大きなケガ無く帰るまでが交流会です



木の根っことかに、つまずかないよう気をつけながら、森の中を2人で駆けていく。
アイ・シー・ユーのおかげで、皆がどこにいるかは分かる。ここから一番近いのは、伏黒くんと京都校の人がいる、建物がある場所だ。

森を抜け、開けた場所に出ると、私はすぐにグリムをキメラの姿に変えた。大きな背中に狗巻先輩と乗り、落ちないようにしっかりと捕まる。

上空から見下ろすと、伏黒くんともう1人の人影が見えた。

背後で凄まじい音を立てて、現実じゃ滅多に見られないような巨木が、何本も迫ってくる。

「逃 げ ろ!」

2つの人影に向けて、狗巻先輩が言霊を発する。弾かれたように走り出す2人を追う間、なぜか帳が降りていた。夜ではなく、雨が降った日の夕焼けのように茶色がかった色が、空を塗り替えていく。

「何故高専に呪霊がいる。"帳"も誰のものだ?」
「多分その呪霊と組んでる呪詛師のです。以前五条先生を襲った特級呪霊だと思います」

狩衣みたいな格好をした京都校の人に説明する伏黒くんへ、狗巻先輩が片手で電話をかけるジェスチャーをする。伏黒くんがスマホを取り出し、五条先生に電話をかけようとしたとき、スマホが破壊された。

「動くな!」

狗巻先輩の呪言で、呪霊の動きが止まる。
狩衣の人が輸血パックのようなものを取り出し、そこから血を固めたような赤い武器を作り出した。

伏黒くんも鵺を出す。いつの間にか刀を持っていた彼とタイミングを合わせ、私も呪霊に切りかかった。

ガチン! と音を立てて刃がぶつかる。呪力をまとわせたけど、かなり硬い体だ。今ので刃が少し欠けた。

「繧?a縺ェ縺輔>縲∵?縺九↑蟄舌i繧」
(やめなさい、愚かな児等よ)

そのとき、頭の中に声が響いてきた。
さっき聞こえた男の人の声とは違う。教え諭すような、女性のような、柔らかいのに有無を言わせない声だ。

音では理解できないのに、意味は伝わってくる。上手く言えないけど、もやもやして気持ち悪い。

「遘√?縺溘□縲√%縺ョ譏溘r螳医j縺溘>縺?縺代□縲」
(私はただ、この星を守りたいだけだ)

「呪いの戯言だ。耳を貸すな」
「低級呪霊のソレとはレベルが違いますよ、独自の言語体系を確立してるんです」
「……狗巻を下がらせろ」

《"時間"さえあれば、星はまた青く輝く》
《死して賢者となりなさい》

突如、現れた特級呪霊。
突然降りた帳。
五条先生たちに連絡を取る隙は無い。

狗巻先輩の呪言と私のスリープ・キスで足止めして、グリム、伏黒くん、京都校の加茂さんが攻撃。ヒットアンドアウェイの繰り返しで、私たちは帳の外を目指していた。

グリムの青い炎のおかげで、距離はだいぶ取れている。だけど、逃げることに精一杯で、先生たちに電話をかける余裕が無い。

本当にこのまま逃げ切れるのか、ヒヤヒヤした気持ちが拭えない。のど薬を口に含む狗巻先輩の額にも、汗が浮かんでいる。彼の負担も心配だ。

狗巻先輩が、少しでも喉を痛めずに済むように、もう一度スリープ・キスをかけようとしたその時。

「グリム!」

呪霊が放った攻撃が、グリムの体を貫く。そこから木の枝が生え、赤い口のようなものが表にでてきた。
グリムの大きな体が、みるみるうちに縮み、猫のような姿に戻る。

《ソレに打ち込んだ芽は、呪力が大好物。術を使う程、肉体の奥深くへ根を伸ばす》

呪霊の説明に、血の気が引いていく。駆け寄って抱き上げると、グリムはぐったりと目を閉じていた。

ザザッとテレビに紛れる砂嵐のように、突然、誰かの言葉が脳内で流れる。マスコットキャラのような、子どものような、あどけない声だ。

――オレ様たちが協力すれば無敵! そうだろ?
――これまでもずっとそうしてきたもんな!

