近くて遠いあなたに恋をする話(山崎)
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たまたま仕事が終わるのが早かったというのもあり、私はいつもとは違う道を歩いてみることにした。
まだまだ体力も残っており、翌日は休みだから新しく出来たスーパーにも行ってみたい。
そんな単純な理由で足を踏み出した数時間前の私に、今は酷く後悔している。
「んー………」
ぐるぐると歩くうちに見たことも無い路地に入り込んでしまった。
お店を出たのが七時頃で、暗くとも余裕で到着できると見越していたが失敗だった。
すっかり道に迷ってしまった私は、今使うにはやや古い携帯電話で目的地を見てみたものの、あまり意味は成さなかった。
「どうしよう。とりあえず広い道に…」
キョロキョロと辺りを見渡し、それっぽい方向へと足を踏み出した私は角を曲がる影に全く気がついていなかった。
顔にぽすんと触れた柔らかい衝撃に驚きつつも謝れば、影の主からも慌てた声で謝罪をされて聞き覚えのある声に私は目を丸くする。
「あれ…山崎さん…」
「えぇっ、ぽん子さん?どうしてこんな所に?」
いつもの隊服ではなく私服姿の山崎さんが驚いた様子で私のことを見ているが、それはお互い様だ。
まさかこんな所で知り合いに会えるとは。
「お恥ずかしいのですが、道が分からなくなってしまい…」
「へぇぇ、大人の迷子さんかぁ」
「笑わないで下さい。困っているんですから」
道に迷う大人というのは珍しいことなのか、山崎さんはくっくっと笑いながらも口元を隠している。
だが震える肩と顰められた眉が丸見えで、口元を隠したところでそんな意味は無い。
完全にからかわれているが、ここで警察官の彼と遭遇できたことは私にとっては十分な助け舟だ。
普段から見回りをしていれば、このあたりの地理に詳しいのではないかと尋ねてみると、その考えは当たりで山崎さんは道案内を請け負ってくれた。
「買い物はまだなんだよね?付き合うよ」
「いえ、お店まで案内していただければ十分です。帰りはもうタクシーで何とか…」
「それだと帰り道が覚えられないでしょ。俺は暇だから気にしないで」
人懐こそうな微笑みを向けられれば、そこまで言われては…と断ることを諦め、首を縦に振った。
満足そうな山崎さんは、さぁ行こうかと早速先を歩き始めて、私はその後を慌てて着いていく。
落ち着いて辺りを見回していれば、思っていたよりも近場でぐるぐる回っていただけのようだ。
そのことに気付いた時にはもう目的地はすぐ側で、恥ずかしさで私は山崎さんに何度も頭を下げて大急ぎで買い物を済ませると、山崎さんは先程と同じように笑いを堪えようと震えていた。
「いやぁ、それにしてもぽん子さんは面白いね。しっかりして道に迷うようには見えないのにね」
「全然しっかりなんてしていませんよ。普通です。道に迷ったのは私も初めてですが…」
私が買った食材を代わりに持ってくれている山崎さんが楽しそうに話しているが、先日から痴態を晒しているばかりな気がしている私は恥ずかしくてたまらない。
こうして隣りを歩くのは嬉しいが、今はとにかく早く家に帰りたいという願いで頭がいっぱいなまま、ひたすら山崎さんに着いてきている次第だ。
外はもう星がいくつか見えるほど暗くなってしまっている。
「あの、ご迷惑をおかけしてすみません」
「いやぁ全然。本当に気にしないでいいのに」
「あ…」
「ん?」
ピタリと目に留まった看板のひとつに、私は夕方の記憶を何とか手繰り寄せていく。
そしてやっと知っている道に辿り着いたことを思い出した。
「あっ、この道に出たのか…」
「知ってる道に繋がってた?」
「変なところで曲がったりしたから、迷ってしまったんですね…。何とか頭の中で繋がりそうです」
それなら良かったと微笑む山崎さんは、まるで小さな子供にするように私の頭を軽く撫でると、しまった、という顔をしてすぐさまその手を引っ込めた。
「ごめん、勝手に触って」
「いえ、気にしていませんので」
