Youthful days
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#05 なんて甘い罪
今日はいつになく白石が真剣な気がする。とはいえ普段の白石も常に練習には真剣に向き合っているのだが、今目の前で財前とシングルスの練習試合を行なっている白石は、まるでここが高校のコートではなく、全国大会の会場かのように本気でプレーしていて、思わず対戦相手の財前も、見ている俺たちも唾を飲んだ。
「……白石、今日マジやな」
「おん。そのおかげで財前も本気やで」
「ええ試合見せてもろてるわ。練習とは思えへん」
元四天宝寺中の新旧部長対決ということで、他のコートでも試合は行われているというのに、部員のほとんどは白石対財前の試合が行われているコートのフェンス周りに集まっている。そんな中で、珍しい人影を見つけた。去年同じクラスだった支倉さんだ。
平日は、それこそ白石や財前あたりを目当てにコートの周りで女子が練習を見学して、キャーキャー言っていることも珍しくなかった。しかし土曜となれば話は別だ。学校もないのにわざわざ練習だけ見学しに来る女子はそういない。しかも支倉さんはアイツらに対して黄色い声をあげるタイプには全く思えなかった。現に今も黙って遠くからそっと試合をただただ見ているだけだ。白石や財前を見ていると言うより、彼らの『テニス』を観戦しにきたんやな、と思った。せやけど、何の目的で?
「ゲームセット!ウォンバイ白石!6-3!」
財前も善戦していたが、結局試合は白石の勝利となった。単純な興味で、試合が終わったタイミングで、支倉さんに話しかけてみる。
「支倉さんやんな?」
「あれっ、小石川くん、久しぶりやんなぁ」
「テニスの練習見てたん?」
「あ、うん、せやねん。邪魔せんようにこっそり見とったつもりなんやけど、バレてもたね」
支倉さんは少し照れたように笑う。その笑顔が素直に可愛いと思ってしまった。
「せやけど、支倉さんがわざわざ土曜にテニス部の練習見に来るなんて意外やな」
「午前は合唱部の練習やって。部長の白石くんには事前に許可とって、そのまま午後お邪魔させてもろてん。全国レベルのテニス見たら触発されて、私も合唱もっと頑張れるんかなぁ思て」
──なるほどなぁ。
支倉さんが合唱部なのは知っていた。真面目な子やとは思っとったけど、部活にも相当ストイックなんやな。それにしても今サラッと『白石くんには事前に許可取って』と言っていたが、支倉さんと白石に繋がりがあることが意外だった。
「今日、来てよかった。私もまた頑張ろ思えたもん」
「そら良かった。今日はもう帰るんか?それかもう1試合見て行くん?」
「ほんまはもう少し見ていきたい気持ちもあんねんけど、そろそろ帰らな。帰る前に今回見学許可してくれた白石くんには挨拶していったほうがええかなぁ思ててんけど、なかなか難しそうやし、小石川くんからよろしく伝えてもらえへんかな」
「せやったら今から部室一緒に行こか?白石なら試合終わったばっかやし、まだ部室で休憩しとるはずやで」
「ほんま?ええの?」
「おん」
「ありがとう。小石川くん、優しいなぁ」
そんなセリフとともに彼女はまた満面の笑みを浮かべるから、ドキッとしてしまった。彼女が男子の中でひそかに人気がある理由がわかる気がした。特別目立つわけではなくアイドル的な人気があるわけでもないが、清楚で真面目で素直な彼女を好きになる男達は皆、彼女に本気で片想いしている。
今日、白石がいつになく全力で真剣勝負やった理由ももしかして──支倉さんが見に来とるの知っとって、彼女を勇気づける為やったんとちゃうか。どこで繋がったんか知らんけど、白石、こういう子好きそうやし。
白石と財前の試合が終わった後は、千歳vs謙也というこれまた視聴率の高い試合が始まりそうで、俺たちは全く注目を浴びることなく部室へたどり着いた。
「白石、財前、お疲れさん」
「おん、って……支倉さんやないか」
タオルで汗を拭きながらこちらを振り返った白石は、すぐに俺の隣にいる彼女に気がついた。
「誰っすかその人」
「クラスメイトや」
「あ、お邪魔してます。2年1組の支倉です」
支倉さんは、年下の財前にも敬語で頭を下げる。なるほど、白石と支倉さん、今同じクラスやったんか。2人の繋がりが腑に落ちた。
「まさか小石川が支倉さん連れてくるとは想像してへんかったわ。知り合いやったんやな」
