捻れた力で闇を祓え
ドオオオオン!
呪霊に食われそうになっていた釘崎を救出し、佐藤を探すために、もう一度生得領域の中に飛び込もうとしたときだった。激しい破壊音が聞こえたのは。
「何だ……!?」
応急処置を終えた釘崎を抱えたまま、伊地知さんが目を見張る。俺も、それから目が離せなかった。
生得領域の一部を破壊し、強引に外に現れたのは、漆黒の巨大なドラゴンだった。
さっきの呪霊とは比べものにならないほど、凄まじい呪力の気配だ。あんなのまで潜んでたのか? でも呪霊にしては、違和感が……。
「っ! 佐藤!」
ドラゴンの前足に守られるように、クラスメートが抱えられている。とっさに術式を使おうと手を構えたとき、輝く黄緑色の目が俺を見た。
バサリとコウモリに似た翼を広げ、2本の角を生やしたドラゴンが、俺たちの近くに降り立つ。佐藤は前足からぴょこんと飛び降り、長いマズルに額を寄せた。
「助けてくれてありがとう、ツノ太郎」
気を許しているように、ドラゴンが目を閉じ、佐藤に顔を擦り寄せる。童話のような光景に、俺は少しの間だけ、心を奪われていた。
「あ、伏黒くん、無事でよかった」
「……佐藤、何だそれ」
「えーと、……私の能力? みたい」
助けてって呼んだら、呼べたんだ。そう言ってへろりと笑う佐藤を見て、全身の力が抜けそうになった。本当に何者なんだ、こいつは。
***
「
雨に打たれながら、佐藤と2人で虎杖を待っていると、生得領域が閉じる。安心したのも束の間、呪いの王・両面宿儺が、虎杖の体を乗っ取ったまま現れた。
「そこで俺に今できることを考えた」
「! 佐藤、見るな!」
虎杖の体に手を入れて心臓を取り出し、宿儺は明確かつ気まぐれな悪意と殺意を、俺たちに向ける。ふと、宿儺が俺の後ろに視線を動かした。
「お前、随分と面白いものを飼っているな」
背中に庇ったはずの佐藤に、宿儺が手を伸ばす。しかしその手が彼女に届く寸前で、黒い茨が飛び出し、宿儺を止めた。
「その呪力も、刻まれた術式も、お前自身のものでは無いな。歪み、意思を持った力が、お前の中を巡っている。お前のようなものは初めて見たぞ」
ケヒッ、と機嫌が良さそうに笑いながら、宿儺は佐藤に言葉を投げかける。
「お前、一体どこでそれに好かれた?」
宿儺の意識を佐藤から逸らすために、手を組み合わせて鵺を出し、自分も立ち向かう。「グリム! ツノ太郎!」と、佐藤が名前を呼ぶ声がした。
戦って気づく。呪術うんぬんじゃない。パワーも、アジリティも、格が違う。大蛇は破壊された。グリムもさっき負った怪我のせいで、勢いに押されている。
建物に叩きつけられる前に、何かが体を受け止め、クッション代わりになってくれた。見上げると、佐藤が"ツノ太郎"なんて妙な名前で呼んでいた、黒いドラゴンだった。
不平等な現実のみが平等に与えられている。
少しでも多くの善人が平等を享受できるように、俺は不平等に人を助ける。
その一心で呪力を込めて、宿儺と対峙する。
しかし、火を消すように、俺は呪力を収めた。
「俺はヒーローじゃない。呪術師なんだ。だからお前を助けたことを、一度だって後悔したことはない」
虎杖の体に描かれていた紋様が消える。
宿儺から虎杖に、呪いから人間に戻っていく。
虎杖はいつものように笑う。胸に開けられた穴から流れた血が、虎杖の体を赤く染めていく。
「長生きしろよ」
口から血を流し、虎杖の体がくずおれる。
グリムの背中に乗って駆けつけた佐藤が手を伸ばすも、細腕では虎杖を支えきれず、ずるずると一緒に座り込んだ。
***
「……いたどり、くん?」
筋肉がしっかりついた重い体を抱きしめ、私は彼の名前を呼ぶ。制服に血が付くとか、そんなことを考えている余裕は無かった。
「虎杖くん、虎杖くん」
ふれている素肌は、まだほんのり温かい。でも、ゆっくりと、着実に、芯から温度が下がっていく感覚がする。降りしきる雨が、どんどん虎杖くんの体温を奪っていく。
「ねえ、虎杖くん」
今朝まで生きていた人。
一緒に喋っていた人。
さっきまで、呼吸をしていた人。
今はもう、冷たく強ばって、動かない。
虎杖くんの輪郭が、ぼやけて流れた。