夜が明けたら「ただいま」を
「いやー、自分の葬式の真っ最中に起き上がって、"皆さん集まって何してるんですか?"は面白過ぎたよね」
「こんなブラックジョークで笑えるの五条先生くらいですよ」
とりあえず私は
何がどうなってこうなったのか分からない私に、五条先生たちがいろいろと教えてくれた。
まず私は、渋谷事変が終わった直後、黒いドロドロに覆われて姿を変え、暴走していたこと(絶対オーバーブロットのことだ)。
それをグリムや悠仁くんたちが止めてくれたけど、その時にはもう私の息は止まっていたこと。
硝子先生が手を尽くしたけど、私は昏睡状態に陥り、そのまま息を引き取ったこと。
今日は呪術高専内でお別れをして、あとは家族に遺体を引き渡し説明をするつもりだったこと。
「まあ佑が生き返ってくれたから、しなくていいんだけどね」
「死んだと思った人が生き返ると、どんな気持ちになるか思い知らされた……」
「何で同級生が死んだり生き返ったりするのを2度も見なくちゃいけないのよ」
「釘崎、その節は本当にすみませんでした……」
ムスッとした顔でそっぽを向く野薔薇に、しおれたような顔をする悠仁くん。伏黒くんはいつも通りに見えるけど、私の手首を全然離さなかった。
「じゃあ今度はこっちの番ね。あの日、佑の味方を名乗ってたっていう"彼ら"は誰? どこから来たの? 何で影も形も無く消えたの? あの日の佑の暴走はどういう原理でそうなったの? いっぱい説明してもらうからね。分からないことばっかりで、上がうるさくて仕方ないんだよ。何より僕たちも気になってたし」
「ど、怒涛の質問……! あの、その前に、私が持ってたアルバムありますか?」
「アルバム? ああ、佑が持ってた本のこと? あれアルバムだったんだ。はい」
「先生が持っててくれたんですか」
「佑以外の人間には開けないみたいで、危険な呪物認定されかねなかったからね。僕が責任もって管理してたよ」
「五条先生、鍵で開かないからって、ピッキングで開けようとしてましたよね」
「ダメじゃん! 全然責任もって管理してねえじゃん!」
口笛を吹いて誤魔化そうとする五条先生を、伏黒くんがじとりと睨み、悠仁くんは即座にツッコミを入れた。
アルバムと一緒に返してもらった鍵を、錠前にかちりと差し込んで回す。鍵が開き、私はアルバムの表紙をめくった。
「まず、これについて説明します」
写真が見えやすいように、アルバムのページを向けると、皆がのぞきこんで来た。
「これ、どっかのテーマパーク?」
「見たことない制服ね」
「……派手な髪色の奴が多いな」
悠仁くんたちが口々に言って、首を傾げたり不思議そうな反応をしたりする。そう思うのも無理は無い。日本の学校とはずいぶん違う雰囲気だから。
「これは、私がツイステッドワンダーランドにいた頃に撮った写真です。写ってるのは、ナイトレイブンカレッジっていう魔法士養成学校と、そこに通う生徒たちです」
「あ、呪術じゃなくて魔法がある世界なんだっけ。ハリポタみてぇ」
「寮の組み分けは帽子じゃなくて鏡だけどね」
「つまり、これが異世界……佑が行ってた異郷の証拠ってことか」
「ハロウィンの日に来てくれた"彼ら"は、ここから呼びました」
そう言うと、皆の目が点になった。
「写真からどうやって呼ぶのよ」
「使ったのは、ゴーストカメラっていう特別なカメラなんだ。そのカメラを使うと、被写体の姿だけじゃなくて魂の一部も写し取ることができるんだよ」
