近くて遠いあなたに恋をする話(山崎)
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先日までの晴天はどこへいってしまったのやら、ここのところ毎日、雨が降り続いていた。
そのせいか、昼時だというのにいつもよりは客足が減り、私もおじさんもおばさんも少しだけゆっくりと仕事をこなしている。
だが、仕事の余裕はあっても、私の心には余裕がない。
「ぽん子~来てやったぞ~」
「えっ、勝手にいらしてるだけでは…」
いつものようにと言うと親しい様だが、実際は少しだけ迷惑をしているお客さんである坂田さんは、慣れた様子でカウンターに陣取った。
もう一時間ほどで閉店なのだが、この人にとっては関係のない事のようで、こちらも慣れてきてしまっているのが怖い。
それに、ほろ酔いの坂田さんに何を言っても無駄だろう。
「アイツとはどうよ?話せたか?」
カランと氷の溶ける音が手の中から小さく響き、少しだけ汗をかき始めたグラスを坂田さんの目の前にそっと置く。
アイツとは勿論、山崎さんのことだろう。
「……あれから、会えてません。お店にもいらしてませんし」
「まじでか。すぐ来ると思ったんだけど意外だな」
本心からそう思っているのか、坂田さんは珍しく目を見開いて私を見た。
だがすぐに視線を逸らすと、片肘をついてグラスに口をつけた。
「あー、まぁ…仕事忙しいとかかもな」
「ええっ何ですか、慰めてるつもりですか?とても不快です」
「お前マジそういうトコ駄目だわ」
はぁ、とため息をつく坂田さんに見えないように、こっそりと口元をお盆で隠して笑いをこらえる。
口では不快だなどと言いながらも、こうやって気遣ってくれるのは嫌ではない。
「でも、そろそろ来ると思うぜ」
「…そうですかね」
「俺のカンがそう言ってる!なんつってな。オヤジ~、てきとーに何か作ってくれや」
落ち込んだふりを止め、ニカッと笑う坂田さんに呆れながらも、私は仕事に戻ることにした。
坂田さんの言う勘は当てになるかどうかはさておき、私自身も、どこかで山崎さんとそろそろ会ってしまうのではないかとは思っていたのだ。
その時は、突き飛ばしたことを謝って、告白をしようと決めていた。
「これ、サービスです。背中を押して頂いたので」
お膳を運ぶついでに、玉子焼きとおむすびを一つずつ乗せた小皿をこっそり並べると、坂田さんは「ラッキー」とだけ言ってすぐに平らげてしまった。
そうこうするうち、最後のお客さんになっていた坂田さんは何に対してかツケといてなどと言いながら店を出ようとしていた。
そんな姿に呆れながらも、たまには見送りぐらいはしてもいいかと外に出てみれば、ぼたぼたと打ち付けていた雨はすっかり小雨に変わっていた。
「ちょっと落ち着いたみたいだから、今のうちに帰んなさいね。銀さん、ぽん子ちゃんのこと送ってって頂戴よ」
「ありがとうございます。そうしますね。坂田さんはどうでもいいですけど…」
「お前何から何までマジで腹立つな…。待っててやっから準備しろよ」
シッシッと虫でも払うような手付きで急かす坂田さんを他所にエプロンを外して手荷物を持ち、出入り口へと向かえば、坂田さんは何かをじいっと見つめていた。
不審に思いながらも声をかけ、私も店の外に出てその方向を見れば、傘を手にした山崎さんが少し離れたところで同じようにこちらを見ていた。
「俺のカン、当たっただろ」
坂田さんはニヤリと笑ってそういうと、山崎さんの方へとさっさと歩き出してしまい私も慌てて追うようについていく。
久しぶりに見た山崎さんは、どこからどう見ても不機嫌だ、ということが分かるほど眉を顰めていた。
