近くて遠いあなたに恋をする話(山崎)
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「ンでさぁ、神楽も新八も俺を全然敬わねぇわけよ」
「でしょうね」
「かぁ~~っ!ぽん子もそんな態度なワケェ?!」
店休日、たまには新しい着物でも見ようかと外に出ていたのが間違いだった。
昼過ぎからぶらぶらと町を歩き、買い出しの他に特にする事もなかった私は、着物を見るだけみて十分楽しんだ後、休みを堪能できたと家に帰ってのんびりするはずだった。
だがその帰り、坂田さんと遭遇したことで事態は一変してしまったのだ。
「坂田さん、もう六時過ぎていますよ。お子さんたちがお待ちなのでは」
「だぁーいじょーぶだよ。アイツらは今日、妙んとこに泊まってっから。つか俺のガキじゃねーっての」
「そうですか」
暇なら飲みに行こうぜと言われ、面倒くさいことになったと心の底から思った私だったが、坂田さんに良いように言いくるめられてしまい結局一緒に飲むことになってしまった。
そういう訳で、坂田さんはほろ酔いのようで、いつも以上にフワフワしたことをずっと話している。
いつか閉店間際にお店へ来られた時のように、その頬はほんのりと桜色に染って、口元は十分に緩んでいるようにも見えるが、意外にも意識はしっかりと有るようだ。
「こんばんは、旦那。今日は女性と一緒なんですね」
ふいに背後からかけられた声に、坂田さんと同時に後ろを振り向くと山崎さんが立っていた。
いつもの制服ではないということは、私服だろうか。私服も素朴な色合いで、彼らしいとどこかで思ってしまった。決して地味だと言いたい訳では無い。
「ジミーじゃん、サボり?」
「非番で飲みに来たら、旦那の姿が見えたんで声掛けちゃいました。隣り、いいですか?」
「私、移りますのでどうぞこちらへ」
さらりと長めの髪を垂らして首を傾げる姿に、私は躊躇なく席を立って一席隣りへと腰を下ろした。
坂田さんと私の間に席を設けて、私は自分のグラスをそっと自分の前へと運び、空いた席に手を差し出せば山崎さんは「悪いね」と一言断って腰掛けた。
「何?二人も知り合い?」
「うちの店のお客様です」
「副長のお気に入りの店なんですよね」
「あー、そういう事」
坂田さんはうんうんと頷きながら、山崎さんの肩にするりと腕を回して絡み始めている。
「ジミーはさぁ、ぽん子の握り飯食ったことある?」
「握り飯?」
「その反応はまだ食ったことねェな~」
何を話しているかと思えば、私が時々お店に出しているおにぎりの事だった。
それをなぜ今?と不思議に思っていると、坂田さんはにやけた顔でつらつらと嘘を並べている。
あれは限定だとか、特別な客にしか出てないだとか、へらへらと笑いながら話しているが、山崎さんは「そうなんですねェ」と軽く流している。
坂田さんとは大違いで、落ち着いた姿に感動すら覚えそうだ。
「坂田さん、嘘つかないで下さい。私だけじゃありませんから」
「えっマジ?何だよ~俺ァてっきりお前が毎日握ってんのかと思ってたわ」
わざとらしくショックを受けた顔をする坂田さんにため息をつき、コップの中のお水を飲むと、山崎さんが注文した揚げ出し豆腐を割りながら私の方へとくるりと顔を向けた。
目の端にそれが見えた私も山崎さんの方を見ると、彼はじいっと私を見て、先程まで口をつけていたグラスを指さした。
「ぽん子さん…って呼んでいいかな?それはお水?」
「はい」
両方の意味も込めて、頷きながら答えると山崎さんは目の前のお皿に視線を戻して一口にした揚げ出し豆腐を食べている。
坂田さんは相変わらず山崎さんに絡みながらも、時々私にも話しかけてきて本当に騒がしい人だなと思いながらも適当に返事をしていた。
「ぽん子さんと旦那は仲がいいんですね」
そんな私たちのやり取りを見ていた山崎さんが、坂田さんの方を見て言うと、坂田さんはご機嫌な様子で頬杖を付きながらもヘラヘラ笑っている。
「おーよ。そらもう仲良いよな。家にも遊びに行くぐれェ」
