近くて遠いあなたに恋をする話(山崎)
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「おはようございます」
身支度を素早く整え、家から徒歩数分の定食屋へと出勤した私は店主であるおじさんとおばさんに挨拶をして店の奥に向かう。
シンプルなデザインのエプロンを身につけ、ちょうど昼下がりで落ち着き始めた店内に出ていった。
チラホラとお客さんはいるが、今の時間帯では食事よりも会話を楽しんでいるようで、ざわめきつつも穏やかな時間が流れている。
一通り店の様子を伺っていたら、おじさんから食器を下げて貰えるかと頼まれ、指を刺された先のテーブルに足を運んだ私は後悔した。
「お客様、空いたお皿を下げてもよろしいでしょうか?」
少し奥まったテーブルについた男性達の中に、私が密かに思いを寄せている人が居た。
黒い制服に身を包み、よく江戸の見廻りをしているお巡りさんのうちの一人。
組織の名前は知っているが、彼個人の名前は知らない。
そんな三人の視線が一斉にこちらに向いて、一人で座っている目つきの悪い人に向けて話しかけると、了承を得ることが出来た。
彼の座る通路側に寄せられた食器を手に取り、器用に重ねていく。
「ありがとうございます」
唐突に声がかけられた。
その声に反応して横を向けば、困ったような顔でこちらに微笑みかけている彼と、バッチリと目が合う。
重たそうな前髪から覗く真っ直ぐな視線に狼狽えそうになるのをぐっと堪えた私は、無理やり口角を上げた作り笑いでその場を乗り越え、そそくさと食器を片付けていく。
「ごゆっくりどうぞ」
軽く会釈をしてその場を立ち去る。
キッチンへ戻ると、いつもより早い心臓の音を落ち着かせるように何度も胸を撫でる。
彼を見るといつもこうだ。その理由は分かっている。私はあの気弱そうな彼のことが好きだから、見かければ気になるし鼓動も早くなる。
「心臓がうるさい…」
だけど彼にこの気持ちを伝える気はない。
と、いうよりも振られてしまうのが怖くて行動できないだけなのだが…。
それでも彼のことを目で追うのは止められないし、好きでいる分には迷惑はかけていないのだからと無理やり納得させ、私は彼が来る度に密かに彼の様子を伺ったりしている。
彼ら真選組が帰ったのは、それからしばらくしてからの事だった。
帰り際にもこちらに軽くお辞儀をして、上司らしき人の背を追って走る姿は控えめで、可愛らしく見えたのは私の中だけの秘密だ。
「うぃーす、まだやってるー?」
「いらっしゃいませ」
閉店の少し前、のんびりとした声で暖簾をくぐって入ってきたのは万事屋の坂田さんだ。
さすがに夜は子供たちを連れていないようで、飲み屋にでも行った後なのか頬が軽く赤くなっている。
「なぁーんかさぁ、無性にぽん子が作った握り飯食いたくなってさァ」
「それは……どうも……」
カウンター席に腰掛けた坂田さんにおしぼりと水を渡せば、ふにゃふにゃ笑いながら言われ、会釈をして握り飯を取りに台所へと戻ると、店主は明日の仕込みに取り掛かっていた。
「銀さんかい?ほら、二個でいいだろ」
「ありがとうございます」
作り置きしていた塩おにぎりを二つ皿に盛り、おまけに卵焼きを一つ添えてやれば、子供のおやつか軽食のように見えた。
それを坂田さんの前に差し出すと、ふにゃふにゃの声で「あんがとな」と緩んだ顔を向けられる。
「そういやァこの近くで捕物あってたらしいけど、ここは大丈夫だったみてーだな」
「あ……だからお客さん少なかったのかな」
「かもなァ。帰りも気をつけろよ?あっお前んち近いから、おにぎり代に送ってってやろうか」
「いえ、お代をください。先日の分も下さい」
「チッ…覚えてたか…」
それから坂田さんは何だかんだとダラダラと居座り、結局家まで送ってくれた。
お代はくれなかったが、店主がそれでいいと言っていたから、もしかしたら本当に私の送り賃にでも充てられてしまったのかもしれない。
ほろ酔いでも、坂田さんはそこらへんは上手くやる人だ。
きっと人間関係を築くのも上手なんだろうと、坂田さんを見ているといつもそう思う。
「私とは大違いだな」
鏡に映る、どこにでも居そうな顔。ただただ化粧っ気のない、不機嫌そうな顔。
彼の前では上手く笑えていただろうかと、指で口角を上げてみたが、全然目が笑っていなくて気持ち悪くて直ぐにやめた。
そして、ふと明日のご飯がないことに気がついた。