嘘だ。本当は彼にああして触れられてすごく嬉しいのだから、気にしていないわけが無い。
だがそんなことを伝えられるはずもなく、かといって話を逸らせるほどの器用さも持ち合わせていない私が、山崎さんに何をどう振る舞えばいいのか分からずにいつかの様に黙り込むしか無かった。
「あー……えっと、とりあえず荷物届けるよ」
「すみません、ありがとうございます」
沈黙を割るのはいつも彼の方からで、私はいつもいつもそれに救われている。
そうしてまたたわいも無い話をしながら、二人で私の家を目指しながら歩き始めた。
「よし、ぽん子さんのお家についたね」
「ありがとうございます。とても助かりました」
「いーえ。荷物はここでいいね?」
山崎さんはそう確認すると、玄関から入ってすぐの所に買い物袋を置いて外へと一歩踏み出した。
私はせめて見送りだけでもとその背中に続いて玄関を出ようとすると、その前に山崎さんがくるりとこちらへ振り返って立ち止まってしまった。
「どうかされましたか?」
「あのさ、ぽん子さん」
「は、はい」
あまりに山崎さんが真剣な顔でこちらを見ているものだから、背筋を伸ばして返事をすると、彼は少し悩む素振りを見せた後にゆっくりと口を開いた。
「ぽん子さん、嫌だったら引っぱたいたって何したっていいから」
「え?」
そういった山崎さんは私の頬に手を伸ばすと、頬に触れていた髪を耳にかけて、そのまま手のひらで少しだけ上を向かせるように包み込んだ。
息遣いが分かるほどに緊張した彼を見上げたまま固まっていると、山崎さんは私にそっと唇を重ねた。
その行為は、たった一瞬の事だったかもしれない。
だけどその一瞬のうちに、触れられたところから熱が一気に燃え広がったように、嬉しさを超えた恥ずかしさが湧き上がった。
「…うぐっ」
私は思い切り目の前の体を突き飛ばすと、鳩尾にでも入ってしまったのか彼は唸り声をあげて軽く背中を丸めたまま後退する。
距離を取りたかっただけで、痛い思いをさせたい訳ではなかった。
あっと思った時、山崎さんが鳩尾を軽く押さえて顔を上げるのが分かり、私は慌ててドアノブを掴むと顔を見ずにその扉を閉めた。
ここからはお月様の時間
まだまだ体力も残っており、翌日は休みだから新しく出来たスーパーにも行ってみたい。
そんな単純な理由で足を踏み出した数時間前の私に、今は酷く後悔している。
「んー………」
ぐるぐると歩くうちに見たことも無い路地に入り込んでしまった。
お店を出たのが七時頃で、暗くとも余裕で到着できると見越していたが失敗だった。
すっかり道に迷ってしまった私は、今使うにはやや古い携帯電話で目的地を見てみたものの、あまり意味は成さなかった。
「どうしよう。とりあえず広い道に…」
キョロキョロと辺りを見渡し、それっぽい方向へと足を踏み出した私は角を曲がる影に全く気がついていなかった。
顔にぽすんと触れた柔らかい衝撃に驚きつつも謝れば、影の主からも慌てた声で謝罪をされて聞き覚えのある声に私は目を丸くする。
「あれ…山崎さん…」
「えぇっ、ぽん子さん?どうしてこんな所に?」
いつもの隊服ではなく私服姿の山崎さんが驚いた様子で私のことを見ているが、それはお互い様だ。
まさかこんな所で知り合いに会えるとは。
「お恥ずかしいのですが、道が分からなくなってしまい…」
「へぇぇ、大人の迷子さんかぁ」
「笑わないで下さい。困っているんですから」
道に迷う大人というのは珍しいことなのか、山崎さんはくっくっと笑いながらも口元を隠している。
だが震える肩と顰められた眉が丸見えで、口元を隠したところでそんな意味は無い。
完全にからかわれているが、ここで警察官の彼と遭遇できたことは私にとっては十分な助け舟だ。
普段から見回りをしていれば、このあたりの地理に詳しいのではないかと尋ねてみると、その考えは当たりで山崎さんは道案内を請け負ってくれた。
「買い物はまだなんだよね?付き合うよ」
「いえ、お店まで案内していただければ十分です。帰りはもうタクシーで何とか…」
「それだと帰り道が覚えられないでしょ。俺は暇だから気にしないで」
