近くて遠いあなたに恋をする話(山崎)
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あの夜に会ったきり、あれから彼はお店に顔を出さなくなった。
そもそも頻繁に来ていた訳でもなく、もしかしたら坂田さんが言っていた捕物だかなんだかの関係で来ていただけなのかもしれない。
ドラマや小説でだって、何ヶ月も調査をして逮捕に繋げるとか言う話があったような気もするし。
それにしては目立ちすぎるのでは?実際はそんなものだろうか…。
そんな事をぼんやり思いながらテーブルを拭いていたら、ガラガラとお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
どこか見た事のある顔で、真っ黒の着流しを着たその人はカウンターに座ると灰皿をひとつ取ってタバコに火をつけた。
すぐにおしぼりとお冷を渡して、どのお客さんにもするように「ご注文が…」と決まり文句を声に出せば、その声を遮るようにその人はカウンターの中にいたおばさんに注文をした。
「土方スペシャルひとつ」
「あら、土方さん!はいよォ」
おばさんは顔を上げると、いつもの優しい笑顔でその人を土方さんと呼び、当然のように注文を受ける。
その声とその注文に、時々来ていたあの人の連れだったことを思い出した。
「真選組の……」
「そうだが何か?」
「いえ、制服ではなかったので気づかず…申し訳ありません。いつもご来店ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、引き続き他のテーブルを拭き始める。
もうそろそろお昼になる頃だから、その前には終わらせてしまいたい。
「なぁお前さん、名前はなんて言うんだ?」
割り箸の補充まで終え、カウンターの中へ戻ると土方スペシャルさんが声をかけてきた。
突然の質問に少し不信感を抱いたが、警察官で地位も上そうな人が悪用などはしないだろうと、私は正直に名前を告げることにした。
「私ですか?私はぽん田と申します」
「へぇ、お前この店に結構長く勤めてるよな」
「はい。土方スッ…さんは、真選組の方ですよね」
「ちょっと待て今スペシャルって言いかけた?俺の名前、スペシャルだと思ってる?何だよ土方スッさんて」
「いえ全く。土方さんは面白い方なんですね」
笑いそうになってしまった口元をお盆で隠しながら言うと、土方さんは釈然としない顔で私を見ていたが、目の前にドンと置かれた丼を見て、そんな事はどうでも良くなったようだ。
「へいお待ち」
「おー、いつも悪いな」
マヨネーズがたっぷり乗ったそれを自然にかきこむ姿に、彼の前にいつも座っていた人に違いないと確信を持つ。
まだ他にお客さんも居ないからと、思い切って土方さんに声をかけてみた。
「あの、今日はお一人なんですね」
パッと顔を上げたその口元には、小さく黄色い汚れが付いている。
まるで子供のように食べるその姿に、あずきご飯を頬張る坂田さんを思い出した。
「何だ、お前も総悟に気があるのか」
総悟、というのは恐らく土方さんと同じ制服をお召になっている、明るい髪色のあの人のことだろう。
整った顔をしているとは思うが、生憎あの人には全く興味が無いのに気があると勘違いをされて、不快になった私は顔を横に振って土方さんを見た。
射抜くような視線を跳ね返すように、こちらも真っ直ぐに見返してやる。
「山崎さん…と、先日、お店の外でお会いしたので。お変わりないかと少し気になっただけです」
私の言葉は意外なものだったのか、土方さんは眉を上げ、鋭かった視線は少し和らいだように見える。
そうか…と呟くと、引き続き目の前の黄色い丼を食らい始めた。
「アイツも元気にしてるよ。ちっとでも暇になるとサボるけどな」
「…そうですか」
真面目そうなあの人も、サボる事ぐらい有るだろうとは思ってはいたが、どうやらサボり癖のある人らしい。
この恐ろしそうな上司と警察官という職業では、サボるのも難しそうだとも思っていたのにそれは違ったようだ。
「へぇ…そんな顔も出来るんだな」
土方さんがまじまじと私を見て放ったその一言に、少し眉をひそめながらお盆で鼻から下を隠した。
視線を向けられるのはあまり慣れていないし、よく知らない相手からなら尚のことだ。
「何がです?」
「いつも仏頂面で不満そうな顔してっからよ。笑わねぇのかと思ったら優しい顔も出来んじゃねぇか」
「優しい顔…」
自分ではそのようなつもりは一切なかったが、どうやら私は自然と微笑んでいたらしい。
優しい顔と言われたということは、数日前、鏡の前で練習をしていたあの顔とは違っていたのだろう。
少し照れくさくて、お盆で顔を隠したまま軽く会釈をした。
その後、土方さんは綺麗さっぱりと丼を完食してしまうと、店主の奥さんに「こいつにもコレの作り方教えといて。土方スペシャルを作れる店増やさねぇとだから」と言いながらお代を渡していた。
あんなもの、白米にマヨネーズをかけるだけでは無いのかと思ったが、楽しそうな奥さんを前にそんなことは言えるわけも無い。
「ごちそーさん。今度は山崎も連れて来てやるよ」
「いえ結構です。ありがとうございました」
「お前、接客態度を改めた方がいいぞ」
