捻れた力で闇を祓え



さよならをした日、彼はガラス細工に触れるように、自分の頬に手を添えた。彼の綺麗なペリドット色の瞳が、何だか寂しそうに揺れて見えた。

「愛しいヒトの子よ。お前に贈り物を授けよう」

蛍に似た黄緑色の光の粒が、ふわふわと自分の心臓の辺りに灯り、ぱちんと弾ける。それは温かで、胸がきゅっと締め付けられるような感じがした。

***

東京。自然に囲まれた郊外に、清水の舞台や五重の塔に似たもの、更には平安時代にありそうな建築物等が並ぶ学校がある。

その名は、呪術高等専門学校。

数は東京の他に、京都の2校だけ。表向きは私立の宗教系学校とされているが、実際は都立であるため、公費で運営されている。

そこにある1年生の教室で、3人の生徒を前に、1人の教師が声を張り上げた。

「はい、今日は転校生を紹介しまーす! 皆テンション上げていこーう!!」

「おっしゃー!」
「……」
「……」

しかし、元気よく拳を上に突き上げて反応を見せたのは、1人だけだった。

「あれ!? 伏黒も釘崎もテンション上がんねえの!? 転校生だぞ!?」
「クラスメートが1人増えるだけでしょ。小学生でもないのに、何でテンション上げないといけないのよ」
「五条先生も、紹介するなら早くしてください」

唯一沸き立った少年――虎杖 悠仁は、パーカー付きの制服を着ていた。短髪のツーブロックという髪型もプラスして、快活そうな印象を与える。

そんな彼にツッコミを入れた少女――釘崎 野薔薇は、ストッキングに包まれた足を組んで座っていた。明るい茶色に染めて、切りそろえたボブカットの髪に、はっきりした容姿。今どきの女の子といった感じだ。

そして担任の五条 悟に、転校生の紹介を促したのは、伏黒 恵。ツンツンと立った黒髪に、切れ長の瞳という、クールな雰囲気の少年だ。

「2人ともしょうがないなー。それじゃあ、入っておいでー!」

戸口の方に顔を向け、五条は明るい声をかける。黒い布で覆われた目元。190はあるだろう高身長に、白い髪。日本人離れした要素が多い男性である。

「失礼します」

律儀な挨拶が聞こえ、からからと戸が横に開かれる。

シンプルな立襟の上着に、紺色のプリーツスカート。短く切ったさらさらの黒髪と、華奢な少年に見えなくもない、中性的な顔立ち。大きな目は、小鹿や野うさぎを連想させる。

「初めまして、佐藤 佑です。呪術については勉強中なので、お勧めの本とかあったら教えてほしいです。よろしくお願いします」

緊張しているのか、声が少しうわずっていて、表情もどこか硬い。
一見、呪霊にぱっくり食べられそうな、平々凡々で普通の少女だった。

(真面目でいいやつそう!)
(常識人っぽい奴で良かった)
(お人好しって感じがするわね。友達の保証人になって、家を担保にしそうな顔してるわ)

虎杖、伏黒、釘崎が、ユウと名乗った少女に抱いた印象は、それぞれそんな感じだ。

「俺、虎杖 悠仁。よろしくな!」
「……伏黒、恵」
「私は釘崎 野薔薇よ」

1年生同士の自己紹介が終わったところで、五条が話を始める。

「佑は、悠仁と同じく、後から呪力を得たタイプ。高校入学前の春休みに、3日間だけ神隠しに遭ってたんだけど、帰ってきたその日から呪力を得たらしいんだよね。だから高専で受け入れることになりました! 質問ある人ー?」

「はい!」
「はい悠仁くん!」
「その3日間の記憶って残ってんの?」
「私は覚えてなくて。気がついたら、私の部屋にある大きな鏡の前に倒れてたらしいです」

勢いよく手を挙げて質問をした虎杖に、佑が説明するのを聞いた後、伏黒も軽く手を挙げた。

「行っていた場所について、何か手がかりになりそうなものとかあるのか?」

日本国内の怪死者・行方不明者は、年平均1万人を超える。そのほとんどが、人から生まれた負の感情によってできた"呪い"の被害だ。

人間がある日忽然と姿を消す現象である"神隠し"も、呪いのせいだと考えられることが多い。それなのに、彼女は後遺症も無く無傷で帰ってきた。そのことが、伏黒の中に引っかかっていた。

手がかりになりそうなもの、と聞いて、佑は襟元から手を入れ、ゴソゴソと制服の下を探る。取り出したのは、アンティークのような小さい鍵を鎖に通したペンダントだった。

「これと、錠前がついた本を持ってました。鍵はなぜか刺さらなくて、中身は分からないんですけども」

謎が深まる中、次に釘崎が手を挙げる。

「あんた、術式はあるの?」

大人しそうな外見に細い手足。見たところ、呪霊にすぐにやられそうな彼女を、釘崎はほんのちょっぴり心配していた。この前まで一般人だった奴が戦えるのかという疑問もある。

「おいで、"グリム"」

こくりと頷いてから、佑が名前を呼ぶ。すると、佑の影からするりと抜け出るように、1匹の猫が姿を現した。グレーの毛並みにシアンの瞳という色合いが、ロシアンブルーに似ている。首には、ラベンダー色の石がついた白黒のリボンが巻かれていた。

「おっ、猫だ! 伏黒の玉犬みたいな感じ?」
「へぇー、可愛いじゃない」

猫派の釘崎が顎の下を撫でると、グリムと呼ばれた猫は、最初は嫌がるような素振りを見せたもののゴロゴロと喉を鳴らす。

可愛らしい猫を、虎杖と釘崎が構い倒す中、伏黒は「……本当にこれで戦えるのか?」と独り言を呟いていた。
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