ぼくらのプリズム
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第3話 ファーストコンタクト
「あれ、蔵ノ介、今日いつもより早いやん」
「部活、早よ終わってん。それより、麻衣ちゃん、何でウチにおるん?」
白石は、玄関で鉢合わせた麻衣に単純に問う。そんな問いに答えたのは、彼の母だった。
「麻衣ちゃんな、わざわざ友香里のお見舞い来てくれてん。友香里、ほんまにええ友達持ったわぁ」
「へぇ、そうやったんや。麻衣ちゃん、おおきにな」
「いえ。遅い時間までお邪魔しました。ほな、私帰りますね……!」
白石に礼を言われペコリと頭を下げた麻衣に、思いついたように白石の母は言う。
「せや、蔵ノ介、麻衣ちゃん駅まで送ってってくれへん?もう遅い時間やし女の子一人で帰すんは心配やねんけど、お母さん今夕ごはんの支度中やから」
「えっ、大丈夫ですよ、1人で帰れますよ?!」
麻衣はそんな突然の提案に戸惑い、遠慮したのだが。
「確かにオカンの言う通りや。このへんも夜はちょお物騒やし。麻衣ちゃん、送ってくわ」
「え、白石先輩、せっかく帰ってきたばっかりやのに……」
「いつもやったらもっと帰るん遅いし、気にせんでええよ。オカン、テニスバッグだけ玄関置かせてや」
白石は右肩に背負っていたテニスバッグを下ろすと、ほな行こか、と再び玄関の扉を開ける。逆に強く断るのも失礼な気がして、麻衣は慌てて白石の母に頭を下げ、彼女の息子の背中を追いかけた。
*
「そういえばちゃんと話すの初めてやったなあ。友香里が毎日麻衣ちゃんの話しとるから、勝手によう知っとる気分やったわ」
駅までの道のり、半歩後ろでガチガチに緊張する麻衣の様子を見て、白石はアイスブレイクにそんな話題を提供した。そういえば友香里のお母さんもそんなことを言っていたような──と麻衣は記憶を辿る。
「……いつも友香里と仲良うしてくれてありがとうな。友香里が毎日楽しく学校通えとるのも麻衣ちゃんのおかげや。とはいえ、今はアイツ風邪引いて休んでんねんけど」
冗談を交えてそう言うと、クスクス、と麻衣の口から控えめな笑い声が漏れた。良かった、アイスブレイク成功や。密かに胸を撫で下ろす。
「でも私、ほんまにそんな特別お礼言われるようなこと何もしてなくて……」
「そんなことあらへん。俺のせいで友香里に迷惑かけとることもあると思うねん。それでも友香里がヘソ曲げんと学校行けてるんは、親友の麻衣ちゃんのおかげやで」
白石のその言葉で、麻衣はすべて理解してしまった。この人は、妹が複数の女子から自分のことについて色々と問われてしまっていることを知っていて、そのことに心を痛めている優しい兄なのだ。
「……そう言ってもらえて嬉しいです。私も友香里のおかげで毎日学校楽しいです。せやから早く風邪治るとええなって」
「もう微熱だけや言うてたし、来週はきっと普通に学校行けるんちゃうかな」
いつの間にか速度を落として隣を歩いてくれている白石の横顔は、夕陽に照らされていた。それを見て、麻衣は“綺麗”という言葉はこういう時に使う言葉なのだろうと思った。今まで、麻衣にとっての白石は、それこそ『親友の兄』でしかなかったが、彼を初めて『白石蔵ノ介』という固有の存在で認識した瞬間だった。
「――麻衣ちゃん、家遠いんやったっけ」
「あ、そんな遠くないですよ。今から地下鉄乗ったらたぶん7時には着きます」
「せやけど7時やんな……親御さん連絡しといたほうがええんちゃう?」
暮れていく空と麻衣の顔を交互に確認しながら、白石は言う。だが、麻衣は首を横に振った。
「大丈夫です。帰っても私だけやし」
「え?」
「あ、うち、父は単身赴任で、母も毎日残業してて遅いんです。たぶん今日も少なくとも8時過ぎまで帰ってこぉへんのとちゃうかなぁ」
「――え、ほな、麻衣ちゃん夕ごはんはどないしてるん」
「中学入ってからは基本母の分含めて自分で作ってます」
友香里と同い年なのにやけにしっかりした子やな、と思っていたが、白石はその理由が分かった気がした。両親共働きで一人っ子。そんな彼女の自立は、末っ子で甘やかされて育った友香里とは異なり、きっと早かったのだろう。
「めっちゃ偉いやん」
「いえ、母が仕事もしながら料理作るんが大変そうやったから引き取っただけなんです。簡単なものしかつくってへんし……」
「麻衣ちゃん、謙遜するの、クセやな」
「え?」
「こういうときは素直に『ありがとうございます』言われたほうが、褒めた方も嬉しいもんやで」
「あ、す、すみません」
「謝らんでええよ」
「――あ、りがとうございます」
「ん。どういたしまして」
気づけば、白石家からそう遠くはないターミナル駅に着いていた。
「ほな、気ぃつけて」
「送っていただいてありがとうございました」
白石は麻衣がぺこりと頭を下げたのを確認すると、踵を返しひらひらと手を振った。
――白石先輩、か。
短い時間だったが、彼と会話してその人となりが見えると、彼が女子に圧倒的人気を誇る理由がわかるが気がした。麻衣も年頃の女の子だ、白石のことを全く意識していないと言えば嘘になる。ただ、その気持ちは恋と呼ぶには、まだまだほど遠いものだった。
