Youthful days
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#02 アンブレラ・ロマンス
天気予報では夕方から雨が降ると言っていたので、お気に入りの長い傘を持って登校した。朝、生徒玄関にある2年生の傘立てに確実に立てかけたはずなのだ。なのに。
「……ない」
部活が終わって、さあ下校しようと玄関の傘立てへ。なのに、どこを探しても私の傘はなかった。コンビニで買えるようなビニール傘ではない。お小遣いを貯めて雑貨屋さんで買った水色の小花柄の傘。
──もしかして間違って持っていかれてもうたんやろか。だとしたらとても困る、だって外は土砂降りなのだ。そんなとき、後頭部のほうから声が落ちてきた。
「そんなに焦ってどないしたん?」
は、と振り向くと、同じクラスの白石くんが立っていた。白石くんといえば、夏期講習のときに黒板を消すのを手伝ってくれたのを思い出す。
「白石くん」
「支倉さん、ずいぶん遅い時間まで学校残っとるんやなぁ、もう夜の7時やで」
「部活の後、個別に先生にボイトレしてもらってたら遅くなって」
「合唱部やったもんな」
「うん。白石くんこそこんな遅い時間まで何してたん?」
「テニス部自体は雨やし練習もそこそこにみんな早よ帰ってんけどな。俺は残って、さっきまで顧問と次の大会のオーダーについて話し合うとった」
「そやった、白石くん、9月から部長さんやったなぁ」
「で、最初の質問。えらい焦っとるやん。どないしたん?」
そうだった。彼の最初の質問に答えていなかった。
「……朝、傘持ってきて、間違いなくここに立てかけてんけど、今見たらどこにもあらへんくて」
「どんな傘?」
「水色で小さい花柄がついとる傘なんやけど…」
「んー…確かに見当たらへんなぁ。そもそも傘自体、もう俺ん傘とその他にあと数本くらいしか残ってへんしな」
白石くんは私が探していた2年生の傘立てに残っていた黒い傘をひょいと取る。これ、白石くんの傘やったんや。
「誰か間違えて持って帰ってしまったか…もしくは、借りパクかもしれへんなぁ。ひどい雨やし」
「……前者であってほしい」
「俺もや。その落ち込み様からすると、相当その傘気に入っとったんやろ。ところで支倉さん、傘あらへんのやったら、どうやって帰るん?」
──そうだった、家は高校の最寄駅から地下鉄に乗った先にあり、親に迎えにきてくれとは言えない。それともタクシーを呼ぶ?そんなことを考えていると、白石くんは言った。
「俺の傘入ってくか?」
「え?」
「外、土砂降りやん。このまま傘なしで帰られへんやろ。家まで送ってくで」
「い、家は遠いからさすがに遠慮しとく」
「ほな、天王寺の駅までやな。駅まで行けばどっかでその場しのぎのビニール傘も買えるやろ」
「……ええの?」
「ええも何も、このまま玄関に支倉さん放って一人で帰られへんやろ」
「……白石くん、神さまや」
「はは。人間やっちゅーねん」
ほな行こか、と白石くんは玄関の外に出て、庇の下で自分の傘を広げる。庇から出た途端に、傘に雨粒が当たり、ザーッという激しい音が響いた。
「支倉さん、濡れへんように、なるべく俺の方近づきや」
「あ、うん」
今更ながら白石くんと1つの傘の下にいるというシチュエーションに緊張した。クラスメイトの白石くんは、それはそれは綺麗な顔立ちで、背も高くて、文武両道で、おまけに人柄も良くて、みんなの人気者なのだ。白石くんの彼女になる女の子はきっと幸せなんやろうな。そんなふうに思うが、意外と白石くんには彼女がいるとか好きな人がいるとかそういった類の噂はなかった。
駅に向かって歩きながら他愛のない話をする。
「部活、忙しいん?」
「うん、合唱部は秋からが本番やから。もう少しで近畿地区の大会で、ここで金賞取れたら全国行けんねん」
「へぇ、俺らはもう大会終わって代替わりして新人戦はじまっとるけど、合唱部はまだまだこれからなんや」
「うん」
「なぁ知っとる?部活中、テニスコートおると、音楽室から合唱部の歌、結構漏れて聞こえてくんねん」
「え、そうなん?」
「あの歌声のうちの一部は支倉さんの声なんやな」
