謎を解くのは誰のため?
自宅マンションのエントランスで、呪霊による刺殺。
全員亡くなる数週間前から、オートロックの自動ドアが開きっぱなしだと、管理会社に苦情を言っている。
亡くなる日付も場所もバラバラ。なのに、全員同じ殺され方をしている。
私たちは、そんな奇妙な案件を探ることになった。野薔薇が出した、昔3人が同じ呪いを受けて、時が経ってそれが発動した説が濃厚らしい。私は車を運転している新田さんの隣で、皆の会話を聞いていた。
被害者たちの知人に話を聞く予定だったんだけど、何とその人も亡くなっていた。しかも3人の被害者たちと同じやり方で。
新たな手がかりを探すために、たどり着いたのは、さいたま市の中学校だった。
「分かりやすいのがいるわね。ブン殴って更生させましょ」
「なんで?」
「他校の人と揉め事、ダメ絶対」
中学生なのに、タバコを吸ったりしている2人組を指さして、野薔薇が言う。汗を浮かべる悠仁くんの隣で、私は腕をクロスさせてバツ印を作りながら返事をした。
不良の子たちが、何見てんだよと言いたげな顔でこっちを見る。多分ぶつかったり、その拍子にパスタの温玉が崩れたりすると、いちゃもんをつけてくるタイプの人たちだ。
バトルが始まってしまうのかと身構えた次の瞬間。男の子たちが勢いよく上体を倒し、頭を下げた。
「「おっ、お疲れ様です!!」」
「へ?」
「フッ。何よ、"
「オーラってのは、隠しても滲み出るもんだからな」
「そういうものかなぁ……?」
まんざらでもなさそうに頷く2人に、首を傾げる。
不良の人って、怖い思いをさせられた相手にしか、頭を下げない気がする。それに、初対面の人ほど威圧するイメージだ。相手を知らないから、まず自分を大きく見せて威嚇するような感じ。
何か怖いものがあったのかな。振り返ろうとしたとき、不良くんが言った。
「卒業ぶりですね、伏黒さん!!」
振り返って伏黒くんをまじまじと見ると、伏黒くんはそっぽを向いていた。
「俺、中学、ココ」
「それも驚きだけどそうじゃねえだろ。こっち見ろ」
「何した。オマエ中学で何した」
「いやアイツらに聞いた方が早いな。おいバカA、バカB。伏黒に何された」
野薔薇と悠仁くんが、両側から伏黒くんの頬を押さえて目線を合わせようとする。ぐぎぎ、と音がしそうなほど抵抗している伏黒くんの、頬がむにっと変形していて、ちょっと可愛い。
「俺ら……っていうか、この辺の不良半グレその他諸々、伏黒さんにボコられてますから」
3人でまた伏黒くんの方を見ると、伏黒くんは再びそっぽを向いた。
「……ボコッ……た」
「なんでさっきからカタコトなんだよ。こっち見ろって」
「何してんの? オマエ何してんの?」
伏黒くん、中学のときは意外と不良だったのか。意外だ。いつも冷静沈着で大人っぽくて真面目で、髪も脱色してなくて、優等生タイプって感じがしてたから。あれ、優等生かと思ったら元ヤンだったってギャップに、なぜか既視感がある……。
「も、もしかしてバイクで峠攻めとかしてたり……?」
「それはしてない」
すごい即答で否定された。
その後、駆けつけてきた用務員さんから話を聞いた。4人の被害者たちのバチあたりな話に心当たりがあるようで、不良くんたちの言葉からも内容が紐解かれていく。
自殺の名所で、この辺りでも有名な心霊スポットとされている八十八橋。そこで深夜にバンジージャンプをするのが、不良少年の間で流行ったらしい。
「どこの部族よ」
「俺よりバカって意外といるよな!」
「紐どうすんだよ」
「命知らずだ……」
ある日4人が無断欠席をした。家に連絡してみると、前日から帰っていないと言う。結構な騒ぎになったけれど、すぐに橋の下で倒れているのが見つかった。
