Youthful days
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#01 はじまりのメロディー
四天宝寺高校は名の知れた進学校だ。夏休み中は学校主催の夏期講習があり、午前中は学校に来ている生徒も多い。今日の講習は化学だった。夏期講習はクラス関係なく自分が受講したい科目を受講するスタイルで、理系科目のせいもあってか教室の男女比は7:3といったところか。そんな中、前に立つ先生が事前に課題として出していた問題を次々と当てていく。
「ほな、次の問7、支倉」
「0.50molです」
「正解。標準状態で11.2Lの二酸化炭素は~」
男子の回答が続いていた中、久しぶりに女子の声を聞いたかと思ったら、その声は同じクラスの支倉さんのものだった。そんなに目立つタイプではなくあまり関わりはないが、勉強や生活態度に関してはしっかりした真面目な子、という印象があった。さすが今日もしっかり予習しとるんやな。
「そしたら次、問14、白石」
「2KClO3→2KCl+3O2」
「はい正解。塩素酸カリウムから酸素を発生させるときは~」
ま、俺も大概やけど。
*
講習が終わると基本的には生徒は帰宅する。しかし俺は午後から部活があるため、昼食を済ませた後、部活が始まるまで、教室でさっきの化学を復習していた。同じようなことを考えている生徒は数人いるようで、その中に支倉さんの姿もあった。
──せやけど、あれ、支倉さんって何か部活しとるんやったっけ?
そんなとき、おもむろに支倉さんが立ち上がって、クラスに残っていた俺含む数人に声をかけた。
「……あの、黒板ってもう消してもええかな?みんなもう写し終わった?あと、お弁当食べ終わった?」
言われて気づいた。先生が黒板を消し忘れていたようだ。別にそのまま放っておいても誰も何も言わないだろうに、チョークの粉が飛んでも良いように、みんなの食事後に黒板をキレイにしてから帰ろうとするところに、やっぱりきっちりした真面目な子なんやな、と再認識する。
他に残っている生徒が「おん、ええで」と言うと、支倉さんは、ほな消すね、と黒板のほうへ歩き、黒板消しを手にした。ただ、どう見ても支倉さんの身長だと一番上には手が届かなそうだ。
「俺も手伝うわ」
「あ、白石くん」
「支倉さん、上のほう届かへんやろ」
「う、うん!ありがとう、めっちゃ助かるわあ」
支倉さんは、柔らかく笑った。
――びっくりした、めっちゃ可愛え笑顔するやん。
そういえば同じクラスではあるが、ちゃんと話すのは初めてかもしれない。真面目な印象から勝手にとっつきにくいタイプだと思っていたので、そのギャップに驚いた。少し彼女に興味が出て、話しかけてみる。
「支倉さん、今日残っとるっちゅーことは、この後部活なん?」
「うん。合唱部やねん」
へえ、合唱部なんや。
「白石くんは、テニス部やねんな」
「まあな。中学から続けててん」
「すごいなあ、中学からずっとやねんな」
「そんな大それたもんやないで。気づいたら続けとったっちゅう感じやな」
「謙遜せんでええよ。この夏も全国大会決まってるんやろ?終業式で校長先生言うとったもん」
やっぱりすごいなあ、と黒板の細かいところまで丁寧に消しながら彼女は言う。
「うちの部もな、全国目指してんねん。昔はうちの高校も合唱強かってんけど、最近近畿地区止まりで……せやから今年は全国行きたいな思て練習しとる」
そう言う彼女の表情はさっきの柔らかい笑顔とは打って変わって真剣で、合唱に懸ける想いが伝わってきた。それは俺がテニスに懸ける想いと通ずるものがあり、俺は支倉さんにさらに興味がわいた。同じクラスになってからもう5ヶ月目なのに、何で今まで話さへんかったんやろ。もう少しゆっくり話してみたいが、俺も彼女もこのあとは部活だった。
「上の方は消し終わったで」
「わぁ、めっちゃキレイに消してくれてありがとう。後は全部やっておくから白石くんは部活行ってな。そろそろ時間やろ?」
「支倉さんこそ、そろそろ合唱部始まるんちゃう」
「私はこのまま制服で音楽室行くだけやから大丈夫。白石くんは着替えたりテニスコートまで移動したり色々あるやろ?」
「──おおきに。ほな、お言葉に甘えることにするわ」
黒板消しを元あった場所に置いてふと教室の座席の方に視線を戻すと、俺ら以外の生徒はすっかりいなくなっていた。申し訳ない気持ちはありつつも、俺自身も支倉さんを教室に残し、部室に向かうことにしたのだが。
一旦教室を出たものの、少し彼女の様子が気になって、こっそり教室の後ろのドアから様子を窺うと、ある意味予想を外れたことが起きていた。
「〜〜♪」
何を歌っているかはよく聞こえないが、彼女は何やらハミングでメロディーを紡ぎながら、機嫌良さそうにチョークの粉を一生懸命処理していた。
──ほんまに歌が好きなんやな。
──ほんまに何事も一生懸命な子なんやな。
──何や、ほんまに可愛え子やな、支倉さん。
恋はするものではなく落ちるものとはよく聞くが、その瞬間がこんなに不意に訪れるものだとは思っていなかった。
to be continued.
