何でもない日が一番



寮のそれぞれの部屋には、自炊できるように1人用の台所がついている。でも、男子寮と女子寮を繋ぐ共通のスペースには、広めの台所も置かれていた。

休日の昼過ぎ。私がそこを訪れると、佑が鼻歌を歌いながら作業をしていた。シロツメクサとクローバーの刺繍がついた、緑色のエプロンを身につけて。

「佑? 何してるのよ?」
「あ、野薔薇」

人懐っこい笑顔で振り返る佑の手元に視線を移すと、銀色のフォークが握られている。その下には、タルト型にぴったりと伸ばされた淡い黄色の生地。均等に穴をあけていたらしい。

「お菓子作り? いいわね」
「レシピブック見てたら、食べたくなっちゃって」

傍らに置かれていたレシピブックを見てみると、いちごタルトのページが開かれていた。赤くてツヤツヤしたいちごが、まるで宝石みたいに見える。

「ホールで作って、あとは皆が切り分けて食べられるようにしたらいいかなって思ったんだ」
「アンタってほんとお人好しよね」
「美味しいものは皆と食べたいからね」
「期待してるわよ。パティシエール」
「頑張ります」

冗談めかして言うと、佑もクスリと笑って答えた。

卵を割る音。カチャカチャと泡立て器でかき混ぜる音。それから、佑のハミングの音。
椅子に座って、そんな音を聞いていると、昔のことを思い出した。私が小学校1年生の時に、村に引っ越して来た沙織ちゃんのこと。聞いたことの無い名前の手作りのお菓子を、「お店のはもっと美味しいんだよ」とごちそうしてくれたこと。

沙織ちゃんも、こんな風に、お菓子を作ってくれてたのかな。
食べてくれる人のことを考えて、優しい手つきで、楽しそうに歌いながら。

そう考えると、胸の辺りが温かかった。

***

綺麗に焼きあがったタルト生地に、たっぷりのカスタードクリームを詰める。真っ赤に熟れたいちごを並べて、ナパージュ代わりのあんずジャムをハケで塗ると、いちごがツヤツヤのピカピカにきらめいた。

「完成!」
「いい感じじゃん! めっちゃ美味しそう!」

野薔薇が目を輝かせて、ポケットから取り出したスマホを構える。作業は大変なこともあったけど、お手本みたいに上手くできてよかった。

「それでは一番乗りの野薔薇には、できたてのタルトをどうぞ」

タルトを1ピース切り分けて、白いお皿に移す。いちごの赤色が映えていい感じ。フォークもつけて渡すと、野薔薇は嬉しそうに笑った。

「ありがと。いただきます!」

1口分、野薔薇がタルトを口に入れる。

「うっっま!」
「よかった〜」
「生地がサクサクで、カスタードもいちごもちょうどいい甘さ! お店のやつみたいなんだけど! アンタこんな特技あったのね」

美味しそうに食べてくれる野薔薇にほっこりしながら、私はもう1ピース、タルトを取り分けた。

「え〜なになに。野薔薇と佑2人して美味しそうなの食べてるじゃーん」
「あ、五条先生」
「これ誰か買ってきたの? 無類の甘いもの好きの僕に内緒でスイーツ食べるとかひどくない? 僕も食べたい」
「私が作りました。よかったら、五条先生もどうぞ」
「え、佑の手作り? 教え子のお手製タルトなんて僕初めてだよ。嬉しいな〜ありがとね」

休日らしく、シンプルな私服姿の五条先生が、両手を合わせておねだりするようなポーズをとる。そんな彼に、私はさっき取り分けたタルトとフォークを渡した。

「いただきまーす」

うきうきした様子の五条先生の口の中に、1口サイズに切られた生地とクリームといちごが消える。

「……うまぁ。え、これほんとに手作り?」
「手作りです」
「間違いないわよ」
「佑の家って名のあるケーキ屋だったりする? お金払いたいレベルなんだけど」
「いえごく普通の一般家庭です」

タルトを作る手順は、何となく体が覚えていた。誰かと一緒に、何度か作っていたような気がする。あんまり思い出せないけど。

「いやあ美味しかった〜! ごちそうさま、佑。また何か作ってよ。ガトーショコラとかシュークリームとかロールケーキとか」
「けっこう要求しますね……」

ぺろりとあっという間にタルトを平らげた五条先生は、2ピース分のタルトを自分で取り分けて、どこかに持っていこうとした。

「あれ、五条先生2切れも食べるんですか?」
「うん。もっと食べたくなったから、多めに貰ってくね」

まあいいか。皆の分は残ってるし。
五条先生の後ろ姿を見送ると、聞きなれた声が聞こえてきた。

「お、ここから甘い匂いがしてるな」
「昆布」
「何食ってんだ? 先輩にも寄越せよ」
「どうぞ〜」
「せっかくだから伏黒も呼びましょ。こんなに美味しいの食べないなんて損するわよ」

何でもない日なのに、皆と甘いスイーツを囲んでいるだけで、特別な日になったような気がした。


***


「ゆーうじ! おやつ食べよ〜」
「五条先生! どしたの? そのタルト」
「佑の愛情たっぷり手作りいちごタルトだよ」
「へー、すっげー美味そう! いただきますっ!」

さく、もぐもぐ。

「うまー! いちごのタルトほぼ初めて食ったかも! 佐藤って料理上手なんだな」
「うん、これは毎日食べたいレベルだね」
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