「魂の一部?」
「『記憶の断片(メモリー)』っても呼ばれてる。見てもらうのが分かりやすいかな」
1枚の写真に目を止めて、私はそれを指先で撫でた。5人の1年生たちとグリムが、指を1本立てて笑っている写真。頬を緩めて、心の中で彼らを呼ぶ。
すると、光が写真を包んだかと思えば、ナイトレイブンカレッジの制服を来た5人が、私の傍に立っていた。
「こんな風に、撮影した人と被写体の魂の結びつきが深くなることで、動画みたいに動いたり実体を伴って抜け出したりします」
「写真から人だけいなくなってる!? すげえ!」
「へえ、これはすごい。魔法って本当にあるんだね」
悠仁くんが驚きと興奮が混ざったように、目を輝かせる。五条先生は楽しそうに、エースたちをしげしげと眺めていた。野薔薇と伏黒くんは、驚いたように目を丸くしている。
「彼らは、佑の友達? 自己紹介してもらえる?」
「いきなり何だ! まずはそちらが名乗るべきだろう!!」
「うわ声デカ。僕は五条 悟。呪術高専東京校の教師で、1年生の担任だよ」
腕組みをして、上から目線にも見えてしまうセベクの態度を気にせず、五条先生はへらりと笑ってみせた。
「1年生の担任……クルーウェル先生と同じだな」
「ゴジョウ先生だっけ。何で目隠ししてんの? 前見えてる?」
「見えてるよー」
デュースとエースが話すのを聞き、五条先生がひらひらと手を振る。
「僕はナイトレイブンカレッジの1年D組。出席番号33番。ディアソムニア寮の、セベク・ジグボルトだ!」
「じゃー、次はオレね。オレはエース・トラッポラ。所属寮はハーツラビュル。趣味はカードゲームで、好きな食べ物はチェリーパイ」
「僕はデュース・スペード。1年A組24番。エースと同じく、ハーツラビュル寮所属だ」
「ボクは、エペル・フェルミエ。所属寮は、ポムフィオーレ。よろしく、ね?」
「……俺はジャック・ハウル。所属寮はサバナクローだ」
ジャックを見た野薔薇が、「佑の性癖狂わせたの、もしかしてこいつ?」と呟く。そういえば東堂さんとの性癖談義で、話したことあったな。狂わせたというか、私が好みを変えただけだと思う。
「そういや、渋谷で会ったときと格好違うんだな」
「あれはゴーストの仮装だから、ハロウィーンのとき限定だよ。ちなみにこれは制服です」
「彼らがどこから来たのかは分かった。次は佑の暴走についてだね」
悠仁くんの質問に答えた後、メモリーのエースたちは一旦写真の中に戻ってもらって、説明を再開する。
「あれはオーバーブロット。ツイステッドワンダーランドでは、魔法の使い過ぎで起こる暴走状態です。ハロウィーンのときは、私が意図的に引き起こしました」
「意図的?」
「オーバーブロットは負のエネルギーがあふれている状態なので、呪術師には効果的な状態だろうと思いまして」
「もう使わないでね。それで一旦死んでるんだから」
「返す言葉もございません……」
軽い調子だけど、嫌とは言わせない迫力が、五条先生から感じられた。しおれそうな気持ちでうなだれると、大きな手で頭を撫でられる。
「まあ、大事な教え子を失うことにならなかったから、許してあげる。最後の質問に行こう」
「はい」
「今の佑が人間じゃなくなってるのは、どうして?」
「……はい?」
どういう意味かよく分からなかった。悠仁くんたちもぽかんとした顔で、私と五条先生を見比べている。私が、人間じゃなくなってる?