人懐こそうな微笑みを向けられれば、そこまで言われては…と断ることを諦め、首を縦に振った。
満足そうな山崎さんは、さぁ行こうかと早速先を歩き始めて、私はその後を慌てて着いていく。
落ち着いて辺りを見回していれば、思っていたよりも近場でぐるぐる回っていただけのようだ。
そのことに気付いた時にはもう目的地はすぐ側で、恥ずかしさで私は山崎さんに何度も頭を下げて大急ぎで買い物を済ませると、山崎さんは先程と同じように笑いを堪えようと震えていた。
「いやぁ、それにしてもぽん子さんは面白いね。しっかりして道に迷うようには見えないのにね」
「全然しっかりなんてしていませんよ。普通です。道に迷ったのは私も初めてですが…」
私が買った食材を代わりに持ってくれている山崎さんが楽しそうに話しているが、先日から痴態を晒しているばかりな気がしている私は恥ずかしくてたまらない。
こうして隣りを歩くのは嬉しいが、今はとにかく早く家に帰りたいという願いで頭がいっぱいなまま、ひたすら山崎さんに着いてきている次第だ。
外はもう星がいくつか見えるほど暗くなってしまっている。
「あの、ご迷惑をおかけしてすみません」
「いやぁ全然。本当に気にしないでいいのに」
「あ…」
「ん?」
ピタリと目に留まった看板のひとつに、私は夕方の記憶を何とか手繰り寄せていく。
そしてやっと知っている道に辿り着いたことを思い出した。
「あっ、この道に出たのか…」
「知ってる道に繋がってた?」
「変なところで曲がったりしたから、迷ってしまったんですね…。何とか頭の中で繋がりそうです」
それなら良かったと微笑む山崎さんは、まるで小さな子供にするように私の頭を軽く撫でると、しまった、という顔をしてすぐさまその手を引っ込めた。
「ごめん、勝手に触って」
「いえ、気にしていませんので」
嘘だ。本当は彼にああして触れられてすごく嬉しいのだから、気にしていないわけが無い。
だがそんなことを伝えられるはずもなく、かといって話を逸らせるほどの器用さも持ち合わせていない私が、山崎さんに何をどう振る舞えばいいのか分からずにいつかの様に黙り込むしか無かった。
「あー……えっと、とりあえず荷物届けるよ」
「すみません、ありがとうございます」
沈黙を割るのはいつも彼の方からで、私はいつもいつもそれに救われている。
そうしてまたたわいも無い話をしながら、二人で私の家を目指しながら歩き始めた。
「よし、ぽん子さんのお家についたね」
「ありがとうございます。とても助かりました」
「いーえ。荷物はここでいいね?」
山崎さんはそう確認すると、玄関から入ってすぐの所に買い物袋を置いて外へと一歩踏み出した。
私はせめて見送りだけでもとその背中に続いて玄関を出ようとすると、その前に山崎さんがくるりとこちらへ振り返って立ち止まってしまった。
「どうかされましたか?」
「あのさ、ぽん子さん」
「は、はい」
あまりに山崎さんが真剣な顔でこちらを見ているものだから、背筋を伸ばして返事をすると、彼は少し悩む素振りを見せた後にゆっくりと口を開いた。
「ぽん子さん、嫌だったら引っぱたいたって何したっていいから」
「え?」
そういった山崎さんは私の頬に手を伸ばすと、頬に触れていた髪を耳にかけて、そのまま手のひらで少しだけ上を向かせるように包み込んだ。
息遣いが分かるほどに緊張した彼を見上げたまま固まっていると、山崎さんは私にそっと唇を重ねた。
その行為は、たった一瞬の事だったかもしれない。
だけどその一瞬のうちに、触れられたところから熱が一気に燃え広がったように、嬉しさを超えた恥ずかしさが湧き上がった。
「…うぐっ」
私は思い切り目の前の体を突き飛ばすと、鳩尾にでも入ってしまったのか彼は唸り声をあげて軽く背中を丸めたまま後退する。
距離を取りたかっただけで、痛い思いをさせたい訳ではなかった。
あっと思った時、山崎さんが鳩尾を軽く押さえて顔を上げるのが分かり、私は慌ててドアノブを掴むと顔を見ずにその扉を閉めた。
ここからはお月様の時間