Youthful days
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#03 リトル・ブレイバー
「白石、自分、帰らへんの?」
「教室に忘れ物してもうてな。謙也、悪いけど先帰っててや」
「白石が忘れ物なんて珍しいな。ほな、俺らは先帰ってるで。また明日な!」
謙也をはじめ、中学からずっと一緒にテニスを続けてきた同期達の背中を見送り、部室の施錠をして教室へ向かう。
珍しく英和辞書を教室に忘れてしまった。正確に言うと、紙の辞書は重いので故意に置いてきたのだが、やはり今晩の予習のことを考えると、持って帰りたいと思ったのだ。
9月下旬の18時過ぎの廊下は、夏よりも日が短くなったせいか、少し暗く感じた。とはいえ、自分の机の中から英和辞書を取るくらいなら、教室の電気はつけずとも特に問題はなさそうだ。ガラガラと教室の扉を開けると、同時に、中から「ひゃっ」という声が聞こえた。
「……支倉さん?」
「っ、白石くん?!」
声の正体は、前から気になっていたクラスメイトの支倉さんだった。そして、暗がりの中でもわかった。──彼女は、今、泣いている。
「……ごめんなぁ白石くん、びっくりしたやろ」
俺が驚いた様子に見えたのか、そう言って彼女は慌てて手で涙を拭いながら、無理矢理いつもの笑顔を作ろうとする。
「……無理して笑わんでええで。その代わりに、俺に話せることやったら話してくれへん?」
そのまま彼女の隣の席に腰を下ろす。
黒板を消しながら話した時の支倉さんも、傘の中で俺の隣にいた支倉さんも、いつも笑顔だった。だから、泣き顔を見るのはもちろん初めてだ。彼女をこんな表情にさせるなんて、一体何があったのだろうか。
彼女は呼吸を整えたあと、少し声を震わせながら言葉を紡いだ。
「……声が出なくて。大会前やのに、先生にボイトレしてもらっても、どれだけ筋トレしても、高音がキレイに出せへんねん……泣いてもどうしようもないってわかってるんやけど……白石くんには情けないとこ見られてもうたなぁ」
その表情を見て思う。
──相当悔しいんやろな。せやけど、めっちゃ綺麗な涙や。
制服のスラックスのポケットからハンカチを取り出して差し出すと、ウサギのように赤い目をした支倉さんは、ありがとう、と素直に受け取る。
「──それだけ真剣に向きおうてるって証拠やろ。本気でやってへんのやったら、涙も出えへんと思うで。それだけ本気で合唱やっとる支倉さんは、俺はかっこええと思う。全然情けなくも何ともないで」
「……励ましてくれてありがとう。少し心折れてもうたけど、特別な才能もあらへん私にできるのは、やっぱり毎日コツコツ練習することだけやんな」
「……」
「それで上手くなるかはわからへんけど、やるしかない」
彼女は、赤い目をしたまま厳しい表情でそう自分に言い聞かせる。彼女の言葉には、俺自身も重なるところがあった。
「……俺も一緒や」
「え?」
「俺の場合はテニスやねんけど。周りには訳わからんほど才能にあふれた選手がたくさんおって。ああ、俺はそこまでやないな、っていうんはどうしてもわかってまう。凡人の俺にできることは、基本を誰よりも繰り返し練習するだけや」
「……白石くん、全国クラスの選手やのに、そんな控えめなこと」
「控えめちゃうで。有難いことに中学時代から全国大会に何度も出場させてもらう機会はあってんけど、そのたびにどんだけ練習したところで、上には上がおるっちゅーのを嫌でも感じさせられる。せやけど、そこで腐ったらその時点で自分の成長は止まってまう。自分にできるのは、基本に忠実なテニスを積み上げていって、昨日の自分より強い自分になっていく、それだけや……って思わず熱く語ってもうたわ」
そんな俺を、支倉さんはいつになく驚いたような、でもとても澄んだ瞳で見つめていた。そして、
「……白石くん、ほんまにありがとう。白石くんのおかげで、私、頑張れそう」
そんな言葉とともに、まるで花が咲いたかのように、彼女は笑った。
思わず、口元を手で押さえた。やばい。脈が速くなっているのが自分でもわかる。
──あかんで。
その笑顔にその台詞は可愛すぎるやろ。
その笑顔をずっと見ていたいと思う。その笑顔を作り出すのも、守っていくのも、俺でありたいと思う。そしてその笑顔は俺だけに向けてほしいとも思う。もはや「気になる」とかそういう次元ではない。
支倉さん。
俺は完全にキミが好きになってもうたみたいや。
to be continued.