「グリム! グリム!」

呼びかけても返事が無い。とにかくここから離れて、硝子さんに診てもらわなきゃ。そう思ったときには、もう遅かった。

《術師というのは殊の外、情に厚いのですね》

「っ佐藤! 早く離れろ!」

伏黒くんが焦ったように声を張った瞬間、地面から木の枝が飛び出し、私の頭上を覆う。木で作られた茶色い檻に、私はしっかりと閉じ込められた。

《アナタは、なるべく無傷で連れてくるようにと言われています。"異郷からの生還者"》
「! その呼び名……!」

里桜高校で会った、真人も言っていた。
この呪霊は真人の仲間? 真人たちは、私の"神隠し"のことについて知ってるの? どうして?

ふわりと檻が宙に浮く。まずい、このままじゃどこかに運ばれちゃう。刀で枝を切り付けると、ガキンと枝から聞こえるはずがなさそうな音を立てて、弾かれた。

もしかして呪力で覆って強度を上げてる!?

「動くな!」

狗巻先輩が叫んだ瞬間、稲妻のような勢いで飛び込んできた人影があった。

《そのナマクラでは私は斬れませんよ》

「何あっさり捕まってんだ、佑!」
「真希先輩!」
「後で鍛え直しだな」

いつの間にか真希先輩が、刀から三節棍へと武器を変える。伏黒くんは、今まで見たことが無い色の玉犬を出した。

私も早く脱出しなきゃ。こんなところで動けなくなってる場合じゃない。
"なるべく無傷で連れてくるように"ってことは、私自体はそんなに攻撃されないはず。何か撹乱させる方法があれば。影分身の術的なのが使えたら……!



「『舞い散る手札スプリット・カード』!」

***

その言葉が唱えられた時、佑の体が蜃気楼のように揺らいだ。輪郭がぶれて、実体が捉えられなくなったとき、声が響く。

「うぅ……っ、心臓が飛び出しそう」
「面倒くさいことになった」
「なんでいつもこうなるかな!?」
「よし、拳で語り合おう!」

その声、その顔、その姿、その残穢。
佐藤 佑そのものとしか言いようが無い存在が、4人出現した。

「これは……!」
「高菜!?」

自分たちの隣に現れたその姿を見て、加茂や狗巻は目を見開く。檻には1人囚われたままだが、さっき姿が揺らいだところを見ると、本物とすり替わっている可能性もある。

《……なるほど。複数の術式を持つという話は、本当だったようですね》

花御は考える。こうも本物と偽物の区別がつかない以上、下手に佑に攻撃をするわけにはいかない。

「へぇ、おもしれぇじゃん」

初めて見る術式に、真希は笑う。戦いの真っ只中に、新しい力に目覚めた後輩の成長っぷりが、気持ちを高揚させた。負けてられないと言う思いで、三節棍を構え直す。

「私はこの子で、この子はあの子」
「さて、本物はどーれだ?」

4つの同じ顔が、同じ笑みを浮かべた。

***

さて、本体の私はというと、懲りずに脱獄を図っていた。刀を格子に当てて、ノコギリみたいにこすってみるけど、全く削れない。格子自体は細いのに。

どうにかして壊さないと。
木製なら燃える? でも私まで炎に巻き込まれる可能性があるのは怖い。他に方法は……。

――もっと頭を捻って考えろ。
――自分より強いヤツに勝つために、ココがあるんだろ。

ぐるぐると考えていた時、頭の中にそんな言葉が蘇った。低くて、どこか横柄で、それでいて堂々とした男性の声だ。

真っ赤な夕陽が、地平線に落ちていく。
金色に染められた荒野に立つ後ろ姿。
砂埃の混じった風の中で、ゆるくウェーブがかかったチョコレートブラウンの長い髪が揺れるのが、見えた気がした。