「大説教になったが、本人たちは覚えていないの一点張りだったよ」
「当たり……っスかね」
「八十八橋なら俺も行ったことあります」
「バンジーしに?」
伏黒くんが悠仁くんの頭をグーで殴った。伏黒くんいわく、心霊スポットは学校とかみたいに呪いが溜まりやすいため、高専関係者が定期的に巡回するらしい。確かに、心霊スポットって怖いイメージが強いから、呪霊が集まりやすそう。
「そん時は何ともなかったですね。有名っちゃ有名ですけど、普通に使われてる橋ですし」
「でも行ってみるしかないわよね」
そのとき、用務員のおじさんが伏黒くんに声をかけた。
「伏黒君、津美紀君は元気か?」
「……はい」
初めて聞く名前に、瞬きをする。悠仁くんも気になったようで、「ツミキって誰?」と質問していた。
「……姉貴」
「はぁ!? アンタ自分の話しなさ過ぎじゃない!?」
今日は伏黒くんの新しい一面をよく知るなあ。
***
「ちょっと、呪霊の呪の字も出ないじゃない」
「……そうだね……」
左にいる悠仁くんがあくびをし、右にいる野薔薇が肩透かしを食らったように独り言を言う。しらじらと明けてきた東の空を、目を細めて眺めながら、私も同意の言葉を呟いた。
噂の八十八橋で一晩張り込みをしたのに、何も起こらないとは。悠仁くんにビニール紐をつけて、バンジージャンプもしてもらったのに。残穢も気配も全然感じられない。
移動して新田さんと合流し、コンビニで買った朝ごはんを食べながら報告をする。
悠仁くんの言う通り、長く時間をかけるのは避けたい。有名な心霊スポットだって聞くし、今のところ致死率は100パーセント。まだ呪われた人がいる可能性があるのに、これ以上誰かを亡くすわけにはいかない。
リンゴデニッシュをかじっていたとき、昨日会った伏黒くんの後輩が、自転車の荷台に誰かを乗せてやって来た。同い年くらいの女の子で、伏黒くんの同級生らしい。
藤沼と呼ばれた彼女が話してくれたのは、中学2年生のときに、夜の八十八橋に行ったこと。そして、自分が帰る時だけ、自宅の自動ドアが開きっぱなしになっていることだった。
「自動ドアの話はいつ頃からっスか?」
「丁度1週間前から1日置きくらい……」
現段階では被害者は4人とも、異常発覚から亡くなるまで、最低2週間はかかっている。まだ少し余裕がある。俯きながら怯えたように話す姿に、早く解決しなきゃという気持ちが強くなった。
近所の人が亡くなったこととは関係ない。大学のレポートのために話を聞きたいのだ、という新田さんの説明を聞いて、藤沼さんの表情に少し明るさが戻る。
「……肝試しに行ったのは、部活の先輩2人……。そうだ、伏黒くん。あの時、津美紀さんも一緒にいたよ」
***
お姉さんのことを聞いてから、伏黒くんの様子がおかしかった。
伊地知さんと電話で何か話したり、早く帰らせようとするみたいに私たちを車に乗せたり。
「自分の話をしなさ過ぎ」
「だな」
後をつけている私たちに気づかなかったり。
月が浮かぶ夜。八十八橋の下から入り込んだ彼の背に、野薔薇と悠仁くんが声をかけた。
「ここまで気づかないとは、マジでテンパってるのね」
「別になんでも話してくれとは言わねぇけどさ。せめて頼れよ。友達だろ」
「1人で何とかしようとすると、難しくなる。だから、力を合わせようよ」
「……津美紀は、寝たきりだ。この八十八橋の呪いは、被呪者の前にだけに現れる。本人が申告できない以上、いつ呪い殺されるか分からない。だから、今すぐ祓いたい」
