捻れた力で闇を祓え
西東京市にある英集少年院。
受刑在院者第二宿舎に、呪胎と共に取り残された5名の在院者の生存確認と救出。私たち1年生は、そのために派遣された。
2階建ての寮に入ったはずなのに、戸建て感覚で生活できる集合住宅みたいに入り組んだ空間。さっきまであったはずなのに消える入口。ホラーゲームの探索者になった気分だけど、ここはゲームじゃなくて現実だ。
伏黒くんの式神だという、狼みたいな白い犬(玉犬と言うらしい)と一緒に進んでいくと、冷たげな石造りの開けた場所に出る。そこには、人の骨や下半身が無い遺体が転がっていた。
遺体を持ち帰ろうとした虎杖くんを、伏黒くんが止めたことが引き金になり、2人が対立する。どうしよう。こんなところで喧嘩してる場合じゃないのに。止めに行かなきゃ。
「いいかげんにしろ!」
睨み合う2人を見ながらおろおろしてたとき、釘崎さんが止めようとしてくれて、……床に沈み込むように消えた。
「釘崎さん……?」
最初からそこにいなかったみたいだ。
でも彼女は、ついさっきまでここにいたはずだ。
「グリム! 2人を守っ、て……」
嫌な予感がする。名前を呼んで1歩踏み出したとき、地面の感覚は無かった。底なし沼に引きずり込まれるように、私は暗闇の中に落っこちていった。
***
釘崎と佐藤が消えた。
呪いの気配を教えてくれるはずの玉犬は、いつの間にか、壁に叩きつけられて破壊されていた。
「虎杖、逃げるぞ! 釘崎と佐藤を探すのはそれから……」
佐藤が消えた床を、カリカリと引っ掻いているグリムに手を伸ばそうとして、そこで言葉が途切れる。
間違いない。すぐ近くに特級がいる。手を伸ばせば届きそうな距離に。体が動かない。動けない。冷たい汗が背筋を流れる。
先に動いたのは虎杖だった。
先に攻撃されたのも虎杖だった。
呪具を振るった左手が、切り落とされていた。
そのとき、炎が激しくなるように、別の呪力が急激に膨らむ気配がした。
猫の姿をしていたものが、みるみるうちに大きくなる。耳や首回りに、青い呪力のような炎が灯り、特に首回りはライオンのたてがみのようになっていた。そこから更に、タコの足が伸びていく。
グレーだった体は、黒く染まっている。前足は人間のような5本指の手。後ろ足と羽はドラゴンのようだ。尻尾の先はコブラになっており、鎌首をもたげて威嚇している。
「……グリム、なのか……?」
"本当にこれで戦えるのか?"
害が無さそうな猫の姿のグリムを見て、自分がそう言ったことを思い出す。あの言葉は撤回せざるを得ないことに、ようやく気づいた。
この大きさ、この呪力量。特級相当と言われても納得できる。あいつ、こんなの使役してたのか……!?
キメラの姿に変化したグリムに気を取られていたとき、虎杖が切羽詰まった声で叫んだ。
「伏黒! 釘崎と佐藤連れてここから逃げろ! 3人がここを出るまで、俺とグリムでこいつを食い止める!」
***
「釘崎さーん……。虎杖くーん……。伏黒くーん……」
声が闇の中に吸い込まれていく。はぐれたら、下手に動かないで誰かが来るのを待った方がいいって聞く。だけど、振り返ったら元来た道が無くなっているこの場所で、そんなのんびりしたことは言ってられない。
「みんなー、どこー?」
人の気配は無い。でも、どろりとした嫌な気配はずっとある。敵の縄張りに入っているような、常に見られているような気配。
ハッと後ろを振り向くと、そこには呪霊が腕を伸ばしていた。
「っ!」
思わず腕で顔を庇い、目をつぶる。来るはずの攻撃が来なくて、こわごわと顔を上げると、呪霊の体に黒い茨が巻きついていた。
私を守るように、地面から伸びた茨が、呪霊をぎゅうぎゅうと締め上げて潰す。紫色の体液がかかりそうになり、私は思わず飛び退いた。
「……これも、私の力……?」
考えている余裕は無かった。今度はけっこう大きめの呪霊が、こちらに向かってきていたからだ。迷わずに私は走り出す。グリムがいなくて、武器も持ってない今、私に対抗できる手段は無い。
グリム、虎杖くんと伏黒くんのこと、守ってくれてるかな。大丈夫だと思うけど。
初めてグリムを見たとき、自分でもびっくりするくらい、するりと名前が口から出てきた。まるで、ずっと前から知ってたみたいに。お父さんやお母さんには見えなくて、呪術高専の人には見える、不思議な私の相棒。
ねえ、グリム。君は誰なの?
私たち、どこかで会ったことあるの?
「わっ?!」
足元に呪力の固まりが飛んできて、全身に衝撃が走る。ひんやりした硬い壁に打ちつけられ、カハッと息を吐き出してしまう。
頭がくらりとする。これ以上逃げ場は無い。袋のネズミを追い詰めたことが嬉しいのか、呪霊がニタニタと笑っている。
このまま、抵抗できずに殺されるのかな。
「……いや、だ」
こんなところで、死にたくない。
自分の力のこと、まだ何も分かってない。
どうして呪霊が見えるようになったのかも。
「たすけて……!」
気づけば、その名前が、口をついて出ていた。
「っ助けて! ─────"ツノ太郎"!!」