坂田さんもそれは分かっているだろうに、関係ないとばかりに距離を詰めると、目を細めた山崎さんに向かってヤル気なさげに片手を挙げた。
「よぉジミー、遅かったな。最近店に来てなかったってぽん子から聞いたぜ」
「…それが旦那と何か関係あります?」
「大アリだっつの。おかげでコイツの毒舌が増し増しだったわ」
コイツと言いながら私の腕を掴んだ坂田さんに無理矢理に引き寄せられ、ぐらりと体がよろめく。
そしてそのまま、山崎さんの方へと乱暴に追いやられ、背中まで力強く押された体は簡単に前のめりに放り出された。
そんな私の体を抱きとめてくれた山崎さんの傘が地面に落ち、ぴったりとくっついた山崎さんからは少しだけ湯上がりのような香りがした。
こんな時なのに、案外しっかりと抱き止めてくれた逞しさにやましい気持ちが沸き上がり、首辺りに押し付けていた顔を慌てて離した。
「や、山崎さん」
「旦那ァ、女性にいきなり何てことするんですか」
「それはこっちのセリフだバカヤロー。ぽん子もしっかりジミーと話せよ。つーことで俺ァ帰るから、お前はぽん子のこと送ってやって」
「えっ!坂田さん?」
「じゃーな。今度は逃げんなよ」
山崎さんの腕の中で顔だけを坂田さんに向ければ、片手をひらひらと振りながら立ち去る坂田さんの背中は、あっという間に見えなくなってしまった。
取り残された私と山崎さんに、暗い沈黙が流れたが、それを破ったのは山崎さんの方だった。
「あのさ、ぽん子さん」
「…はい」
一瞬、緊張が走る。
それを見抜かれたのか、私の体に触れていた手を離した山崎さんは、そのまま落ちた傘を拾って困ったように笑った。
「ごめん、ぽん子さんのことが好きで我慢できなかった。それを伝えずに、いきなり手を出すなんて最低な事をしました。すみません」
そう言って、山崎さんは私に頭を下げた。
好き、という言葉にきっと嘘はないのだろう。
慌てて頭を上げてもらえば、眉が下がって困り顔の山崎さんがそこには居た。
(あぁ、やっぱり私はこの人のことが好きだ)
ついぼろりと溢れてしまいそうな言葉を飲み込むと、あれ程までに悩んでいたのが嘘のように、どろどろになっていた憂鬱な気持ちが晴れていく。
「あの、私もすみません…その、あの時は驚いてしまって」
「いや、それは本当に俺が悪いから。ぽん子さんが謝ることは無いよ」
きっぱりと言い切る山崎さんに、思わず押し黙ってしまった私はすっかり調子が悪くなってしまい、自分の傘の持ち手を強く握りしめる。
「違うんです。私、あの時はただ驚いてしまっただけなんです。
それで…その、本当は嫌じゃなくって」
私も好きなのだと、伝えなければ。
そう思いながらも、たったその一言が頭の中をぐるぐると駆け回り、私の目はきっと面白いほどに泳いでいることだろう。
すうっと背筋を伸ばして深呼吸をすると、意を決した私は山崎さんと視線を合わせて口を開いた。
「わっ私も山崎さんが好きなんです!」
しっかりと目線を合わせたままそう言った瞬間、私の頬は燃えるように熱く、心臓の音が外にまで漏れているのでは無かろうかという程どくどくと高鳴った。
山崎さんは一瞬驚いた顔をしたが、今まで見たことのない、心から照れているような表情に段々と変わっていった。
「…うん。いや、えっと……ありがとう」
「あ、はい」
「うん。好かれてるのは分かってたけど、やっぱり言葉にされると嬉しいもんだね」
「そうで………え?わかってた?え?」
「え?」
恥ずかしさで逸した顔を見合わせた瞬間、頬にいくつかの雨粒がぽつぽつと当たり、私と山崎さんは慌てて傘をさした。
それからは一気に雨足が強まり、慌てて私の家へと走り出したのだが、頭の中は先程の山崎さんの言葉でいっぱいになっていた。