「1年んとき同じクラスやったんや」
「へー。小石川先輩の彼女っすか?」
「ち、ちゃうわ!すまんな支倉さん、うちの後輩が変なこと言うて」
「あはは。小石川くんの彼女に間違われるなんて光栄やわ」
支倉さんは笑っている。が、同時に笑っていない人間がいることに気がついた。なるほど、やっぱそういうことやんな、白石。
「そんなことより支倉さん、白石に用があんねやろ?」
「あ、うん。今日のお礼と挨拶と思って…」
「何や部長のファンかいな。そういうんやったら部室まで来られるんは正直迷惑やわ」
「こら財前!クラスメイトや言うたやろ」
「何でもええですけど。今から俺、着替えるんで。挨拶とかそういうんは部室の外でやってくれません?」
財前は無愛想にそう言い放つ。「すまんな」と支倉さんに告げた白石は、そのまま彼女を連れて部室を出て行った。最初遠慮していた彼女を、自ら提案し部室に連れてきてしまった張本人の俺は、申し訳なさを感じた。
*
「財前くんの言う通りや。迷惑かけてごめんなさい」
「支倉さんが謝ることあらへん。いつでも見学してええ言うたの俺やろ。それに支倉さんはちゃんと事前に連絡くれたしな。気にせんといてや」
そう言うと彼女の翳っていた表情が少し安堵したものに変わったから、俺自身もほっとした。部室の外の木陰は、俺達以外に人の気配はなく落ち着いて話せそうだ。
「財前のことも堪忍な。支倉さんは何も悪ないねんけど、部活見にきとる子の中には、たまに勝手に部室に押しかけてくる常識外れな子もおってな」
「……そうなんや。色々大変なんやね…」
「まぁな──それよりテニス、見てたんやろ。どやった?」
声の調子を上げて空気を切り替えようと試みたところ、どうやら彼女もその空気を読んだようで、いつもの笑顔に戻った。
「白石くんも財前くんもほんまにすごかった。私はテニス素人やけど、練習試合とは思えへんくらいめっちゃレベル高い本気の試合やったっちゅうんはわかる。何も知らんとあの試合見たら『すごい才能やな』で終わってしまいそうやねんけど──そんな一言で片付けるんは失礼やんな。だって白石くん、もちろん才能もあるんやろうけど、それ以上にめっちゃ努力しとるもん」
目の前でそう熱く語られて、俺の胸の奥も熱くなった。彼女はそんな俺の心のうちを知ってか知らずか、さらに言葉を続ける。
「ほんまにありがとう。今日、来てよかった。あと、このお礼を直接伝えられてよかった。部活の邪魔したないし小石川くんに伝言お願いしよ思ったんやけど、それやったら、って小石川くんが部室に連れてきてくれてん」
「そうやったんや。俺も直接支倉さんの口から聞けて嬉しいわ。小石川にも後で礼言うとかなあかんな」
そう言うと、支倉さんの瞳は少し動揺したような動きをして、そのあとうっすら彼女の頬に赤みがさした。この反応、もしや──少しは脈あるんとちゃうか。まぁ、俺の恋人がテニスであったように、彼女の恋人も合唱である可能性は否めないが。
「そや、白石くん。私そろそろ帰らなあかんのやけど、これ、部活のみんなで食べて。今日のお礼。コンビニのお菓子やしそない大したもんちゃうけど」
「差し入れやん。ありがとう、みんなで頂くわ。せやけど、次からは気遣わんと手ぶらで来てな」
「う、うん…!あ、あと白石くん、これ」
彼女は差し入れの入っている袋とは別に、小さな紙袋を俺に渡す。
「この前、ハンカチ、ありがとう」
「ああ、そうや、貸しとったな」
「うん。洗濯してアイロンかけてその中入っとる。──結果は銀賞やったけど、今ある力は全部出し切れたから後悔はしてへん」
「そか。そら良かった」
そして全ての用事を終えた彼女は、スクールバッグを改めて肩にかけ直した。
「ほな行くね」
「ああ。また月曜な」
彼女は「最後に、もう何百万回も言われて飽きとるかもしれへんけど、」と前置きをし、言った。
「テニスしてる白石くんが、どんな白石くんよりもめっちゃかっこよかった。せやから、私も合唱、負けへんくらい、頑張るね。ほなまた!」
支倉さんは、そのまま颯爽と姿を消した。彼女の背中が見えなくなってから、思わず声に出してつぶやく。
「……アホ、何百万回は大げさすぎるやろ」
──もう、何やねん、支倉さん。そんなん言われたらテニスするたびにキミのこと思い出してまうやん。ほんま重罪やで。
to be continued.