「いえ普通です。送って頂く事があっても招いたことは一度もありません」
「ははは!二人とも息ぴったし」
羨ましいなと言った山崎さんに視線を送ると、ふいに振り向いた彼と目が合った。
その黒目の小さな瞳がじっとこちらを見て、男性にしてはしなやかな指先がこちらへ寄せられると、私は彼から目が離せなくなっていた。
「あ、の……」
どうしていいか分からず小さく声を漏らすと、頬杖をついた山崎さんがするりと私の目の下を撫でて微笑んでいる。
「ごめん、ゴミついてて」
「えっあ、あぁ…どうも」
「いいえ~」
にこりと笑った山崎さんに、こんな顔もするんだと少し頬が熱を持つのがわかる。
私は仕事中ではないからか、居酒屋という雰囲気のせいか、いつもよりドキドキしてしまう。
「旦那と仲良しだと、毎日楽しいでしょうね」
ゴミを払うように指先を擦りながらそう言った山崎さんは、私から離れ、また坂田さんと話し始めた。
私はそのまま固まっていたが、すぐにハッとして正面をむく。
一瞬だけ鋭くなったように見えた山崎さんの目が頭の中をぐるぐると支配して、すっかり温くなった水を一口飲み込んだ。
あれからだいぶ時間が過ぎ、坂田さんが完全に潰れてしまった頃には、山崎さんは私に敬語を使うことはなくなっていた。
そんな坂田さんを連れて帰るという山崎さんに、夜道の一人歩きは危ないからと遠回りでも送ると言われ、断りを入れたが「お巡りさんの言う事を聞きなさい」と山崎さんに叱られてしまった。
結局、私の家を通ってから万事屋へ行くと言う山崎さんに従うことにした私は、静かに彼の隣りを歩いている。
坂田さんが時折モニャモニャと何か寝言のようなものを呟く声と、ズルズル引き摺られる音に、二人分の足音ぐらいしか聞こえず正直この沈黙が苦しい。
「あの、すみませんでした」
「え?何が?」
「坂田さんがうるさかったんじゃないかって。ずっと愚痴ってますし、退屈ではなかったかと思いまして。今も迷惑かけてますし」
「んー、そうでもないけど…」
山崎さんは坂田さんの体を支えなおすと、なんでもない事のようにそれだけ言うと、また黙ってしまった。
お店では山崎さんが話しかけてくれていたこともあり、スムーズに会話のやり取りができていたが、黙られてしまうと気まずい空気だけが流れてしまう。
そんな中、山崎さんがクスッと笑って、話し始めた。
「俺はぽん子さんの事も知れたから、良かったと思ってるよ」
「私の事ですか?」
「そう。何だかんだで面倒見のいい所あるよね。あと、こんなんなってる旦那の話も聞いてあげてるし、お店でも結構……」
「あ、いいです、聞くのが恥ずかしくなってきました」
まさか急に褒められるとは思っていなかった私は段々と頬が熱を持ち始め、それを隠すようにぶんぶんと手を振って山崎さんの言葉を制止した。
そんな私を見て吹き出した山崎さんは、治まりきらないでいるのかクスクスと笑ったままだ。
「褒められ慣れてないんだね」
「大人になると褒められる方が少ないですから」
「確かにね。俺も叱られてばっかりだ」
「そういう意味では、坂田さんはよく褒めてくれますね。先程は、山崎さんのことも仕事が出来るって…」
褒めていましたね、と。
続けようとした言葉は、隣りを歩く山崎さんの表情を見たばかりに、口に出す前に消えてしまった。
細められた彼の瞳が、居酒屋で見たものと同様に、冷ややかに見ているような気がしたからだ。
「そうだね」
あからさまに狼狽えてしまった私をよそに、ニコリと笑った山崎さんがピタリと足を止めた。
先程のは一体…と、まだ不安に揺れつつ私も足を止めると、すぐそこに私の家があった。
「あっ私の家、ここです。このアパート」
「そっか、じゃあ俺は旦那届けて帰るから…ちゃんと戸締り忘れずにね?」
「大丈夫ですよ。山崎さんこそお気をつけて」
山崎さんに軽く会釈をしてアパートの敷地に入り、扉を閉める前に山崎さんに視線を向ければ、彼はまだこちらを見ていた。