「厳密に言うと、人間と別の何かが混ざり合ってる状態。根本的なところが変化してる。精霊っぽいけど精霊じゃないね」
「それは僕が説明しよう」
アルバムの方から声が響く。姿を現したのは、NRCの制服を着たツノ太郎だった。
「あ、ツノ太郎」
「ツノ太郎って……あのドラゴンか?」
「すげぇ、角生えてる!」
記憶の中の姿を重ねているのか、伏黒くんが訝しげに眉を寄せる。悠仁くんは目を輝かせながらツノ太郎を見ていた。
「ユウがこの世界で言う"呪力"を扱えているのは、僕の"祝福"の影響だ」
「僕がユウを守るために付与した祝福が、鏡を抜けてこの世界に戻ったことで、この世界で言う呪力に変換されている」
「ユウには魔力が一切無かった。だからこそ、受け皿として充分に力を受け止めることができたんだ」
あの時の「贈り物」のことか。ツイステッドワンダーランドから、この世界に帰った日を思い出していると、五条先生が納得したように言う。
「なるほどね。佑が被呪者として処刑対象にならなかったのは、術をかけた者の感情が正のものだったからか」
「ああ。そして今のユウは、人間であり、妖精でもある状態だ。妖精である僕の力を少しずつ使い、身体に慣らすことで、身体が妖精のものに変化しているんだ」
「……つまり私は、セベクみたいに人間と妖精のハーフになってるってこと?」
「やがて僕やリリアと同じ、完全な妖精になるぞ」
「……何でそんなことしたの!?」
「僕たちはいずれ、ツイステッドワンダーランドとこちらの世界を繋げる予定だ。そのときにお前が生きていなければ意味が無いだろう」
「ツノ太郎、私のこと大好き過ぎでは」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが! アンタ勝手に人外にされてんのよ!?」
何百年、何千年かかってもやり遂げるというような、スケールの大きい話に圧倒される。すると野薔薇に頭を引っぱたかれた。
「佑が妖精になるってことは、小さくなって、チョウチョみたいな羽が生えたりすんの?」
「いや、僕と同じドラゴンの姿だ」
「へー、かっこいいな! ……じゃなくて! ダメだろ! 本人にやっていいか聞かないでやるのは!」
悠仁くんが立ち上がり、ツノ太郎の身体をゆさゆさ揺する。伏黒くんは「マジかこいつ」と言うような目で、ツノ太郎を睨むように見ていた。ツノ太郎は堂々とした様子で皆を見つめ返す。
「妖精ね。通りで僕の六眼でも判断できなかったわけだ。上の人間は、特級仮想怨霊ってことにしちゃうだろうね」
「……私、呪術師じゃなくて呪霊扱いになっちゃいます……?」
「そういうこと。しかも生き返った以上、確実に危険視されちゃうだろうな。ねえ佑、僕と結婚しようか」
五条先生がそう言った途端、悠仁くんと野薔薇と伏黒くんによるバリケードが展開された。ツノ太郎もいつの間にか寮服に着替えていて、糸車のような飾りがついた杖を握っている。
「教師が生徒に手を出そうとしてんじゃないわよ」
「先生をロリコン犯罪者にするわけにはいかねえ!」
「待って待って。病める時も健やかなる時も、死が2人を分かつまで、僕が佑を監督するだけだから。こんなところで優秀な人材を散らすのはもったいないでしょ」
「言い方を考えてください。完全に変質者でしたよ」
右腕の内側に左拳を押し当てながら、伏黒くんがひどく冷めた声音で言う。絶対零度の眼差しをしてるんじゃないかと想像できるくらいだ。おろおろしながら見守っていると、ツノ太郎がそっと私に寄り添う。
「恐れることは無い。お前に害をなすものは、僕が全て焼き払ってやろう」
「ツノ太郎、ステイステイ。炎も雷も出さなくていいからね」
この先、何だか大変なことになる気がする。でも不思議と怖くはない。きっと皆が味方になってくれると、分かっているから。
***
その後。案の定、佑の秘匿死刑を提案する者が、上層部に現れた。しかし彼らが軒並み、段差でつまずいたり風呂場で溺れたりしたため、そのような声は上がらなくなっていく。
「……ってことがあったんだけどさ、何か知らない?」
佑に隠れてメモリーの彼らを呼び出す。彼らも五条の意図を理解したのか、すんなり現れてくれた。しかし、その表情からは、子どもらしい素直さは見当たらない。
ハートのトランプ兵は、興味が無さそうに答えてから、ニヤリと笑ってみせる。
「……さあ? 単なる不注意じゃないすか?」
ハイエナは口元に手を当てて、クスクスといたずらっぽく笑う。
「シシシッ、お生憎サマ。俺たち、首輪のついたイイ子ちゃんじゃないんスよ」
タコの人魚は
「僕たちはユウさんに協力しているだけであって、あなた方の味方ではありませんから」
「小エビちゃんに手ェ出そうとすんなら〜……。俺たちがぎゅーって絞めちゃうからね」
ライオンは落ち着いた様子で、研いだ牙を隠しながら気だるげに笑う。
「明日の朝日が拝みたいなら、あいつに一切手を出さないのが賢い選択だぜ?」
「……愛されてるねえ」
五条は思わず苦笑いをこぼす。愛ほど歪んだ呪いは無いとは、よく言ったものだ。世界を越えて彼女を守るのは、呪いを解く真実の愛では無い。重く熱がこもった、とびきりの彼らの呪いだった。
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