ハロウィーンは楽しむもの
からから、ころころ、パタパタ。
頭の中で、ずっと何かが回る音がする。脳裏に浮かぶのは、回る糸車。最善を織り上げるために、何をすればいいか、紡ぎ出していく。
「……悠仁くん。伏黒くん。先に行ってて」
それに、誰かが私を呼んでいる。確かめるために、私は足を止めた。怪訝そうに眉をひそめる2人の目を、真っ直ぐに見つめる。心配しなくて大丈夫だと伝えたくて。
「すぐに追いつくから」
「……分かった! 気をつけろよ!」
「……後でな」
「うん!」
2人が走っていくのを見送ってから、目を閉じる。そして、自分の内側から聞こえてくる声に、耳を澄ませた。きっと、この低くて優しい声は……。
――ユウ。
――僕の、ヒトの子。
「……ツノ太郎」
まだ力の使い方を知らなかった頃、一度だけ呼んだ名前を口にする。すると、黄緑色の光の粒子と共に、1人の青年が現れた。
水色や赤色の、色彩豊かな中華服に似た衣装。さらりと長い黒髪に、瞳孔が細いライムグリーンの目。血が通っていることを、想像しにくい白い肌。頭には黒い角が生えていて、腰の辺りからは紫がかった黒いドラゴンの尾が伸びている。薄い唇が、ゆっくりと緩められた。
「会いたかったぞ。ユウ」
「私もだよ。ツノ太郎」
柔らかく彼の目が細められ、大きな手のひらが、私の頬をするりと撫でる。少しひんやりした温度が頬に残り、彼が存在していることを伝えてくる。
「ツノ太郎が、ずっと守ってくれてたんだね」
私がこの世界に帰る時に、ツノ太郎がかけてくれた魔法。きっとそれが、今こうして私を守る力になってくれたのだと、はっきり分かった。黒い茨に、彼と同じ色の炎。ヒントはちゃんとあったのだ。
「私、この力をもっと使いこなしたい。大切な人たちと、笑って迎える明日がほしい」
もう、ステュークスの襲撃を受けた時みたいに、無力で何も出来なかった私じゃない。やられたらやり返す。NRCの流儀で、皆と一緒に、呪霊たちに挑んでやる。
「お願い。ツノ太郎――ううん、マレウス。力を貸して」
ペリドットのように美しい彼の目を、正面から見上げる。ツノ太郎は、とろりと甘い、嬉しそうな微笑みを浮かべて、私の両頬を包むように手を添えた。
「もっと僕を求めるがいい。お前になら、僕は応えよう」
そっと彼がかがみ込み、顔が見えなくなる。それと同時にチュッと軽い音を立てて、私のおでこにほんのり冷たい何かがふれた。一瞬だけ霜が降りたようなその感覚に、思わず目を閉じて、ぴくりと体を震わせる。おでこにキスをされたのだと、遅れて気がついた。
「さあ、目覚めの時だ」
カチリ。私の奥底で、もう1つ眠っていた何かが、解除されたような音がした。
***
呪いには、姿を変えるものがある。
美しい王子を、醜い野獣やカエルに。
数多の召使いたちを、意匠を凝らした家財道具に。
呪いと本質が同じ祝福も、例外では無い。
マレウスが佑を守るためにかけた祝福が、制限を解かれてあふれ出す。きらきらと淡い緑色の光が、くるくると線を描いて佑の周りを舞い踊る。
佑が目を開いた時、その色は茶色ではなく、マレウスと同じライムグリーンに。丸かった瞳孔は、爬虫類のように細く変わっていた。頭からは、六角柱状の水晶のように透明な角が、ぴょこりと小さく生えている。
「さあ、お前を待つ者の元へ向かおう」
「? うん!」
そう答える佑の口から、ちらりと真珠を削ったような、控えめな牙が見えた。それらを、マレウスは瞬きをせずに眺める。それは、この世で一番美しいものを、目の前にしたかのようだった。