「……そう言われると何や照れるなぁ」
練習中の歌がまさか聞かれているとは。
「俺、中学んときは学校に合唱部なかってん。せやから、練習中合唱聞こえてくるの、最初めっちゃ新鮮やった」
「そうなんや。ほな逆に白石くん知っとる?音楽室の窓からは、いつもテニスコート見えんねん。さすがに4階からやから、練習しとる人の顔までは判別つかへんけど、そのうちの1人は白石くんなんやなぁ」
「……なるほどな。さっきの支倉さんの気持ち、今わかったわ」
少しだけ照れたような白石くんの顔が、思ったより至近距離にあって驚いた。相合傘状態なのだ、恋人のような距離感になってしまうのは頭ではわかっていたことだが、いざ認識するとドキドキしてしまう。私の視線を認識したのか、白石くんは問う。
「ん?何?俺の顔なんかついとる?」
「い、いや、何にもついてへんよ」
「ほな、俺の顔に見惚れとった?」
白石くんは少し意地悪く笑う。思わず「えっ?!」という声が漏れてしまい、それを聞いた白石くんはさらに楽しそうに笑った。
「なんてな。──駅、もうすぐやで」
学校を出てから10数分、私は天王寺駅に着いていた。白石くんとの下校は、あっという間だった。駅構内まで送ってくれた白石くんにお礼を言う。
「ほんまにありがとう、白石くん。おかげで濡れずに駅まで来れたわ」
「お礼を言うのは俺の方や」
「?」
「支倉さんの傘がなくなってしまったことは残念やけど、そのおかげで支倉さんといっぱい話せたし、雨の日も悪ないわ。またゆっくり話そな」
優しく笑った白石くんは、ほなまた明日、とそのまま後ろをくるりと向き、右手を上げてひらひらと振った。そういう仕草が様になるからすごい。そして、その上げた右手や肩の部分が、よく見ると濡れていることに気がついた。
──白石くん、私が雨で濡れへんように、気遣ってくれとったんやな。
そんな優しさに気づき思わず胸がキュンとする。あかんなぁ、ライバルも多いし、無謀なのはわかってるんやけどな。
それでもこの胸の中に溢れてきた気持ちの正体を私は知っている。きっと私は白石くんに恋をしてしまったのだ。
to be continued.
天気予報では夕方から雨が降ると言っていたので、お気に入りの長い傘を持って登校した。朝、生徒玄関にある2年生の傘立てに確実に立てかけたはずなのだ。なのに。
「……ない」
部活が終わって、さあ下校しようと玄関の傘立てへ。なのに、どこを探しても私の傘はなかった。コンビニで買えるようなビニール傘ではない。お小遣いを貯めて雑貨屋さんで買った水色の小花柄の傘。
──もしかして間違って持っていかれてもうたんやろか。だとしたらとても困る、だって外は土砂降りなのだ。そんなとき、後頭部のほうから声が落ちてきた。
「そんなに焦ってどないしたん?」
は、と振り向くと、同じクラスの白石くんが立っていた。白石くんといえば、夏期講習のときに黒板を消すのを手伝ってくれたのを思い出す。
「白石くん」
「支倉さん、ずいぶん遅い時間まで学校残っとるんやなぁ、もう夜の7時やで」
「部活の後、個別に先生にボイトレしてもらってたら遅くなって」
「合唱部やったもんな」
「うん。白石くんこそこんな遅い時間まで何してたん?」
「テニス部自体は雨やし練習もそこそこにみんな早よ帰ってんけどな。俺は残って、さっきまで顧問と次の大会のオーダーについて話し合うとった」
「そやった、白石くん、9月から部長さんやったなぁ」
「で、最初の質問。えらい焦っとるやん。どないしたん?」
そうだった。彼の最初の質問に答えていなかった。
「……朝、傘持ってきて、間違いなくここに立てかけてんけど、今見たらどこにもあらへんくて」
「どんな傘?」
「水色で小さい花柄がついとる傘なんやけど…」
「んー…確かに見当たらへんなぁ。そもそも傘自体、もう俺ん傘とその他にあと数本くらいしか残ってへんしな」
白石くんは私が探していた2年生の傘立てに残っていた黒い傘をひょいと取る。これ、白石くんの傘やったんや。
「誰か間違えて持って帰ってしまったか…もしくは、借りパクかもしれへんなぁ。ひどい雨やし」
「……前者であってほしい」