里桜高校で覚えた感覚が、体の中を流れる。
あの時はまだ、力の捉え方がぼんやりしていた。でも今なら、ちゃんと力を出せる気がする。

力任せにぶつけるのではなく、私は檻にそっと手を当てた。


「『王者の咆哮キングス・ロアー』」


言葉を唱えると、パキパキパキッと乾いた音を立てて、枝にヒビが入る。そのままサラサラと細かく崩れていく檻から、私はグリムと刀をしっかり抱えて飛び降りた。

捕らえていた私が逃げたことで、呪霊の意識が私に向かう。

「グリム、少し休んでて」

そう言うと、グリムの体が私の影に溶けるように消える。
さっきよりも強めに、刀身に呪力を流すと、黄緑色の炎が刃を覆った。刀を振るい切りつけると、炎が呪霊を舐めるように広がり、呪霊が怯んだ様子を見せる。

さっきよりも効いてる。皆が、ダメージを与えてくれたおかげだ。

「おせぇぞ、佑」
「油断するなよ」
「はい! ごめんなさい!」

加茂さんと狗巻先輩は撤退したみたいだ。私の分身は、撹乱のために隠れさせておこう。
真希先輩と伏黒くんに並びながら答えると、真希先輩が言う。

「そろそろ、選手交代だな」

どういうことか聞こうとした時、勢いよく水しぶきを上げて、上空から2人の人影が呪霊を襲った。

「いけるか!? 虎杖マイフレンド!!」
「応!!」

「東堂さん! 悠仁くん!」

悠仁くんが無事だったことに、ほっとする。続いて現れたパンダ先輩に、東堂さんが帳を出るように指示を出す。パンダ先輩はそれを聞いて、真希先輩と伏黒くんをひょいと両肩に担いだ。

「佑も来い。お前、呪霊に狙われてるだろ」
「それはマズイな。佑、走れるか?」

真希先輩とパンダ先輩の提案はありがたい。でも私は、首を横に振った。

「さっき、あの呪霊に効きそうな力が目覚めたんです。私は悠仁くんたちと残ります」
「やめろ佐藤! あいつは俺たちでどうこうできる相手じゃ……」
「伏黒くん、グリムをお願い」

こっそりラフ・ウィズ・ミーを使いながら、グリムを手渡すと、伏黒くんはつられたように両手を伸ばして受け取った。何か言いたそうに口を開いた伏黒くんに、悠仁くんが振り返った。

「伏黒、大丈夫」

頼もしい彼の笑顔を見たせいか、伏黒くんが言葉を飲み込んだように見えた。

「……佐藤、捕まるな。攫われるな。虎杖は次死んだら殺す!」
「伏黒くんそれは理不尽だよ!?」
「そんじゃ死ぬワケにはいかねーな」

悠仁くんが肩を回す。呪霊と3人で向かい合うと思った時、東堂さんが少し離れたところに移動していた。ライブで、後ろの席から推しを眺める人みたいに。

「佐藤、こちらに来い」
「え? 一緒に戦わないんですか?」
「先程、お前は俺たちと残ると言ったな。だが、手出しは不要だ。虎杖が"黒閃"をキメるまでな!!」
「コクセン??」

何ですかそれ?

「虎杖! "黒閃"をキメられずオマエがどんな目に遭おうと、俺はオマエを見殺しにする!!」
「押忍!!」

「そんな殺生な!」

おまじないをかけたとはいえ、あんまりな発言に私は叫んだ。悠仁くんも元気よく返事をしないでくれ。

「オマエの仲間に、ツギハギ面の人型呪霊はいるか?」
《……いる、と言ったら?》

そのやり取りから、2人の戦闘が始まる。
それを川辺から見ながら、私は東堂さんに質問をした。

「東堂さん、コクセンって何ですか?」
「"黒閃"とは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる、空間の歪みのことだ。威力は平均で、通常の2.5乗だな」
「必殺技みたいなものですか?」
「いや、必殺技ほど安定しているものではない。"黒閃"を狙って出せる術師は存在しないからな」
「見たことないのはそのせいですか……」
「だがしかし、"黒閃"を経験した者とそうでない者とでは、呪力の核心との距離に天と地程の差がある」

悠仁くんが、何か空振りしたように「クソ!」と声を上げる。すると、東堂さんが悠仁くんにつかつかと歩み寄った。

虎杖マイフレンド

そして、パァンと悠仁くんのほっぺたに平手打ちをした。

「"怒り"は術師にとって重要な起爆剤トリガーだ。相手を怒らせてしまったばかりに、格下に遅れを取ることもある。逆もまた然り。"怒り"で呪力を乱し、実力を発揮できず負けることもな」