小さく手を振ると、同じように手を振り返してくれて少し安心しながら、私は今度こそしっかりと扉を閉めて施錠した。
君の隣で退屈する話
「でしょうね」
「かぁ~~っ!ぽん子もそんな態度なワケェ?!」
店休日、たまには新しい着物でも見ようかと外に出ていたのが間違いだった。
昼過ぎからぶらぶらと町を歩き、買い出しの他に特にする事もなかった私は、着物を見るだけみて十分楽しんだ後、休みを堪能できたと家に帰ってのんびりするはずだった。
だがその帰り、坂田さんと遭遇したことで事態は一変してしまったのだ。
「坂田さん、もう六時過ぎていますよ。お子さんたちがお待ちなのでは」
「だぁーいじょーぶだよ。アイツらは今日、妙んとこに泊まってっから。つか俺のガキじゃねーっての」
「そうですか」
暇なら飲みに行こうぜと言われ、面倒くさいことになったと心の底から思った私だったが、坂田さんに良いように言いくるめられてしまい結局一緒に飲むことになってしまった。
そういう訳で、坂田さんはほろ酔いのようで、いつも以上にフワフワしたことをずっと話している。
いつか閉店間際にお店へ来られた時のように、その頬はほんのりと桜色に染って、口元は十分に緩んでいるようにも見えるが、意外にも意識はしっかりと有るようだ。
「こんばんは、旦那。今日は女性と一緒なんですね」
ふいに背後からかけられた声に、坂田さんと同時に後ろを振り向くと山崎さんが立っていた。
いつもの制服ではないということは、私服だろうか。私服も素朴な色合いで、彼らしいとどこかで思ってしまった。決して地味だと言いたい訳では無い。
「ジミーじゃん、サボり?」
「非番で飲みに来たら、旦那の姿が見えたんで声掛けちゃいました。隣り、いいですか?」
「私、移りますのでどうぞこちらへ」
さらりと長めの髪を垂らして首を傾げる姿に、私は躊躇なく席を立って一席隣りへと腰を下ろした。
坂田さんと私の間に席を設けて、私は自分のグラスをそっと自分の前へと運び、空いた席に手を差し出せば山崎さんは「悪いね」と一言断って腰掛けた。
「何?二人も知り合い?」
「うちの店のお客様です」
「副長のお気に入りの店なんですよね」
「あー、そういう事」
坂田さんはうんうんと頷きながら、山崎さんの肩にするりと腕を回して絡み始めている。
「ジミーはさぁ、ぽん子の握り飯食ったことある?」
「握り飯?」
「その反応はまだ食ったことねェな~」
何を話しているかと思えば、私が時々お店に出しているおにぎりの事だった。
それをなぜ今?と不思議に思っていると、坂田さんはにやけた顔でつらつらと嘘を並べている。
あれは限定だとか、特別な客にしか出てないだとか、へらへらと笑いながら話しているが、山崎さんは「そうなんですねェ」と軽く流している。
坂田さんとは大違いで、落ち着いた姿に感動すら覚えそうだ。
「坂田さん、嘘つかないで下さい。私だけじゃありませんから」
「えっマジ?何だよ~俺ァてっきりお前が毎日握ってんのかと思ってたわ」
わざとらしくショックを受けた顔をする坂田さんにため息をつき、コップの中のお水を飲むと、山崎さんが注文した揚げ出し豆腐を割りながら私の方へとくるりと顔を向けた。
目の端にそれが見えた私も山崎さんの方を見ると、彼はじいっと私を見て、先程まで口をつけていたグラスを指さした。
「ぽん子さん…って呼んでいいかな?それはお水?」
「はい」
両方の意味も込めて、頷きながら答えると山崎さんは目の前のお皿に視線を戻して一口にした揚げ出し豆腐を食べている。
坂田さんは相変わらず山崎さんに絡みながらも、時々私にも話しかけてきて本当に騒がしい人だなと思いながらも適当に返事をしていた。
「ぽん子さんと旦那は仲がいいんですね」
そんな私たちのやり取りを見ていた山崎さんが、坂田さんの方を見て言うと、坂田さんはご機嫌な様子で頬杖を付きながらもヘラヘラ笑っている。
「おーよ。そらもう仲良いよな。家にも遊びに行くぐれェ」
「いえ普通です。送って頂く事があっても招いたことは一度もありません」
