捻れた力で闇を祓え



転校してきて日が浅い頃。佑は休み時間を使って、呪術高専の敷地内を散歩していた。

「日本らしい建物が多いなあ」

黒光りする瓦葺かわらぶきの屋根。白く塗られた壁に、茶色い木造建築。アーチ型の橋。自分がいたところとは大違いだ。

(……自分がいたところって、どこだっけ?)

さわさわと涼しい風が吹き、佑の前髪をくすぐっていく。ふと感じた疑問を探るように、佑は立ち止まった。

何かを忘れている気がする。肝心な何かは思い出せないけど、大切なことだった気がする。

記憶の糸をたぐろうとするけど、ぼんやりと深い霧に包まれているようで、分からない。胸の辺りがもやもやする。頭を振り、思考を一旦断ち切ることにした。

「あ、そろそろ教室戻らないと」

腕時計を見ると、時間が近づいていた。くるりと進む方向を変えて、きょろきょろと辺りを見回してから、佑は首を傾げる。

「……どっちに行けばいいんだっけ」

人が少ない割には広く、結構な数の建物がある。校舎に行くにはどの道を行けばいいのだろう。1年生で、転校してきたばかりの佑は、まだ学校の地図が頭に入っていなかった。

あっちへ、てくてく。こっちへ、とことこ。
迷子なりに懸命に道を探していたとき、佑は不思議な存在を見つけた。

黒くて小さな耳。白い頭。黒い手足。五条先生くらいありそうな大きな白い体は、もふもふしてそうな毛に覆われている。

パンダだ。
紛うことなきパンダだ。
動物園でしかお目にかかれないようなジャイアントパンダが、二本足ですっくと立っていた。

着ぐるみにしては、背中にチャックが無い。パンダの放し飼いだろうか。さっきまでとは別の理由で小首を傾け、佑はパンダに近づいてみることにした。

「あのう……」
「ん? 俺に何か用か?」

シャベッタ。
普通に日本語喋った。
呪術高専のパンダって喋れるんだ。

「校舎ってどっちに行けばいいんでしょうか?」
「なるほど、迷子か?」
「迷子です」
「よし、俺が連れてってやろう」

のしのし歩くパンダの横に並んで歩く。よく見るとパンダの手には、人間と同じく5本の指があった。獣要素が強い獣人だろうか?

「制服が真新しいな。お前、最近転校してきた1年生か?」
「あ、はい。佐藤 佑といいます」
「俺はパンダだ。よろしく頼む」

名前はそのまんまなんかい。
佑は心の中でツッコミを入れた。

「それにしても、会ったのが俺で良かったな。俺は2年なんだが、2年の中には、ちょっと言葉がキツいやつと、ちょっと初対面じゃコミュニケーションが難しいやつがいるんだ」
「そうなんですかー」

どんな人たちなんだろう。
イメージを膨らませながら、パンダ先輩について行く。やがて見覚えのある建物が見えてきて、入口のところで1人と1匹は立ち止まった。

「よし、到着」
「ありがとうございました」
「いいってことよ。それじゃあな」

ひらひら片手を振りながら、白黒の背中が遠ざかっていく。パンダはクールに去るぜ、というような後ろ姿を見送ってから、佑はパタパタと小走りで教室を目指した。

***

教室の戸を開けると、佑に気づいた虎杖が片手を上げて声をかける。

「お、佐藤おかえり! 五条先生まだ来てねーよ」
「時間ギリギリまで何してたのよ」
「探検してたら迷っちゃって、たまたま会った先輩が助けてくれた」
「……先輩?」

どの先輩だ? と言うような、怪訝そうな顔をする伏黒の方を見て、佑は詳しい話をした。

「パンダ先輩って言ってたよ。呪術高専ってすごいね。私、喋るパンダ初めて見た」
「呪術高専がすごいんじゃなくて、あの人が特別なだけだからな」

学長である夜蛾 正道の最高傑作である、突然変異呪骸・パンダ。
パンダはパンダでは無いのだが、その話はまた別の機会に。
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