それは、とあるハイエナの魔法
わあ、おそらきれい。
ぽーい、とパンダ先輩によって、空中に体が放り出される。視界いっぱいに広がる、雲がぽつぽつと浮かんだ青い空を見て、私はそう思った。
「いくら〜」
地面と衝突する前に、狗巻先輩に抱きとめられる。背中と膝裏に回されている腕は、パッと見た感じ細く見えたけど、意外としっかりしていた。そして顔が近い。
「高菜?」
「あ、ありがとうございます、狗巻先輩」
「しゃけ」
なぜ私がぶん投げられているのか。
それは、9月に行われる京都姉妹校交流会のために、2年生の先輩たちと特訓をしているからだ。本来なら2年生と3年生が出る行事らしいけど、3年生が停学中らしく、数合わせで私たちも出ることになった。
殺す以外なら何してもいい呪術合戦。
殺されないようにミッチリしごいてやる。
先輩たちにそう話を持ちかけられた時、強くなりたいと思った。
グリムとツノ太郎がいなかったら、私は何も出来ないと、少年院で分かった。
だから、1人の時でも戦えるように、強くなりたい。
仲間を守れるように、強くなりたい。
長生きできるように、強くなりたい。
だから私は、今ここにいる。
「佑、受け身の練習終わったら手合わせするぞ」
「はい! お願いします!」
槍くらいありそうな長い棒を持つ真希先輩に対して、私は借りてきた竹刀を構えた。
五条先生が言うには、私にはいろんな術式が刻まれてるらしい。それらがまだ使えない以上、私には武器が必要だった。弓とか薙刀とかたくさんあるけど、選んだのは剣だ。
"お前には剣の才能があると思っている"
昔、誰かにそう言ってもらった気がする。
あれは誰が言ってくれたんだろう。
真希先輩が大きく踏み込み、棒を突き出す。
とっさに竹刀で払って距離を取り、私も向かっていった。竹刀を振るうけど、すいすいとかわされる。
「反射神経は悪くねえし、素人にしちゃそこそこ動けてる」
空を切る音を立てて、棒が振り回される。当たりそうになって、後ろに飛び退く。
「でも、まだまだだな」
気づけば、体に衝撃が来て、地面に転ばされていた。
「はい死んだ」
「あいたっ」
棒でコツンとおでこを叩かれる。真希先輩は強い。動きが速くて、迷いが無いのが私でも分かる。戦い慣れてる人の動きだ。それに、女性特有のしなやかさが加わってるから、すごい体勢で攻撃をかわされることがある。
ここまでたどり着くのに、どんな努力があったんだろう。私も追いつけるかな。ううん、追いつけるかどうかじゃない。追いつきたい。
「もう1回お願いします!」
竹刀を手にして立ち上がると、真希先輩はニヤリと楽しそうに笑った。
***
日陰に座って、ペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲んで休憩していた時、隣に釘崎さんが座った。散々パンダ先輩に投げられたせいか、疲れた顔をしている。
「あんた、そのジャージ、ダサくない?」
あ、意外とまだ元気は残ってるのかも。他の人のファッションチェックをする心の余裕はあるみたいだ。そういう釘崎さんは、ジャージを持っていないようで、今の時期はちょっと暑そうな制服のままだった。
「そうかな。前の学校指定のやつなんだけど」
「海にスク水着てくようなもんよ。後でツラ貸しなさい。可愛いジャージを買いに行くわよ」
「まだ着られるのにもったいない……」
「それは部屋着にすればいいでしょ」
でも、クラスメートの子とお出かけは楽しそう。女の子の同級生は釘崎さんだけだから、個人的に親睦を深めたい気持ちはある。
「分かった。新しいの買います」
そう言うと、思い立ったが吉日と言わんばかりに、釘崎さんに手を引かれて服屋に連行された。