四天宝寺高校は名の知れた進学校だ。夏休み中は学校主催の夏期講習があり、午前中は学校に来ている生徒も多い。今日の講習は化学だった。夏期講習はクラス関係なく自分が受講したい科目を受講するスタイルで、理系科目のせいもあってか教室の男女比は7:3といったところか。そんな中、前に立つ先生が事前に課題として出していた問題を次々と当てていく。
「ほな、次の問7、支倉」
「0.50molです」
「正解。標準状態で11.2Lの二酸化炭素は~」
男子の回答が続いていた中、久しぶりに女子の声を聞いたかと思ったら、その声は同じクラスの支倉さんのものだった。そんなに目立つタイプではなくあまり関わりはないが、勉強や生活態度に関してはしっかりした真面目な子、という印象があった。さすが今日もしっかり予習しとるんやな。
「そしたら次、問14、白石」
「2KClO3→2KCl+3O2」
「はい正解。塩素酸カリウムから酸素を発生させるときは~」
ま、俺も大概やけど。
*
講習が終わると基本的には生徒は帰宅する。しかし俺は午後から部活があるため、昼食を済ませた後、部活が始まるまで、教室でさっきの化学を復習していた。同じようなことを考えている生徒は数人いるようで、その中に支倉さんの姿もあった。
──せやけど、あれ、支倉さんって何か部活しとるんやったっけ?
そんなとき、おもむろに支倉さんが立ち上がって、クラスに残っていた俺含む数人に声をかけた。
「……あの、黒板ってもう消してもええかな?みんなもう写し終わった?あと、お弁当食べ終わった?」
言われて気づいた。先生が黒板を消し忘れていたようだ。別にそのまま放っておいても誰も何も言わないだろうに、チョークの粉が飛んでも良いように、みんなの食事後に黒板をキレイにしてから帰ろうとするところに、やっぱりきっちりした真面目な子なんやな、と再認識する。
他に残っている生徒が「おん、ええで」と言うと、支倉さんは、ほな消すね、と黒板のほうへ歩き、黒板消しを手にした。ただ、どう見ても支倉さんの身長だと一番上には手が届かなそうだ。
「俺も手伝うわ」
「あ、白石くん」
「支倉さん、上のほう届かへんやろ」
「う、うん!ありがとう、めっちゃ助かるわあ」
支倉さんは、柔らかく笑った。
――びっくりした、めっちゃ可愛え笑顔するやん。
そういえば同じクラスではあるが、ちゃんと話すのは初めてかもしれない。真面目な印象から勝手にとっつきにくいタイプだと思っていたので、そのギャップに驚いた。少し彼女に興味が出て、話しかけてみる。
「支倉さん、今日残っとるっちゅーことは、この後部活なん?」
「うん。合唱部やねん」
へえ、合唱部なんや。
「白石くんは、テニス部やねんな」
「まあな。中学から続けててん」
「すごいなあ、中学からずっとやねんな」
「そんな大それたもんやないで。気づいたら続けとったっちゅう感じやな」
「謙遜せんでええよ。この夏も全国大会決まってるんやろ?終業式で校長先生言うとったもん」
やっぱりすごいなあ、と黒板の細かいところまで丁寧に消しながら彼女は言う。
「うちの部もな、全国目指してんねん。昔はうちの高校も合唱強かってんけど、最近近畿地区止まりで……せやから今年は全国行きたいな思て練習しとる」
そう言う彼女の表情はさっきの柔らかい笑顔とは打って変わって真剣で、合唱に懸ける想いが伝わってきた。それは俺がテニスに懸ける想いと通ずるものがあり、俺は支倉さんにさらに興味がわいた。同じクラスになってからもう5ヶ月目なのに、何で今まで話さへんかったんやろ。もう少しゆっくり話してみたいが、俺も彼女もこのあとは部活だった。
「上の方は消し終わったで」
「わぁ、めっちゃキレイに消してくれてありがとう。後は全部やっておくから白石くんは部活行ってな。そろそろ時間やろ?」
「支倉さんこそ、そろそろ合唱部始まるんちゃう」
「私はこのまま制服で音楽室行くだけやから大丈夫。白石くんは着替えたりテニスコートまで移動したり色々あるやろ?」
「──おおきに。ほな、お言葉に甘えることにするわ」
黒板消しを元あった場所に置いてふと教室の座席の方に視線を戻すと、俺ら以外の生徒はすっかりいなくなっていた。申し訳ない気持ちはありつつも、俺自身も支倉さんを教室に残し、部室に向かうことにしたのだが。
一旦教室を出たものの、少し彼女の様子が気になって、こっそり教室の後ろのドアから様子を窺うと、ある意味予想を外れたことが起きていた。
「〜〜♪」
何を歌っているかはよく聞こえないが、彼女は何やらハミングでメロディーを紡ぎながら、機嫌良さそうにチョークの粉を一生懸命処理していた。
──ほんまに歌が好きなんやな。
──ほんまに何事も一生懸命な子なんやな。
──何や、ほんまに可愛え子やな、支倉さん。
恋はするものではなく落ちるものとはよく聞くが、その瞬間がこんなに不意に訪れるものだとは思っていなかった。
to be continued.
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