「ええっ…パンも無い…」
なぜ寝る前に気づいてしまったのか。いや、寝起きで気づくよりはマシか、とため息をついて私は財布を手に取った。
深夜でもコンビニは開いているだろうからと割高になるのは諦めて外へ出ると、まだ冷やりとした空気に包まれる。
賑やかなかぶき町から離れた静かな道は、街頭だけで照らされていて少しだけ不安になるが、足早に店内に入ると目的の品と、たまたま目に付いたお菓子をいくつかカゴに入れてレジへ向かう。
眠そうな店員さんにお礼を言って自動ドアをくぐれば、目の前にはまた暗い道だ。
もう時刻は二時を回っており、急に丑三つ時という言葉が頭に浮かんだ私はぞぞぞっと背筋に何か伝うような恐怖を感じた。
霊感などないが、心霊番組、体験談、今まで見聞きしたもの全てが思い出され、私は早歩きで暗い道を進み始めた。
しばらく行くと、植木からガサッと物音が聞こえて私は息を飲んで足を止める。
どうしよう、オバケだろうか。いやそんなもの居ない。
お化けなんてないさ、と頭の中であやふやな歌詞を繰り返しながらじっと音のなった方を見つめていれば、ひょこっと姿を現したのは猫だった。
にゃお…と挨拶のように鳴いたネコは、その身をしなやかに伸ばして身震いをさせたあと、もうひと鳴きして立ち去っていく。
「何だ、猫か……」
ドラマでよくあるやつ、と頭の中でツッコミながら胸を撫で下ろし、気を取り直して数歩踏み出した時、今度はもっと大きな物音がした。
見上げれば頭上に咲いていた藤が大きく揺れたかと思えば、真っ黒な何かが降ってきて、私は思わず叫び声を上げてしまった。
「いやっ!やだぁ!!」
買い物袋を放り出し、地面にしゃがみこんで頭を隠すように縮こまった私はぎゅうっと目を閉じる。
だが、そんな私に何かが襲いかかってくることはなかった。
何の衝撃もないことを不審に思い、恐る恐る薄く目を開くと、そこには見慣れた真っ黒な服を着たあの人が立っていた。
そんな彼が髪を払うと小さな花弁が風に乗ってあちこちに舞い散っていく。
そして私の放り出した買い物袋の汚れを軽く払って、いつもの気弱そうな笑みを浮かべながら、こちらへと差し出してきた。
「あ…真選組の…お店に来て頂いている……」
「怖がらせたみたいですみません。そうです、真選組の山崎と言います」
君から降る花弁
身支度を素早く整え、家から徒歩数分の定食屋へと出勤した私は店主であるおじさんとおばさんに挨拶をして店の奥に向かう。
シンプルなデザインのエプロンを身につけ、ちょうど昼下がりで落ち着き始めた店内に出ていった。
チラホラとお客さんはいるが、今の時間帯では食事よりも会話を楽しんでいるようで、ざわめきつつも穏やかな時間が流れている。
一通り店の様子を伺っていたら、おじさんから食器を下げて貰えるかと頼まれ、指を刺された先のテーブルに足を運んだ私は後悔した。
「お客様、空いたお皿を下げてもよろしいでしょうか?」
少し奥まったテーブルについた男性達の中に、私が密かに思いを寄せている人が居た。
黒い制服に身を包み、よく江戸の見廻りをしているお巡りさんのうちの一人。
組織の名前は知っているが、彼個人の名前は知らない。
そんな三人の視線が一斉にこちらに向いて、一人で座っている目つきの悪い人に向けて話しかけると、了承を得ることが出来た。
彼の座る通路側に寄せられた食器を手に取り、器用に重ねていく。
「ありがとうございます」
唐突に声がかけられた。
その声に反応して横を向けば、困ったような顔でこちらに微笑みかけている彼と、バッチリと目が合う。
重たそうな前髪から覗く真っ直ぐな視線に狼狽えそうになるのをぐっと堪えた私は、無理やり口角を上げた作り笑いでその場を乗り越え、そそくさと食器を片付けていく。
「ごゆっくりどうぞ」
軽く会釈をしてその場を立ち去る。
キッチンへ戻ると、いつもより早い心臓の音を落ち着かせるように何度も胸を撫でる。
彼を見るといつもこうだ。その理由は分かっている。私はあの気弱そうな彼のことが好きだから、見かければ気になるし鼓動も早くなる。
「心臓がうるさい…」
だけど彼にこの気持ちを伝える気はない。
と、いうよりも振られてしまうのが怖くて行動できないだけなのだが…。
それでも彼のことを目で追うのは止められないし、好きでいる分には迷惑はかけていないのだからと無理やり納得させ、私は彼が来る度に密かに彼の様子を伺ったりしている。