ガラガラと引き戸を開けて出ていく土方さんの背中を見送っていると、彼は太陽の日差しから目を隠すように手のひらを顔の前に翳して空を見上げていた。
嘘みたいな青い空
そもそも頻繁に来ていた訳でもなく、もしかしたら坂田さんが言っていた捕物だかなんだかの関係で来ていただけなのかもしれない。
ドラマや小説でだって、何ヶ月も調査をして逮捕に繋げるとか言う話があったような気もするし。
それにしては目立ちすぎるのでは?実際はそんなものだろうか…。
そんな事をぼんやり思いながらテーブルを拭いていたら、ガラガラとお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
どこか見た事のある顔で、真っ黒の着流しを着たその人はカウンターに座ると灰皿をひとつ取ってタバコに火をつけた。
すぐにおしぼりとお冷を渡して、どのお客さんにもするように「ご注文が…」と決まり文句を声に出せば、その声を遮るようにその人はカウンターの中にいたおばさんに注文をした。
「土方スペシャルひとつ」
「あら、土方さん!はいよォ」
おばさんは顔を上げると、いつもの優しい笑顔でその人を土方さんと呼び、当然のように注文を受ける。
その声とその注文に、時々来ていたあの人の連れだったことを思い出した。
「真選組の……」
「そうだが何か?」
「いえ、制服ではなかったので気づかず…申し訳ありません。いつもご来店ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、引き続き他のテーブルを拭き始める。
もうそろそろお昼になる頃だから、その前には終わらせてしまいたい。
「なぁお前さん、名前はなんて言うんだ?」
割り箸の補充まで終え、カウンターの中へ戻ると土方スペシャルさんが声をかけてきた。
突然の質問に少し不信感を抱いたが、警察官で地位も上そうな人が悪用などはしないだろうと、私は正直に名前を告げることにした。
「私ですか?私はぽん田と申します」
「へぇ、お前この店に結構長く勤めてるよな」
「はい。土方スッ…さんは、真選組の方ですよね」
「ちょっと待て今スペシャルって言いかけた?俺の名前、スペシャルだと思ってる?何だよ土方スッさんて」
「いえ全く。土方さんは面白い方なんですね」
笑いそうになってしまった口元をお盆で隠しながら言うと、土方さんは釈然としない顔で私を見ていたが、目の前にドンと置かれた丼を見て、そんな事はどうでも良くなったようだ。
「へいお待ち」
「おー、いつも悪いな」
マヨネーズがたっぷり乗ったそれを自然にかきこむ姿に、彼の前にいつも座っていた人に違いないと確信を持つ。
まだ他にお客さんも居ないからと、思い切って土方さんに声をかけてみた。
「あの、今日はお一人なんですね」
パッと顔を上げたその口元には、小さく黄色い汚れが付いている。
まるで子供のように食べるその姿に、あずきご飯を頬張る坂田さんを思い出した。
「何だ、お前も総悟に気があるのか」
総悟、というのは恐らく土方さんと同じ制服をお召になっている、明るい髪色のあの人のことだろう。
整った顔をしているとは思うが、生憎あの人には全く興味が無いのに気があると勘違いをされて、不快になった私は顔を横に振って土方さんを見た。
射抜くような視線を跳ね返すように、こちらも真っ直ぐに見返してやる。
「山崎さん…と、先日、お店の外でお会いしたので。お変わりないかと少し気になっただけです」
私の言葉は意外なものだったのか、土方さんは眉を上げ、鋭かった視線は少し和らいだように見える。
そうか…と呟くと、引き続き目の前の黄色い丼を食らい始めた。
「アイツも元気にしてるよ。ちっとでも暇になるとサボるけどな」
「…そうですか」
真面目そうなあの人も、サボる事ぐらい有るだろうとは思ってはいたが、どうやらサボり癖のある人らしい。
この恐ろしそうな上司と警察官という職業では、サボるのも難しそうだとも思っていたのにそれは違ったようだ。
「へぇ…そんな顔も出来るんだな」
土方さんがまじまじと私を見て放ったその一言に、少し眉をひそめながらお盆で鼻から下を隠した。
視線を向けられるのはあまり慣れていないし、よく知らない相手からなら尚のことだ。
「何がです?」
「いつも仏頂面で不満そうな顔してっからよ。笑わねぇのかと思ったら優しい顔も出来んじゃねぇか」
「優しい顔…」
自分ではそのようなつもりは一切なかったが、どうやら私は自然と微笑んでいたらしい。
優しい顔と言われたということは、数日前、鏡の前で練習をしていたあの顔とは違っていたのだろう。
少し照れくさくて、お盆で顔を隠したまま軽く会釈をした。
その後、土方さんは綺麗さっぱりと丼を完食してしまうと、店主の奥さんに「こいつにもコレの作り方教えといて。土方スペシャルを作れる店増やさねぇとだから」と言いながらお代を渡していた。
あんなもの、白米にマヨネーズをかけるだけでは無いのかと思ったが、楽しそうな奥さんを前にそんなことは言えるわけも無い。
「ごちそーさん。今度は山崎も連れて来てやるよ」
「いえ結構です。ありがとうございました」
「お前、接客態度を改めた方がいいぞ」
ガラガラと引き戸を開けて出ていく土方さんの背中を見送っていると、彼は太陽の日差しから目を隠すように手のひらを顔の前に翳して空を見上げていた。
嘘みたいな青い空