「急に強くなって驚いたね」
ひとまず玄関に招き入れた山崎さんに、部屋から取ってきたタオルを手渡せば、ぽん子さんのほうが先だよと頭に被せられてしまった。
「あの…さっきの事ですが…。いつから私の気持ちをご存知で…?」
頭に置かれたタオルをそのままに、俯いて山崎さんに問えば、山崎さんは私の頬を優しくタオル越しに撫でてきた。
「確信に変わったのは、旦那と飲んだ時かなぁ」
「そ、そんなに早くから?!」
「多分ぽん子さんが思っているより前から、俺もぽん子さんのことが好きだよ」
あまりにも意外な言葉に、バレないようにと装っていたことや、山崎さんの言葉に一喜一憂していたことなどを思い出し、先程から頬の熱が一向に治まる気がしない。
「すみません、山崎さんが私を好きになって下さる理由が全然分からなくて。嬉しいのですが、それに、いつからとか色々もう、情報が多すぎて…」
「ははっ!何言ってるか分からなくなって来てるでしょ」
こくんと頷き、頬に触れたままの山崎さんの手におずおずと私の手を重ねると、山崎さんはさも楽しそうに笑った。
「いいよ、じゃあ好きになった時から話していったらいい?あと、ぽん子さんの魅力も沢山あるからそれも話そうかな。一晩で足りるかなぁ」
「ひっ?!」
一晩で足りないなんて事がありますか?
そう問おうとして顔を上げたら、目の前にはとても意地の悪そうな、それでいて優しそうな山崎さんの顔が近くにあった。
「足りないよ、全然。どれだけ触れたかったか教えてあげる」
「山崎さ……」
いつかのように、私と山崎さんの唇が触れ合う。
ゆっくりと、何度も啄むように喰まれた唇が離れる頃には、私はすっかり惚けてしまっていた。
このあと、私がもう止めてくれとその唇を塞ぐまで、山崎さんが嬉々として出会いから何までを私に言い聞かせるように話し続けることを、今の私は知る由もない。
「もう黙って」で終わる物語
そのせいか、昼時だというのにいつもよりは客足が減り、私もおじさんもおばさんも少しだけゆっくりと仕事をこなしている。
だが、仕事の余裕はあっても、私の心には余裕がない。
「ぽん子~来てやったぞ~」
「えっ、勝手にいらしてるだけでは…」
いつものようにと言うと親しい様だが、実際は少しだけ迷惑をしているお客さんである坂田さんは、慣れた様子でカウンターに陣取った。
もう一時間ほどで閉店なのだが、この人にとっては関係のない事のようで、こちらも慣れてきてしまっているのが怖い。
それに、ほろ酔いの坂田さんに何を言っても無駄だろう。
「アイツとはどうよ?話せたか?」
カランと氷の溶ける音が手の中から小さく響き、少しだけ汗をかき始めたグラスを坂田さんの目の前にそっと置く。
アイツとは勿論、山崎さんのことだろう。
「……あれから、会えてません。お店にもいらしてませんし」
「まじでか。すぐ来ると思ったんだけど意外だな」
本心からそう思っているのか、坂田さんは珍しく目を見開いて私を見た。
だがすぐに視線を逸らすと、片肘をついてグラスに口をつけた。
「あー、まぁ…仕事忙しいとかかもな」
「ええっ何ですか、慰めてるつもりですか?とても不快です」
「お前マジそういうトコ駄目だわ」
はぁ、とため息をつく坂田さんに見えないように、こっそりと口元をお盆で隠して笑いをこらえる。
口では不快だなどと言いながらも、こうやって気遣ってくれるのは嫌ではない。
「でも、そろそろ来ると思うぜ」
「…そうですかね」
「俺のカンがそう言ってる!なんつってな。オヤジ~、てきとーに何か作ってくれや」
落ち込んだふりを止め、ニカッと笑う坂田さんに呆れながらも、私は仕事に戻ることにした。