2021.9.9
今日はいつになく白石が真剣な気がする。とはいえ普段の白石も常に練習には真剣に向き合っているのだが、今目の前で財前とシングルスの練習試合を行なっている白石は、まるでここが高校のコートではなく、全国大会の会場かのように本気でプレーしていて、思わず対戦相手の財前も、見ている俺たちも唾を飲んだ。
「……白石、今日マジやな」
「おん。そのおかげで財前も本気やで」
「ええ試合見せてもろてるわ。練習とは思えへん」
元四天宝寺中の新旧部長対決ということで、他のコートでも試合は行われているというのに、部員のほとんどは白石対財前の試合が行われているコートのフェンス周りに集まっている。そんな中で、珍しい人影を見つけた。去年同じクラスだった支倉さんだ。
平日は、それこそ白石や財前あたりを目当てにコートの周りで女子が練習を見学して、キャーキャー言っていることも珍しくなかった。しかし土曜となれば話は別だ。学校もないのにわざわざ練習だけ見学しに来る女子はそういない。しかも支倉さんはアイツらに対して黄色い声をあげるタイプには全く思えなかった。現に今も黙って遠くからそっと試合をただただ見ているだけだ。白石や財前を見ていると言うより、彼らの『テニス』を観戦しにきたんやな、と思った。せやけど、何の目的で?
「ゲームセット!ウォンバイ白石!6-3!」
財前も善戦していたが、結局試合は白石の勝利となった。単純な興味で、試合が終わったタイミングで、支倉さんに話しかけてみる。
「支倉さんやんな?」
「あれっ、小石川くん、久しぶりやんなぁ」
「テニスの練習見てたん?」
「あ、うん、せやねん。邪魔せんようにこっそり見とったつもりなんやけど、バレてもたね」
支倉さんは少し照れたように笑う。その笑顔が素直に可愛いと思ってしまった。
「せやけど、支倉さんがわざわざ土曜にテニス部の練習見に来るなんて意外やな」
「午前は合唱部の練習やって。部長の白石くんには事前に許可とって、そのまま午後お邪魔させてもろてん。全国レベルのテニス見たら触発されて、私も合唱もっと頑張れるんかなぁ思て」
──なるほどなぁ。
支倉さんが合唱部なのは知っていた。真面目な子やとは思っとったけど、部活にも相当ストイックなんやな。それにしても今サラッと『白石くんには事前に許可取って』と言っていたが、支倉さんと白石に繋がりがあることが意外だった。
「今日、来てよかった。私もまた頑張ろ思えたもん」
「そら良かった。今日はもう帰るんか?それかもう1試合見て行くん?」
「ほんまはもう少し見ていきたい気持ちもあんねんけど、そろそろ帰らな。帰る前に今回見学許可してくれた白石くんには挨拶していったほうがええかなぁ思ててんけど、なかなか難しそうやし、小石川くんからよろしく伝えてもらえへんかな」
「せやったら今から部室一緒に行こか?白石なら試合終わったばっかやし、まだ部室で休憩しとるはずやで」
「ほんま?ええの?」
「おん」
「ありがとう。小石川くん、優しいなぁ」
そんなセリフとともに彼女はまた満面の笑みを浮かべるから、ドキッとしてしまった。彼女が男子の中でひそかに人気がある理由がわかる気がした。特別目立つわけではなくアイドル的な人気があるわけでもないが、清楚で真面目で素直な彼女を好きになる男達は皆、彼女に本気で片想いしている。
今日、白石がいつになく全力で真剣勝負やった理由ももしかして──支倉さんが見に来とるの知っとって、彼女を勇気づける為やったんとちゃうか。どこで繋がったんか知らんけど、白石、こういう子好きそうやし。
白石と財前の試合が終わった後は、千歳vs謙也というこれまた視聴率の高い試合が始まりそうで、俺たちは全く注目を浴びることなく部室へたどり着いた。
「白石、財前、お疲れさん」
「おん、って……支倉さんやないか」
タオルで汗を拭きながらこちらを振り返った白石は、すぐに俺の隣にいる彼女に気がついた。
「誰っすかその人」
「クラスメイトや」
「あ、お邪魔してます。2年1組の支倉です」
支倉さんは、年下の財前にも敬語で頭を下げる。なるほど、白石と支倉さん、今同じクラスやったんか。2人の繋がりが腑に落ちた。
「まさか小石川が支倉さん連れてくるとは想像してへんかったわ。知り合いやったんやな」
「1年んとき同じクラスやったんや」
