4次元で恋をする
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第4話 言いそびれた言葉
「白石」
「……ん、何ですか?」
「ちょっとこっち来ぃや」
めずらしく語尾を伸ばさず真面目な顔をした監督に、部活中だというのに俺はなぜか部室に呼び出された。……一体何やねん、改まって。
「……オサムちゃん、俺、部長やのに部活中にこんなとこおってええの?」
「たまにはええやろ、部長さん。ゆっくり話しようや」
「全国大会の話ですか?」
「ちゃうちゃう。今日は自分の話や」
「自分……俺?」
「そう。――白石、東京はええ息抜きになったか?」
オサムちゃんはいつもの気の抜けたような口調に戻って、ちらりと俺に視線をよこしながらそう訊ねた。
「息抜きっちゅーか…まあ、ええ刺激には」
「手塚クンどやった?」
「やっぱり手塚くんは全国レベルやと思います」
「そか。ほんなら、立海は?」
「間違いなく今年も優勝候補ですわ」
「なるほど。他には何や変わったことは?」
「……え?特にないと思うねんけど」
「ほんまに?」
「ほんまに」
するとオサムちゃんは「ほなら何が原因なんやろな」と口元に手をあてた。何が原因と言われても、その原因による結果さえ俺にはよくわからない。関東大会に行く前と行った後で俺は何かが変わったのだろうか。
「白石、――自分、表情、前より良うなったで」
「は?」
「4月に俺がお前を部長に指名してから、自分、ずっと顔強張っとったからなぁ。せやけど、何や東京から帰ってきてからええ顔するようになったから、何かあったんかなぁ思てな。まあ、何にせよ、ええ傾向や」
オサムちゃんはそうカラカラと笑って、俺の肩を軽く叩いた。
「部長、あんまり肩張ってたら疲れるやろ。そん調子でもっと気ぃ抜きや。お前1人で部活動いてるわけとちゃうねんで」
ほなコート戻りや、といつもの調子で笑うオサムちゃん――監督は、意外と俺のことをよく見ていると思った。確かに今年の4月から部長となった俺は、このテニス部に関して思い悩むことは多々あった。先輩との関係や、自分が試合で勝たなければならないというプレッシャー。気持ちを落ち着けるためには、練習に練習を重ねるしかなかった。ラケットを振っているときが一番落ち着く。
そんな状態の俺に「関東大会、見に行くか?」と提案してきたのが監督だった。「ライバルのプレー見るのも勉強やで」と。その言葉には反論の余地がなかったが、今思えば、監督が関東大会に俺を送り込んだのは、無意識に神経を尖らせっぱなしだった俺に一旦休息を与えるためだったのかもしれない。確かに関東大会を観戦しているときは、その試合試合に集中していて、あまり自分のテニスや四天宝寺について思いをめぐらせることはなかった。
けれど、それ以上に大きかったのは、きっとあの偶然の出会いだろう。
――元気にしてるんやろか、支倉さん。
あの日、偶然階段でコケそうになっている女の子を助けたら、偶然にもそれは青学のマネージャーだった。正直最近テニス以外のことに労力を費やしたくなかった俺はあまり女の子とは関わりたくないと思っていたが、彼女はどこか他の子とは違っていた。
まず、階段から落ちそうになる時点でかなり抜けているとは思うが、俺のことを命の恩人だと言ったわりには「せめてジュースくらいおごらせて!」となかなか規模の小さいお礼をしようとするあたり、ツッコミどころ満載で単純に笑えた。本人はいたって真剣だから、さすがに口には出さなかったが。
しかし、他の女の子と彼女の最大の違いは、俺に対し、何の先入観も持たず、正面から向き合って接してくれたことだろう。「白石くんはうちらとはやっぱり違うわ」などと特別視されるというのは、一線を引かれているというのと同義である。しかし、彼女の場合は、その“一線”がなかった。そのせいか、彼女と話しているのは楽だったし、それどころか、はじめて会ったばかりとは思えないほど会話の波長も合った。