彼ら真選組が帰ったのは、それからしばらくしてからの事だった。
帰り際にもこちらに軽くお辞儀をして、上司らしき人の背を追って走る姿は控えめで、可愛らしく見えたのは私の中だけの秘密だ。
「うぃーす、まだやってるー?」
「いらっしゃいませ」
閉店の少し前、のんびりとした声で暖簾をくぐって入ってきたのは万事屋の坂田さんだ。
さすがに夜は子供たちを連れていないようで、飲み屋にでも行った後なのか頬が軽く赤くなっている。
「なぁーんかさぁ、無性にぽん子が作った握り飯食いたくなってさァ」
「それは……どうも……」
カウンター席に腰掛けた坂田さんにおしぼりと水を渡せば、ふにゃふにゃ笑いながら言われ、会釈をして握り飯を取りに台所へと戻ると、店主は明日の仕込みに取り掛かっていた。
「銀さんかい?ほら、二個でいいだろ」
「ありがとうございます」
作り置きしていた塩おにぎりを二つ皿に盛り、おまけに卵焼きを一つ添えてやれば、子供のおやつか軽食のように見えた。
それを坂田さんの前に差し出すと、ふにゃふにゃの声で「あんがとな」と緩んだ顔を向けられる。
「そういやァこの近くで捕物あってたらしいけど、ここは大丈夫だったみてーだな」
「あ……だからお客さん少なかったのかな」
「かもなァ。帰りも気をつけろよ?あっお前んち近いから、おにぎり代に送ってってやろうか」
「いえ、お代をください。先日の分も下さい」
「チッ…覚えてたか…」
それから坂田さんは何だかんだとダラダラと居座り、結局家まで送ってくれた。
お代はくれなかったが、店主がそれでいいと言っていたから、もしかしたら本当に私の送り賃にでも充てられてしまったのかもしれない。
ほろ酔いでも、坂田さんはそこらへんは上手くやる人だ。
きっと人間関係を築くのも上手なんだろうと、坂田さんを見ているといつもそう思う。
「私とは大違いだな」
鏡に映る、どこにでも居そうな顔。ただただ化粧っ気のない、不機嫌そうな顔。
彼の前では上手く笑えていただろうかと、指で口角を上げてみたが、全然目が笑っていなくて気持ち悪くて直ぐにやめた。
そして、ふと明日のご飯がないことに気がついた。
「ええっ…パンも無い…」
なぜ寝る前に気づいてしまったのか。いや、寝起きで気づくよりはマシか、とため息をついて私は財布を手に取った。
深夜でもコンビニは開いているだろうからと割高になるのは諦めて外へ出ると、まだ冷やりとした空気に包まれる。
賑やかなかぶき町から離れた静かな道は、街頭だけで照らされていて少しだけ不安になるが、足早に店内に入ると目的の品と、たまたま目に付いたお菓子をいくつかカゴに入れてレジへ向かう。
眠そうな店員さんにお礼を言って自動ドアをくぐれば、目の前にはまた暗い道だ。
もう時刻は二時を回っており、急に丑三つ時という言葉が頭に浮かんだ私はぞぞぞっと背筋に何か伝うような恐怖を感じた。
霊感などないが、心霊番組、体験談、今まで見聞きしたもの全てが思い出され、私は早歩きで暗い道を進み始めた。
しばらく行くと、植木からガサッと物音が聞こえて私は息を飲んで足を止める。
どうしよう、オバケだろうか。いやそんなもの居ない。
お化けなんてないさ、と頭の中であやふやな歌詞を繰り返しながらじっと音のなった方を見つめていれば、ひょこっと姿を現したのは猫だった。
にゃお…と挨拶のように鳴いたネコは、その身をしなやかに伸ばして身震いをさせたあと、もうひと鳴きして立ち去っていく。
「何だ、猫か……」
ドラマでよくあるやつ、と頭の中でツッコミながら胸を撫で下ろし、気を取り直して数歩踏み出した時、今度はもっと大きな物音がした。
見上げれば頭上に咲いていた藤が大きく揺れたかと思えば、真っ黒な何かが降ってきて、私は思わず叫び声を上げてしまった。
「いやっ!やだぁ!!」
買い物袋を放り出し、地面にしゃがみこんで頭を隠すように縮こまった私はぎゅうっと目を閉じる。
だが、そんな私に何かが襲いかかってくることはなかった。
何の衝撃もないことを不審に思い、恐る恐る薄く目を開くと、そこには見慣れた真っ黒な服を着たあの人が立っていた。
そんな彼が髪を払うと小さな花弁が風に乗ってあちこちに舞い散っていく。
そして私の放り出した買い物袋の汚れを軽く払って、いつもの気弱そうな笑みを浮かべながら、こちらへと差し出してきた。
「あ…真選組の…お店に来て頂いている……」
「怖がらせたみたいですみません。そうです、真選組の山崎と言います」
君から降る花弁