「へー。小石川先輩の彼女っすか?」
「ち、ちゃうわ!すまんな支倉さん、うちの後輩が変なこと言うて」
「あはは。小石川くんの彼女に間違われるなんて光栄やわ」
支倉さんは笑っている。が、同時に笑っていない人間がいることに気がついた。なるほど、やっぱそういうことやんな、白石。
「そんなことより支倉さん、白石に用があんねやろ?」
「あ、うん。今日のお礼と挨拶と思って…」
「何や部長のファンかいな。そういうんやったら部室まで来られるんは正直迷惑やわ」
「こら財前!クラスメイトや言うたやろ」
「何でもええですけど。今から俺、着替えるんで。挨拶とかそういうんは部室の外でやってくれません?」
財前は無愛想にそう言い放つ。「すまんな」と支倉さんに告げた白石は、そのまま彼女を連れて部室を出て行った。最初遠慮していた彼女を、自ら提案し部室に連れてきてしまった張本人の俺は、申し訳なさを感じた。
*
「財前くんの言う通りや。迷惑かけてごめんなさい」
「支倉さんが謝ることあらへん。いつでも見学してええ言うたの俺やろ。それに支倉さんはちゃんと事前に連絡くれたしな。気にせんといてや」
そう言うと彼女の翳っていた表情が少し安堵したものに変わったから、俺自身もほっとした。部室の外の木陰は、俺達以外に人の気配はなく落ち着いて話せそうだ。
「財前のことも堪忍な。支倉さんは何も悪ないねんけど、部活見にきとる子の中には、たまに勝手に部室に押しかけてくる常識外れな子もおってな」
「……そうなんや。色々大変なんやね…」
「まぁな──それよりテニス、見てたんやろ。どやった?」
声の調子を上げて空気を切り替えようと試みたところ、どうやら彼女もその空気を読んだようで、いつもの笑顔に戻った。
「白石くんも財前くんもほんまにすごかった。私はテニス素人やけど、練習試合とは思えへんくらいめっちゃレベル高い本気の試合やったっちゅうんはわかる。何も知らんとあの試合見たら『すごい才能やな』で終わってしまいそうやねんけど──そんな一言で片付けるんは失礼やんな。だって白石くん、もちろん才能もあるんやろうけど、それ以上にめっちゃ努力しとるもん」
目の前でそう熱く語られて、俺の胸の奥も熱くなった。彼女はそんな俺の心のうちを知ってか知らずか、さらに言葉を続ける。
「ほんまにありがとう。今日、来てよかった。あと、このお礼を直接伝えられてよかった。部活の邪魔したないし小石川くんに伝言お願いしよ思ったんやけど、それやったら、って小石川くんが部室に連れてきてくれてん」
「そうやったんや。俺も直接支倉さんの口から聞けて嬉しいわ。小石川にも後で礼言うとかなあかんな」
そう言うと、支倉さんの瞳は少し動揺したような動きをして、そのあとうっすら彼女の頬に赤みがさした。この反応、もしや──少しは脈あるんとちゃうか。まぁ、俺の恋人がテニスであったように、彼女の恋人も合唱である可能性は否めないが。
「そや、白石くん。私そろそろ帰らなあかんのやけど、これ、部活のみんなで食べて。今日のお礼。コンビニのお菓子やしそない大したもんちゃうけど」
「差し入れやん。ありがとう、みんなで頂くわ。せやけど、次からは気遣わんと手ぶらで来てな」
「う、うん…!あ、あと白石くん、これ」
彼女は差し入れの入っている袋とは別に、小さな紙袋を俺に渡す。
「この前、ハンカチ、ありがとう」
「ああ、そうや、貸しとったな」
「うん。洗濯してアイロンかけてその中入っとる。──結果は銀賞やったけど、今ある力は全部出し切れたから後悔はしてへん」
「そか。そら良かった」
そして全ての用事を終えた彼女は、スクールバッグを改めて肩にかけ直した。
「ほな行くね」
「ああ。また月曜な」
彼女は「最後に、もう何百万回も言われて飽きとるかもしれへんけど、」と前置きをし、言った。
「テニスしてる白石くんが、どんな白石くんよりもめっちゃかっこよかった。せやから、私も合唱、負けへんくらい、頑張るね。ほなまた!」
支倉さんは、そのまま颯爽と姿を消した。彼女の背中が見えなくなってから、思わず声に出してつぶやく。
「……アホ、何百万回は大げさすぎるやろ」
──もう、何やねん、支倉さん。そんなん言われたらテニスするたびにキミのこと思い出してまうやん。ほんま重罪やで。
to be continued.
2021.9.9