卵が割れるその前に
迷路みたいに入り組んだ生垣。
ハート型に刈られた木がいくつも植えられてて、そこには絵の具で染めたみたいに真っ赤なバラがたくさん咲いている。
そんな不思議な場所に、虎杖は立っていた。
「? どこだ、ここ……」
辺りを見回しても、緑と赤の景色しか見えない。でも遠くの方から、明るい音楽や楽しそうな話し声が聞こえてくる。
せっかくだし道を聞くか。
そう思って歩いていくけど、話し声が近くで聞こえたと思ったら、今度は向こうの方から、かすかに聞こえてきた。いろんな方向から音が聞こえて、何だか変な感じがする。
歩いて、歩いて、歩き続けたとき、ようやく開けた場所が見えてきた。
軽やかに音楽を流しているのは、今どき珍しい蓄音機。
白い布がかけられたテーブルには、紅茶を入れるようなポットやカップの他に、たくさんの菓子が並んでいた。クッキーにスコーン、パイにカップケーキ。いちごをたくさん乗せたタルトやケーキもある。
呪術高専の制服とは真逆の、白がベースのジャケットやズボンを着た同じ歳くらいの男子たちが、笑顔で話をしていた。肩の飾りとかがちょっと兵隊っぽい。
誰かの誕生日パーティーでもしてんのかな?
「グリムは遠慮しなさ過ぎだけど、お前は遠慮し過ぎだろ。俺のタルトのいちご、1つやるよ」
「ユウ、あっちに美味そうなスコーンがあったから貰ってきたぞ! いちごもブルーベリーも、マーマレードもりんごもあるから、好きなジャムを選んでくれ。あ、今クリームも持ってくるからな!」
そんな疑問を持ったとき、聞き覚えのある名前が聞こえた。跳ねぎみの明るい茶髪の奴と、落ち着いた紺色の髪の奴の間に挟まれているのは……。
「佐藤……?」
周りの奴らと同じ服を着て、皿に盛られたお菓子を、ハムスターみたいな顔で嬉しそうに食べているクラスメートだった。
ハッと目が覚める。ソファの肘掛けにもたれて、眠っていたらしい。テレビの画面には、再生していた映画のラストシーンが流れている。
金髪の少女が、白ウサギを追いかけて不思議の国に迷い込む、夢の国産のアニメ映画。
「……佐藤のいちごタルト食べたからかな」
映画の中で、帽子屋と三月ウサギが開いていた、誕生日じゃない日を祝うパーティーのシーンを思い出す。
佐藤と一緒にいた奴らは誰だったんだ?
そもそも、現実にいる人間なのか?
佐藤の幸せそうな顔は思い出せるのに、佐藤の傍にいた2人の顔だけが、ぼやけたみたいに記憶から抜け落ちていた。