「白石、自分、帰らへんの?」
「教室に忘れ物してもうてな。謙也、悪いけど先帰っててや」
「白石が忘れ物なんて珍しいな。ほな、俺らは先帰ってるで。また明日な!」
謙也をはじめ、中学からずっと一緒にテニスを続けてきた同期達の背中を見送り、部室の施錠をして教室へ向かう。
珍しく英和辞書を教室に忘れてしまった。正確に言うと、紙の辞書は重いので故意に置いてきたのだが、やはり今晩の予習のことを考えると、持って帰りたいと思ったのだ。
9月下旬の18時過ぎの廊下は、夏よりも日が短くなったせいか、少し暗く感じた。とはいえ、自分の机の中から英和辞書を取るくらいなら、教室の電気はつけずとも特に問題はなさそうだ。ガラガラと教室の扉を開けると、同時に、中から「ひゃっ」という声が聞こえた。
「……支倉さん?」
「っ、白石くん?!」
声の正体は、前から気になっていたクラスメイトの支倉さんだった。そして、暗がりの中でもわかった。──彼女は、今、泣いている。
「……ごめんなぁ白石くん、びっくりしたやろ」
俺が驚いた様子に見えたのか、そう言って彼女は慌てて手で涙を拭いながら、無理矢理いつもの笑顔を作ろうとする。
「……無理して笑わんでええで。その代わりに、俺に話せることやったら話してくれへん?」
そのまま彼女の隣の席に腰を下ろす。
黒板を消しながら話した時の支倉さんも、傘の中で俺の隣にいた支倉さんも、いつも笑顔だった。だから、泣き顔を見るのはもちろん初めてだ。彼女をこんな表情にさせるなんて、一体何があったのだろうか。
彼女は呼吸を整えたあと、少し声を震わせながら言葉を紡いだ。
「……声が出なくて。大会前やのに、先生にボイトレしてもらっても、どれだけ筋トレしても、高音がキレイに出せへんねん……泣いてもどうしようもないってわかってるんやけど……白石くんには情けないとこ見られてもうたなぁ」
その表情を見て思う。
──相当悔しいんやろな。せやけど、めっちゃ綺麗な涙や。
制服のスラックスのポケットからハンカチを取り出して差し出すと、ウサギのように赤い目をした支倉さんは、ありがとう、と素直に受け取る。
「──それだけ真剣に向きおうてるって証拠やろ。本気でやってへんのやったら、涙も出えへんと思うで。それだけ本気で合唱やっとる支倉さんは、俺はかっこええと思う。全然情けなくも何ともないで」
「……励ましてくれてありがとう。少し心折れてもうたけど、特別な才能もあらへん私にできるのは、やっぱり毎日コツコツ練習することだけやんな」
「……」
「それで上手くなるかはわからへんけど、やるしかない」
彼女は、赤い目をしたまま厳しい表情でそう自分に言い聞かせる。彼女の言葉には、俺自身も重なるところがあった。
「……俺も一緒や」
「え?」
「俺の場合はテニスやねんけど。周りには訳わからんほど才能にあふれた選手がたくさんおって。ああ、俺はそこまでやないな、っていうんはどうしてもわかってまう。凡人の俺にできることは、基本を誰よりも繰り返し練習するだけや」
「……白石くん、全国クラスの選手やのに、そんな控えめなこと」
「控えめちゃうで。有難いことに中学時代から全国大会に何度も出場させてもらう機会はあってんけど、そのたびにどんだけ練習したところで、上には上がおるっちゅーのを嫌でも感じさせられる。せやけど、そこで腐ったらその時点で自分の成長は止まってまう。自分にできるのは、基本に忠実なテニスを積み上げていって、昨日の自分より強い自分になっていく、それだけや……って思わず熱く語ってもうたわ」
そんな俺を、支倉さんはいつになく驚いたような、でもとても澄んだ瞳で見つめていた。そして、
「……白石くん、ほんまにありがとう。白石くんのおかげで、私、頑張れそう」
そんな言葉とともに、まるで花が咲いたかのように、彼女は笑った。
思わず、口元を手で押さえた。やばい。脈が速くなっているのが自分でもわかる。
──あかんで。
その笑顔にその台詞は可愛すぎるやろ。
その笑顔をずっと見ていたいと思う。その笑顔を作り出すのも、守っていくのも、俺でありたいと思う。そしてその笑顔は俺だけに向けてほしいとも思う。もはや「気になる」とかそういう次元ではない。
支倉さん。
俺は完全にキミが好きになってもうたみたいや。
to be continued.