悠仁くんに共感と理解を示しつつ、落ち着かせるような言葉を連ねて、東堂さんはもう一度彼にビンタをした。微笑みながら。

「消えたか? 雑念は」
「ああ、雲一つねぇ」

どこかすっきりした顔で、呪霊に向き直る悠仁くん。弟子を見守る師匠のような顔で、私の隣に戻ってきた東堂さんに、私は声をかけた。

「いつの間に悠仁くんと仲良くなったんですか?」

マイフレンドとか、親友とか蜜月とか。今日初対面のはずの2人からは、かけ離れた言葉が聞こえた気がした。
東堂さんが腕を組み、誇らしげに胸をそらす。

「虎杖と俺は地元じゃ負け知らず。同じ中学時代を過ごした"親友"でな」
「そうなんですかー」

悠仁くんの中学時代を知らない私は、なるほどと納得する。それなら、仲良しな発言が出るのも頷ける。

その時、悠仁くんが動く。
瞬間的に黒く光る打撃が、呪霊に叩き込まれた。

「成ったな」
「今のが……!」
「"黒閃"を経て、呪力という食材の"味"を理解した今。虎杖は呪術師シェフとして、3秒前のあいつとは別次元に立っている」

ダメージを受けた呪霊の腕が再生する。呪霊の体は呪力でできているから、私たちと違って反転術式は必要ない。
でも確実に呪力は削れる。

「さあ、調理を始めようか」

東堂さんの一言で構える。すると、呪霊が布のようなものを引き裂き、隠していた片腕をあらわにした。

《どうやら貴方達には、多少本気を出した方がよさそうだ》

***

範囲が広い木の根。
刺す攻撃に使われる木の鞠。
植物そのものに呪力を通して操っていると思っていたけど、すぐに消せるところから、全部呪力で具現化したものだと分かる。

相手と自分の位置を入れ替える、東堂さんの術式。悠仁くんの4回連続黒閃ラッシュ。黄緑色の炎をまとわせた、私の斬撃。真希先輩が使っていた三節棍。

それでも仕留めきれない。

「『王者の咆哮キングス・ロアー』ッ!」

東堂さんに意識が向いているうちに、背後から触れる。呪霊の右腕から干上がってヒビが入り、崩壊が始まる。掴む手に力を込めた時、呪霊が左腕で地面に触れた。

周りの木々が、生えている草が、しおれて枯れていく。私の力とは違う。呪霊が植物の命を吸い上げている。

《出来ることなら使いたくはなかった》

「佐藤! 離れろ!」

焦りが混じったような、東堂さんの声が聞こえる。でも、手を離すわけにはいかない。呪霊が何かしようとしてるなら、一刻も早く砂にしなくちゃ。

《領域 展――》

その瞬間、帳が消えた。
突風が私の体を舞いあげる。視界いっぱいに広がる青空に、1人の人が浮かんでいるのが見えた。あれは……。

「五条、先生……?」

風は私を柔らかく包み込み、東堂さんと悠仁くんがいる場所へ運ぶ。

《退きます。五条 悟を相手にする程、おごっていない》

「ざけんな! 何がしてェんだよテメェらは!」
「させない!」

体の半分が砂になりかけている呪霊を、黒い茨で縛り上げる。もう一度キングス・ロアーをかけに行こうとすると、東堂さんが私と悠仁くんを止めた。

「それ以上進むな。巻き込まれるぞ」

***

術式順転「蒼」。術式反転「赫」。
引き寄せる力と弾く力を衝突させて起こるのが、虚式「茈」。生成された仮想の質量を、対象に押し出す。その結果、目の前にあった森が呪霊ごと抉り取られ、消滅した。


「祓われましたか。あの呪霊」

その様子を、高い場所から眺めている人影があった。

「いやはや、残念無念。しかし素晴らしい」

乾いた音を立てて、手を打ち鳴らしながら、その人物は笑う。

「流石、"異郷からの生還者"。あの力。あの術式。一体全体、どれほどの秘密を隠しているのやら……。ああ、考えただけで身震いしてしまう。会えるのが待ち遠しいですねえ」
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