「俺もや。その落ち込み様からすると、相当その傘気に入っとったんやろ。ところで支倉さん、傘あらへんのやったら、どうやって帰るん?」
──そうだった、家は高校の最寄駅から地下鉄に乗った先にあり、親に迎えにきてくれとは言えない。それともタクシーを呼ぶ?そんなことを考えていると、白石くんは言った。
「俺の傘入ってくか?」
「え?」
「外、土砂降りやん。このまま傘なしで帰られへんやろ。家まで送ってくで」
「い、家は遠いからさすがに遠慮しとく」
「ほな、天王寺の駅までやな。駅まで行けばどっかでその場しのぎのビニール傘も買えるやろ」
「……ええの?」
「ええも何も、このまま玄関に支倉さん放って一人で帰られへんやろ」
「……白石くん、神さまや」
「はは。人間やっちゅーねん」
ほな行こか、と白石くんは玄関の外に出て、庇の下で自分の傘を広げる。庇から出た途端に、傘に雨粒が当たり、ザーッという激しい音が響いた。
「支倉さん、濡れへんように、なるべく俺の方近づきや」
「あ、うん」
今更ながら白石くんと1つの傘の下にいるというシチュエーションに緊張した。クラスメイトの白石くんは、それはそれは綺麗な顔立ちで、背も高くて、文武両道で、おまけに人柄も良くて、みんなの人気者なのだ。白石くんの彼女になる女の子はきっと幸せなんやろうな。そんなふうに思うが、意外と白石くんには彼女がいるとか好きな人がいるとかそういった類の噂はなかった。
駅に向かって歩きながら他愛のない話をする。
「部活、忙しいん?」
「うん、合唱部は秋からが本番やから。もう少しで近畿地区の大会で、ここで金賞取れたら全国行けんねん」
「へぇ、俺らはもう大会終わって代替わりして新人戦はじまっとるけど、合唱部はまだまだこれからなんや」
「うん」
「なぁ知っとる?部活中、テニスコートおると、音楽室から合唱部の歌、結構漏れて聞こえてくんねん」
「え、そうなん?」
「あの歌声のうちの一部は支倉さんの声なんやな」
「……そう言われると何や照れるなぁ」
練習中の歌がまさか聞かれているとは。
「俺、中学んときは学校に合唱部なかってん。せやから、練習中合唱聞こえてくるの、最初めっちゃ新鮮やった」
「そうなんや。ほな逆に白石くん知っとる?音楽室の窓からは、いつもテニスコート見えんねん。さすがに4階からやから、練習しとる人の顔までは判別つかへんけど、そのうちの1人は白石くんなんやなぁ」
「……なるほどな。さっきの支倉さんの気持ち、今わかったわ」
少しだけ照れたような白石くんの顔が、思ったより至近距離にあって驚いた。相合傘状態なのだ、恋人のような距離感になってしまうのは頭ではわかっていたことだが、いざ認識するとドキドキしてしまう。私の視線を認識したのか、白石くんは問う。
「ん?何?俺の顔なんかついとる?」
「い、いや、何にもついてへんよ」
「ほな、俺の顔に見惚れとった?」
白石くんは少し意地悪く笑う。思わず「えっ?!」という声が漏れてしまい、それを聞いた白石くんはさらに楽しそうに笑った。
「なんてな。──駅、もうすぐやで」
学校を出てから10数分、私は天王寺駅に着いていた。白石くんとの下校は、あっという間だった。駅構内まで送ってくれた白石くんにお礼を言う。
「ほんまにありがとう、白石くん。おかげで濡れずに駅まで来れたわ」
「お礼を言うのは俺の方や」
「?」
「支倉さんの傘がなくなってしまったことは残念やけど、そのおかげで支倉さんといっぱい話せたし、雨の日も悪ないわ。またゆっくり話そな」
優しく笑った白石くんは、ほなまた明日、とそのまま後ろをくるりと向き、右手を上げてひらひらと振った。そういう仕草が様になるからすごい。そして、その上げた右手や肩の部分が、よく見ると濡れていることに気がついた。
──白石くん、私が雨で濡れへんように、気遣ってくれとったんやな。
そんな優しさに気づき思わず胸がキュンとする。あかんなぁ、ライバルも多いし、無謀なのはわかってるんやけどな。
それでもこの胸の中に溢れてきた気持ちの正体を私は知っている。きっと私は白石くんに恋をしてしまったのだ。
to be continued.