伏黒くんが、ちゃんと事情を話してくれた。そのことが、何だか嬉しい。野薔薇と悠仁くんも、同じ気持ちのようで、意欲的な表情を見せていた。
「でも任務の危険が上がったのはほんと……」
「はいはい。もう分かったわよ」
「はじめっからそう言えよ」
4人で峡谷の下を移動すると、ほとんど干上がり、細く水が残っている川を見つけた。合図は無いけど、全員同時に飛び越える。川や境界を跨ぐ彼岸へ渡る行為は、呪術的に大きな意味を持つ。例えば、現世とあの世の境目にある三途の川。
バチッと、違う空間に入り込んだような感覚。その直後、地面から呪霊が次々に顔を出す。
「出たな」
「祓いがいがありそうね」
野薔薇がトンカチを出し、私も刀を抜く。すると別の何かが動く気配がし、1つの影が飛び込んできた。
「なんだぁ? 先客かぁ?」
青みがかった緑色の体に、大きな歯と口。人のような手足。落ちくぼんだ目や鼻からは、赤い血を垂らしている。
「伏黒、コイツ別件だよな」
「……ああ」
「じゃあ、オマエらはそっち集中しろ。コイツは俺が祓う」
悠仁くんが、呪霊のような謎の生き物の方へ向かう。私たちはモグラ叩きの要領で、顔を出す呪霊に攻撃した。野薔薇は釘を飛ばし、私は刀で切り払う。
「そのまま出口潰し続けてくれ、多分反撃は無い」
「分かっ――」
伏黒くんに返事をしようとしたとき、誰かに腕を掴まれた。突然のことに心臓が大きく跳ね、慌てて顔を向けようとすると、何かに背中から引きずり込まれる。
「佐藤!」
伏黒くんが、焦った顔で手を伸ばす。その手を取る前に、私の視界は黒く塗りつぶされた。
開けた場所に出た瞬間、刀を構える。領域の外に出たらしく、空に月が浮かんでいるのが見えた。
黒い茨が出なかったということは、高専に現れた、木属性の呪霊と同じ。私に対して攻撃の意思が無い。でも、それは警戒を解いていい理由にならない。
「やあ、こんばんは。"異郷からの生還者"さん」
振り返ると、そこには1人の男の人がいた。40代くらいで、眼鏡をかけている、理知的な雰囲気の男性。学者さんみたいなイメージを抱く以外は、普通の人みたいに見える。でも……。
「その呼び名……。あなたも、私のことについて、何か知ってるんですか?」
「そうですねえ。知っていると言えば知っていますし、知らないと言えば知りません」
「……謎かけ……?」
どこかで聞いたような、曖昧な言い回しに首を傾げる。男の人は柔らかな笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「だから知りたいんですよ。神秘のベールに包まれた、その力、その術式。引き裂いて、引き剥がして、中にあるものを引きずり出したくなります。隅から隅まで、余すところなく徹底的に暴いて、白日のもとに晒したくなる」
すらすらと、流れるように言葉を紡ぐ彼の顔が、恍惚としたような色に染まっていく。ぞわわ、と寒気が背中を襲い、鳥肌がぷつぷつと立った。
この人、もしかしなくても危ない人だ……!
「……あなたは、誰なんですか」
「ああ、申し遅れました。私、主に異郷訪問譚の研究をしている民俗学者です」
彼が距離を詰め、冷たく光る何かを私に向ける。咄嗟に刀で弾くと、彼は飛び退いて私から距離を取った。
「そして……呪詛師でもあります」
呪詛師。五条先生から聞いたことがある。
呪術を使って、一般の人たちを守るのが私たち呪術師とすれば、呪詛師はその逆。呪術を使って、一般の人たちに危害を加える人たちだ。
「教えてください。あなたの力を」
うっとりと目を細める彼の手に握られていたのは、複雑な模様が彫られた金属製の鍵。それが、禍々しい呪力をまとって、私に向けられていた。