて、カランとベルの音が響く。オレンジ色のランプが灯っていて、棚には透明な箱に入った機械や綺麗な装飾の箱、木製の小さなメリーゴーランドや陶器の人形などが所狭しと並んでいた。
奥のテーブルには、小さな丸眼鏡をかけた1人のおじいさんが、作業をしている。白いものが混じった緑色の髪に、白い口ひげ。不思議な色合いの上着を着ていて、彼が動く度に、緑や赤、青へと色が変化した。
「いらっしゃい」
深みのある声が、柔らかく届く。薄い青色の目がこちらに向けられた。
「フェアリーガーデンの者です。オルゴールの受け取りに参りました」
「……これは珍しいお客さんじゃ。今、用意しよう」
おじいさんが立ち上がり、棚に並んでいるオルゴールを1つ取る。小箱の上に、鳥かごのミニチュアが置かれているデザインの、手回しオルゴール。それを丁寧に包み、こちらに持ってきてくれた。
「見ない顔じゃが、新しく入った子たちかい?」
「はい。セイラといいます。クレマンさんの助手です」
「私はエミリー。前からフェアリーガーデンで暮らしているけれど、おじいさんと会うのは今日が初めてですわ」
「そうか……。ベリルは、元気にしておるかの?」
「ベリルさんですか? すみません。まだ会ったことがないので、分からないです……」
申し訳ない気持ちでそう言うと、おじいさんはしょんぼりと眉を下げた。
「会えたら、様子を聞かせてくれんか。どんな些細なことでもいいんじゃ。クレマン殿と文通はしているが、"まだ会わせられる状態ではない"と言われていてな……」
「おじいさんとベリルさんって、どういう関係なんですか?」
「ああ、名乗るのが遅れてすまないのう。ワシはオルゲル・ウッドマン。ベリルはワシの孫なんじゃ」
フェアリーガーデンにいる人の、ご家族に会うのは初めてだ。ベリルさんも、オルゲルさんみたいに物静かな雰囲気を漂わせているのだろうか。
「……感情表現が豊かで明るかったあの子が、どうしてあんなことになってしまったのか……。ワシがあの子にしてやれるのは、オルゴールを作ることくらいじゃ」
寂しそうに語るオルゲルさんを見ていると、胸が詰まるような切なさを感じる。お代を払ってお店を出てからも、その気持ちは残っていた。
「……ねえ、セイラ。帰る前に、寄り道をしていきましょう!」
エミリーちゃんが明るい声で、私の手を両手で軽く引く。それにつられるように歩いていくと、とあるカフェに到着した。赤と白のストライプのひさしや、クリーム色の壁が可愛らしい。小さなミントグリーンのドアを開けて中に入ると、乙女チックな空間が広がっていた。
「クレマンから、お茶代ももらっているの。安心して、お好きなのを選んでくださいな!」
バラの花模様のクロスがかけられた丸テーブルにつき、メニューを広げながらエミリーちゃんが微笑む。エミリーちゃんは、色とりどりのフルーツとたっぷりの生クリームが盛られたパンケーキを。私はレモンタルトを注文した。それから、ポットの紅茶も。
華奢なカップに紅茶を注ぐと、明るい赤橙色が現れる。目の覚めるような
レモンタルトにフォークを入れると、カツッと軽い音を立てて切れた。口に運べば、ざっくりしっとりしたタルト生地に、レモンピールが入ったカスタード、そしてふんわり柔らかなメレンゲが溶け合う。酸味の効いたカスタードが、口の中をいい感じに引き締めてくれて、とても美味しい。ストレートのお茶の、爽快な渋みとよく合う。
「美味しい〜! パンケーキがふわふわで、生クリームがほんのり甘くて、フルーツはみずみずしくて甘酸っぱいです! 可愛らしくて美味しいなんて素敵!」
エミリーちゃんも、切り分けたパンケーキにイチゴやバナナやキウイ等を乗せ、生クリームも盛り付けて食べている。ナイフやフォークの使い方は上品で。口の端に生クリームをつけているその表情は、無邪気で幸せそうで。そのギャップが愛らしい。
「エミリーちゃん、口にクリームがついてるよ」
「ええっ! やだ、はずかしいわ」
くすりと笑いながら紙ナプキンを差し出す。エミリーちゃんは、はにかみながら受け取り、口の周りをそっと拭った。
「私ばっかり、はしゃいでしまいました……。セイラは、元気出ました?」
「私?」
「ええ。オルゴール屋さんを出てから、何だか悲しそうだったもの。私、心配したの」
寄り道しようって言ってくれたのは、思い詰めていた私を励ますため……?
彼女の心遣いに、気持ちが温かくなる。無闇に焦っていた心が、美味しいケーキと一緒に消化されて、穏やかになっていく。
「ありがとう。エミリーちゃん」
「元気が出たなら、よかったわ。お礼は、私の名前を、ちゃんを付けずに呼ぶことでよくってよ」
「それでいいの?」
「もちろん。私、あなたともっと仲良しになりたいの! 女の子が来たのは初めてだもの」
両手を合わせ、キラキラした目でエミリーは微笑む。そう言ってくれるのが嬉しくて、私も顔をほころばせていた。
「私も、君と仲良くなりたい。改めてよろしくね。エミリー」
「こちらこそ!」
この世界では初めての、女の子の友達。彼女と過ごした時間は、クリスタルボンボンみたいに甘くきらめいて、私の心を軽くしてくれた。