坂田さんの言う勘は当てになるかどうかはさておき、私自身も、どこかで山崎さんとそろそろ会ってしまうのではないかとは思っていたのだ。
その時は、突き飛ばしたことを謝って、告白をしようと決めていた。
「これ、サービスです。背中を押して頂いたので」
お膳を運ぶついでに、玉子焼きとおむすびを一つずつ乗せた小皿をこっそり並べると、坂田さんは「ラッキー」とだけ言ってすぐに平らげてしまった。
そうこうするうち、最後のお客さんになっていた坂田さんは何に対してかツケといてなどと言いながら店を出ようとしていた。
そんな姿に呆れながらも、たまには見送りぐらいはしてもいいかと外に出てみれば、ぼたぼたと打ち付けていた雨はすっかり小雨に変わっていた。
「ちょっと落ち着いたみたいだから、今のうちに帰んなさいね。銀さん、ぽん子ちゃんのこと送ってって頂戴よ」
「ありがとうございます。そうしますね。坂田さんはどうでもいいですけど…」
「お前何から何までマジで腹立つな…。待っててやっから準備しろよ」
シッシッと虫でも払うような手付きで急かす坂田さんを他所にエプロンを外して手荷物を持ち、出入り口へと向かえば、坂田さんは何かをじいっと見つめていた。
不審に思いながらも声をかけ、私も店の外に出てその方向を見れば、傘を手にした山崎さんが少し離れたところで同じようにこちらを見ていた。
「俺のカン、当たっただろ」
坂田さんはニヤリと笑ってそういうと、山崎さんの方へとさっさと歩き出してしまい私も慌てて追うようについていく。
久しぶりに見た山崎さんは、どこからどう見ても不機嫌だ、ということが分かるほど眉を顰めていた。
坂田さんもそれは分かっているだろうに、関係ないとばかりに距離を詰めると、目を細めた山崎さんに向かってヤル気なさげに片手を挙げた。
「よぉジミー、遅かったな。最近店に来てなかったってぽん子から聞いたぜ」
「…それが旦那と何か関係あります?」
「大アリだっつの。おかげでコイツの毒舌が増し増しだったわ」
コイツと言いながら私の腕を掴んだ坂田さんに無理矢理に引き寄せられ、ぐらりと体がよろめく。
そしてそのまま、山崎さんの方へと乱暴に追いやられ、背中まで力強く押された体は簡単に前のめりに放り出された。
そんな私の体を抱きとめてくれた山崎さんの傘が地面に落ち、ぴったりとくっついた山崎さんからは少しだけ湯上がりのような香りがした。
こんな時なのに、案外しっかりと抱き止めてくれた逞しさにやましい気持ちが沸き上がり、首辺りに押し付けていた顔を慌てて離した。
「や、山崎さん」
「旦那ァ、女性にいきなり何てことするんですか」
「それはこっちのセリフだバカヤロー。ぽん子もしっかりジミーと話せよ。つーことで俺ァ帰るから、お前はぽん子のこと送ってやって」
「えっ!坂田さん?」
「じゃーな。今度は逃げんなよ」
山崎さんの腕の中で顔だけを坂田さんに向ければ、片手をひらひらと振りながら立ち去る坂田さんの背中は、あっという間に見えなくなってしまった。
取り残された私と山崎さんに、暗い沈黙が流れたが、それを破ったのは山崎さんの方だった。
「あのさ、ぽん子さん」
「…はい」
一瞬、緊張が走る。
それを見抜かれたのか、私の体に触れていた手を離した山崎さんは、そのまま落ちた傘を拾って困ったように笑った。
「ごめん、ぽん子さんのことが好きで我慢できなかった。それを伝えずに、いきなり手を出すなんて最低な事をしました。すみません」
そう言って、山崎さんは私に頭を下げた。
好き、という言葉にきっと嘘はないのだろう。
慌てて頭を上げてもらえば、眉が下がって困り顔の山崎さんがそこには居た。
(あぁ、やっぱり私はこの人のことが好きだ)