2021.11.20
「あれ、蔵ノ介、今日いつもより早いやん」
「部活、早よ終わってん。それより、麻衣ちゃん、何でウチにおるん?」
白石は、玄関で鉢合わせた麻衣に単純に問う。そんな問いに答えたのは、彼の母だった。
「麻衣ちゃんな、わざわざ友香里のお見舞い来てくれてん。友香里、ほんまにええ友達持ったわぁ」
「へぇ、そうやったんや。麻衣ちゃん、おおきにな」
「いえ。遅い時間までお邪魔しました。ほな、私帰りますね……!」
白石に礼を言われペコリと頭を下げた麻衣に、思いついたように白石の母は言う。
「せや、蔵ノ介、麻衣ちゃん駅まで送ってってくれへん?もう遅い時間やし女の子一人で帰すんは心配やねんけど、お母さん今夕ごはんの支度中やから」
「えっ、大丈夫ですよ、1人で帰れますよ?!」
麻衣はそんな突然の提案に戸惑い、遠慮したのだが。
「確かにオカンの言う通りや。このへんも夜はちょお物騒やし。麻衣ちゃん、送ってくわ」
「え、白石先輩、せっかく帰ってきたばっかりやのに……」
「いつもやったらもっと帰るん遅いし、気にせんでええよ。オカン、テニスバッグだけ玄関置かせてや」
白石は右肩に背負っていたテニスバッグを下ろすと、ほな行こか、と再び玄関の扉を開ける。逆に強く断るのも失礼な気がして、麻衣は慌てて白石の母に頭を下げ、彼女の息子の背中を追いかけた。
*
「そういえばちゃんと話すの初めてやったなあ。友香里が毎日麻衣ちゃんの話しとるから、勝手によう知っとる気分やったわ」
駅までの道のり、半歩後ろでガチガチに緊張する麻衣の様子を見て、白石はアイスブレイクにそんな話題を提供した。そういえば友香里のお母さんもそんなことを言っていたような──と麻衣は記憶を辿る。
「……いつも友香里と仲良うしてくれてありがとうな。友香里が毎日楽しく学校通えとるのも麻衣ちゃんのおかげや。とはいえ、今はアイツ風邪引いて休んでんねんけど」
冗談を交えてそう言うと、クスクス、と麻衣の口から控えめな笑い声が漏れた。良かった、アイスブレイク成功や。密かに胸を撫で下ろす。
「でも私、ほんまにそんな特別お礼言われるようなこと何もしてなくて……」
「そんなことあらへん。俺のせいで友香里に迷惑かけとることもあると思うねん。それでも友香里がヘソ曲げんと学校行けてるんは、親友の麻衣ちゃんのおかげやで」
白石のその言葉で、麻衣はすべて理解してしまった。この人は、妹が複数の女子から自分のことについて色々と問われてしまっていることを知っていて、そのことに心を痛めている優しい兄なのだ。
「……そう言ってもらえて嬉しいです。私も友香里のおかげで毎日学校楽しいです。せやから早く風邪治るとええなって」
「もう微熱だけや言うてたし、来週はきっと普通に学校行けるんちゃうかな」
いつの間にか速度を落として隣を歩いてくれている白石の横顔は、夕陽に照らされていた。それを見て、麻衣は“綺麗”という言葉はこういう時に使う言葉なのだろうと思った。今まで、麻衣にとっての白石は、それこそ『親友の兄』でしかなかったが、彼を初めて『白石蔵ノ介』という固有の存在で認識した瞬間だった。
「――麻衣ちゃん、家遠いんやったっけ」
「あ、そんな遠くないですよ。今から地下鉄乗ったらたぶん7時には着きます」
「せやけど7時やんな……親御さん連絡しといたほうがええんちゃう?」
暮れていく空と麻衣の顔を交互に確認しながら、白石は言う。だが、麻衣は首を横に振った。
「大丈夫です。帰っても私だけやし」
「え?」
「あ、うち、父は単身赴任で、母も毎日残業してて遅いんです。たぶん今日も少なくとも8時過ぎまで帰ってこぉへんのとちゃうかなぁ」
「――え、ほな、麻衣ちゃん夕ごはんはどないしてるん」
「中学入ってからは基本母の分含めて自分で作ってます」
友香里と同い年なのにやけにしっかりした子やな、と思っていたが、白石はその理由が分かった気がした。両親共働きで一人っ子。そんな彼女の自立は、末っ子で甘やかされて育った友香里とは異なり、きっと早かったのだろう。
「めっちゃ偉いやん」
「いえ、母が仕事もしながら料理作るんが大変そうやったから引き取っただけなんです。簡単なものしかつくってへんし……」
「麻衣ちゃん、謙遜するの、クセやな」
「え?」
「こういうときは素直に『ありがとうございます』言われたほうが、褒めた方も嬉しいもんやで」
「あ、す、すみません」
「謝らんでええよ」
「――あ、りがとうございます」
「ん。どういたしまして」
気づけば、白石家からそう遠くはないターミナル駅に着いていた。
「ほな、気ぃつけて」
「送っていただいてありがとうございました」
白石は麻衣がぺこりと頭を下げたのを確認すると、踵を返しひらひらと手を振った。
――白石先輩、か。
短い時間だったが、彼と会話してその人となりが見えると、彼が女子に圧倒的人気を誇る理由がわかるが気がした。麻衣も年頃の女の子だ、白石のことを全く意識していないと言えば嘘になる。ただ、その気持ちは恋と呼ぶには、まだまだほど遠いものだった。
2021.11.20