2.フェアリーガーデンの住人たち
食堂に、クレマンさんとベリルさんが来ていなかったため、私は2人の分のスコーンを届けに行くことにした。まずはクレマンさんから。
「クレマンさん、入ってもいいですか?」
「いいぞ」
ノックしてから声をかけると、ドアがすーっと開かれる。お盆を持っていたから、開けてもらうのはありがたい。中に入ると、どっしりした机の上に本を数冊重ねて、羽根ペンで何かを書いているクレマンさんがいた。
「どうした? セイラ」
「スコーンを焼いたんです。ちょっと息抜きしませんか?」
お盆を軽く掲げて言うと、クレマンさんは少し目を丸くする。それから、ふっと目を細めて、どこか懐かしそうに私を見た。
「ありがとう。頂く」
クレマンさんがお盆を受け取ってくれる。乗っているのは、2つのスコーンを乗せたお皿。クリームとジャムを入れた、小さなガラスの器が1つずつ。それから、紅茶を入れたポットとカップ。ティーセットには、どれも白百合の模様が描かれている。
「……美味いな」
クリームの上にジャムを重ね、スコーンを1口かじったクレマンさんが、ぽつりと呟く。
「素朴だが、それがいい。……このジャム、うちの畑のイチゴか」
「はい。シルトさんと摘みました。ジャムはシルトさんお手製なんですよ」
「そうか。2人とも上手だな。それに、今年もミス・ストロベリーが頑張ってくれたみたいだ」
「ミス・ストロベリー?」
「ああ、セイラは知らないか。フェアリーガーデンのイチゴ畑に住んでる、番人のことだ」
「そんな人がいるんですね。……あれ、でも畑には家らしきものが無かったような。この建物内に住んでるんですか?」
「いや、彼女の家はイチゴ畑の下――土の中にある。彼女は身体も小さいから、姿を見たことが無くて当然だ」
ミス・ストロベリーさんの説明を聞いて、思い出したのは1冊の絵本。な、何かとっても、『いちごばたけのちいさなおばあさん』に似ている……! シルトさんが聞いていた物語も、彼女のことで間違いないのでは……!
温かい紅茶を少しずつ飲み、クレマンさんがほう、と息をつく。リラックスしているような空気が、ほわりと漂うみたいだ。
「……こうしてると、先生のことを思い出す」
「先生、ですか?」
「ああ。俺に魔法を教えてくれた師匠だ」
クレマンさんが語ってくれたのは、お師匠さんとの温かな時間。もともと孤児で、気づけば1人で過ごしていたクレマンさんを、引き取って育ててくれたのだという。
「昔、俺が時間を忘れて、魔法の勉強に熱中していたとき。先生もこうして、菓子と茶を持ってきてくれたんだ。"ちょっと息抜きしないか?"って」
ゆっくり休めるように、紅茶は少し熱め。お菓子はクッキーやビスケット。そして、クレマンさんの好物だというアップルパイ。
「じゃあ今度は、アップルパイ作りますね。祖母に教えてもらったレシピがあるんです」
「……! 楽しみにしてる」
"今度"が待ち遠しくなるような、小さな約束を交わし、部屋を出ようとする。そのとき、クレマンさんが私を呼び止めた。
「これをやる」
「え、いいんですか?」
「スコーンの礼だ」
手のひらに、薄紙と共に置かれたのは、オレンジ色のかけらがたくさん混ざっているチョコレート。そういえば、クレマンさんの机の上に、これと同じものを乗せた小皿があった。好きな食べ物のうちの1つかな。
「ありがとうございます。いただきます」
ぺこりと頭を下げて、部屋を出る。口にしたチョコレートは、オレンジの香りがして、ほろ苦い大人の味がした。
***
ベリルさんの部屋にたどり着き、ドアを軽くノックする。返事は無く、私は入口の横にあったミニテーブルに、そっとお盆を置いた。
「ベリルさん、いますか?」
声をかけてみるも、ドアの向こうはシンと静まり返っている。お昼寝中なのか、部屋にいないのか。とりあえずそっとしておこう。
一旦自分の部屋に戻り、紙とペンを探す。短い手紙を書いてから、私はベリルさんの部屋にもう一度行き、お盆の上に手紙を置いた。
『スコーンを焼きました。ベリルさんの分もありますので、よかったら召し上がってください。セイラより』
「ベリルさんって、どんな人なんだろう」
食堂でも庭でも、それらしい姿を見たことがない。何なら、廊下ですれ違ったこともない。ブリキの呪いをかけられたという、謎が多い人。
アンドレくんたちに聞いても、ドアを叩いても返事が無いし、そもそも部屋から出てこないから、話したことがないらしい。
「会ってみたいな」
クレマンさんなら、何か知ってるかな。閉ざされたドアの先にいる、顔も知らない彼を思いながら、私は廊下を歩いていった。