ついぼろりと溢れてしまいそうな言葉を飲み込むと、あれ程までに悩んでいたのが嘘のように、どろどろになっていた憂鬱な気持ちが晴れていく。
「あの、私もすみません…その、あの時は驚いてしまって」
「いや、それは本当に俺が悪いから。ぽん子さんが謝ることは無いよ」
きっぱりと言い切る山崎さんに、思わず押し黙ってしまった私はすっかり調子が悪くなってしまい、自分の傘の持ち手を強く握りしめる。
「違うんです。私、あの時はただ驚いてしまっただけなんです。
それで…その、本当は嫌じゃなくって」
私も好きなのだと、伝えなければ。
そう思いながらも、たったその一言が頭の中をぐるぐると駆け回り、私の目はきっと面白いほどに泳いでいることだろう。
すうっと背筋を伸ばして深呼吸をすると、意を決した私は山崎さんと視線を合わせて口を開いた。
「わっ私も山崎さんが好きなんです!」
しっかりと目線を合わせたままそう言った瞬間、私の頬は燃えるように熱く、心臓の音が外にまで漏れているのでは無かろうかという程どくどくと高鳴った。
山崎さんは一瞬驚いた顔をしたが、今まで見たことのない、心から照れているような表情に段々と変わっていった。
「…うん。いや、えっと……ありがとう」
「あ、はい」
「うん。好かれてるのは分かってたけど、やっぱり言葉にされると嬉しいもんだね」
「そうで………え?わかってた?え?」
「え?」
恥ずかしさで逸した顔を見合わせた瞬間、頬にいくつかの雨粒がぽつぽつと当たり、私と山崎さんは慌てて傘をさした。
それからは一気に雨足が強まり、慌てて私の家へと走り出したのだが、頭の中は先程の山崎さんの言葉でいっぱいになっていた。
「急に強くなって驚いたね」
ひとまず玄関に招き入れた山崎さんに、部屋から取ってきたタオルを手渡せば、ぽん子さんのほうが先だよと頭に被せられてしまった。
「あの…さっきの事ですが…。いつから私の気持ちをご存知で…?」
頭に置かれたタオルをそのままに、俯いて山崎さんに問えば、山崎さんは私の頬を優しくタオル越しに撫でてきた。
「確信に変わったのは、旦那と飲んだ時かなぁ」
「そ、そんなに早くから?!」
「多分ぽん子さんが思っているより前から、俺もぽん子さんのことが好きだよ」
あまりにも意外な言葉に、バレないようにと装っていたことや、山崎さんの言葉に一喜一憂していたことなどを思い出し、先程から頬の熱が一向に治まる気がしない。
「すみません、山崎さんが私を好きになって下さる理由が全然分からなくて。嬉しいのですが、それに、いつからとか色々もう、情報が多すぎて…」
「ははっ!何言ってるか分からなくなって来てるでしょ」
こくんと頷き、頬に触れたままの山崎さんの手におずおずと私の手を重ねると、山崎さんはさも楽しそうに笑った。
「いいよ、じゃあ好きになった時から話していったらいい?あと、ぽん子さんの魅力も沢山あるからそれも話そうかな。一晩で足りるかなぁ」
「ひっ?!」
一晩で足りないなんて事がありますか?
そう問おうとして顔を上げたら、目の前にはとても意地の悪そうな、それでいて優しそうな山崎さんの顔が近くにあった。
「足りないよ、全然。どれだけ触れたかったか教えてあげる」
「山崎さ……」
いつかのように、私と山崎さんの唇が触れ合う。
ゆっくりと、何度も啄むように喰まれた唇が離れる頃には、私はすっかり惚けてしまっていた。
このあと、私がもう止めてくれとその唇を塞ぐまで、山崎さんが嬉々として出会いから何までを私に言い聞かせるように話し続けることを、今の私は知る由もない。
「もう黙って」で終わる物語
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