「ははは!二人とも息ぴったし」
羨ましいなと言った山崎さんに視線を送ると、ふいに振り向いた彼と目が合った。
その黒目の小さな瞳がじっとこちらを見て、男性にしてはしなやかな指先がこちらへ寄せられると、私は彼から目が離せなくなっていた。
「あ、の……」
どうしていいか分からず小さく声を漏らすと、頬杖をついた山崎さんがするりと私の目の下を撫でて微笑んでいる。
「ごめん、ゴミついてて」
「えっあ、あぁ…どうも」
「いいえ~」
にこりと笑った山崎さんに、こんな顔もするんだと少し頬が熱を持つのがわかる。
私は仕事中ではないからか、居酒屋という雰囲気のせいか、いつもよりドキドキしてしまう。
「旦那と仲良しだと、毎日楽しいでしょうね」
ゴミを払うように指先を擦りながらそう言った山崎さんは、私から離れ、また坂田さんと話し始めた。
私はそのまま固まっていたが、すぐにハッとして正面をむく。
一瞬だけ鋭くなったように見えた山崎さんの目が頭の中をぐるぐると支配して、すっかり温くなった水を一口飲み込んだ。
あれからだいぶ時間が過ぎ、坂田さんが完全に潰れてしまった頃には、山崎さんは私に敬語を使うことはなくなっていた。
そんな坂田さんを連れて帰るという山崎さんに、夜道の一人歩きは危ないからと遠回りでも送ると言われ、断りを入れたが「お巡りさんの言う事を聞きなさい」と山崎さんに叱られてしまった。
結局、私の家を通ってから万事屋へ行くと言う山崎さんに従うことにした私は、静かに彼の隣りを歩いている。
坂田さんが時折モニャモニャと何か寝言のようなものを呟く声と、ズルズル引き摺られる音に、二人分の足音ぐらいしか聞こえず正直この沈黙が苦しい。
「あの、すみませんでした」
「え?何が?」
「坂田さんがうるさかったんじゃないかって。ずっと愚痴ってますし、退屈ではなかったかと思いまして。今も迷惑かけてますし」
「んー、そうでもないけど…」
山崎さんは坂田さんの体を支えなおすと、なんでもない事のようにそれだけ言うと、また黙ってしまった。
お店では山崎さんが話しかけてくれていたこともあり、スムーズに会話のやり取りができていたが、黙られてしまうと気まずい空気だけが流れてしまう。
そんな中、山崎さんがクスッと笑って、話し始めた。
「俺はぽん子さんの事も知れたから、良かったと思ってるよ」
「私の事ですか?」
「そう。何だかんだで面倒見のいい所あるよね。あと、こんなんなってる旦那の話も聞いてあげてるし、お店でも結構……」
「あ、いいです、聞くのが恥ずかしくなってきました」
まさか急に褒められるとは思っていなかった私は段々と頬が熱を持ち始め、それを隠すようにぶんぶんと手を振って山崎さんの言葉を制止した。
そんな私を見て吹き出した山崎さんは、治まりきらないでいるのかクスクスと笑ったままだ。
「褒められ慣れてないんだね」
「大人になると褒められる方が少ないですから」
「確かにね。俺も叱られてばっかりだ」
「そういう意味では、坂田さんはよく褒めてくれますね。先程は、山崎さんのことも仕事が出来るって…」
褒めていましたね、と。
続けようとした言葉は、隣りを歩く山崎さんの表情を見たばかりに、口に出す前に消えてしまった。
細められた彼の瞳が、居酒屋で見たものと同様に、冷ややかに見ているような気がしたからだ。
「そうだね」
あからさまに狼狽えてしまった私をよそに、ニコリと笑った山崎さんがピタリと足を止めた。
先程のは一体…と、まだ不安に揺れつつ私も足を止めると、すぐそこに私の家があった。
「あっ私の家、ここです。このアパート」
「そっか、じゃあ俺は旦那届けて帰るから…ちゃんと戸締り忘れずにね?」
「大丈夫ですよ。山崎さんこそお気をつけて」
山崎さんに軽く会釈をしてアパートの敷地に入り、扉を閉める前に山崎さんに視線を向ければ、彼はまだこちらを見ていた。
小さく手を振ると、同じように手を振り返してくれて少し安心しながら、私は今度こそしっかりと扉を閉めて施錠した。
君の隣で退屈する話