「……まぁ、そうやなかったら、自分から連絡先聞いたり、いっしょに会場まで行ったりせえへんよな普通」
コートの片隅で、思わずぽつりと口に出してしまった。携帯には今も『支倉麻衣』が登録されている。ただ、彼女へは一度も連絡したことがなかった。青学は関東大会で惜敗し、全国への切符を逃したからだ。今、全国大会に出場できなくなってしまった青学のマネージャーである彼女に、全国大会への出場が決まっている自分から連絡をしてもただの嫌味にしかならないような気がする。
「……お礼くらいは、言いたいねんけどな」
関東大会の会場まで案内してくれたことについて彼女に礼を言いそびれていたことに気づいたのは、帰りの新幹線の中だった。
――また、会えたらええんやけど。
そう仰いだ空は、青かった。
「白石」
「……ん、何ですか?」
「ちょっとこっち来ぃや」
めずらしく語尾を伸ばさず真面目な顔をした監督に、部活中だというのに俺はなぜか部室に呼び出された。……一体何やねん、改まって。
「……オサムちゃん、俺、部長やのに部活中にこんなとこおってええの?」
「たまにはええやろ、部長さん。ゆっくり話しようや」
「全国大会の話ですか?」
「ちゃうちゃう。今日は自分の話や」
「自分……俺?」
「そう。――白石、東京はええ息抜きになったか?」
オサムちゃんはいつもの気の抜けたような口調に戻って、ちらりと俺に視線をよこしながらそう訊ねた。
「息抜きっちゅーか…まあ、ええ刺激には」
「手塚クンどやった?」
「やっぱり手塚くんは全国レベルやと思います」
「そか。ほんなら、立海は?」
「間違いなく今年も優勝候補ですわ」
「なるほど。他には何や変わったことは?」
「……え?特にないと思うねんけど」
「ほんまに?」
「ほんまに」
するとオサムちゃんは「ほなら何が原因なんやろな」と口元に手をあてた。何が原因と言われても、その原因による結果さえ俺にはよくわからない。関東大会に行く前と行った後で俺は何かが変わったのだろうか。
「白石、――自分、表情、前より良うなったで」
「は?」
「4月に俺がお前を部長に指名してから、自分、ずっと顔強張っとったからなぁ。せやけど、何や東京から帰ってきてからええ顔するようになったから、何かあったんかなぁ思てな。まあ、何にせよ、ええ傾向や」
オサムちゃんはそうカラカラと笑って、俺の肩を軽く叩いた。
「部長、あんまり肩張ってたら疲れるやろ。そん調子でもっと気ぃ抜きや。お前1人で部活動いてるわけとちゃうねんで」
ほなコート戻りや、といつもの調子で笑うオサムちゃん――監督は、意外と俺のことをよく見ていると思った。確かに今年の4月から部長となった俺は、このテニス部に関して思い悩むことは多々あった。先輩との関係や、自分が試合で勝たなければならないというプレッシャー。気持ちを落ち着けるためには、練習に練習を重ねるしかなかった。ラケットを振っているときが一番落ち着く。
そんな状態の俺に「関東大会、見に行くか?」と提案してきたのが監督だった。「ライバルのプレー見るのも勉強やで」と。その言葉には反論の余地がなかったが、今思えば、監督が関東大会に俺を送り込んだのは、無意識に神経を尖らせっぱなしだった俺に一旦休息を与えるためだったのかもしれない。確かに関東大会を観戦しているときは、その試合試合に集中していて、あまり自分のテニスや四天宝寺について思いをめぐらせることはなかった。
けれど、それ以上に大きかったのは、きっとあの偶然の出会いだろう。
――元気にしてるんやろか、支倉さん。
あの日、偶然階段でコケそうになっている女の子を助けたら、偶然にもそれは青学のマネージャーだった。正直最近テニス以外のことに労力を費やしたくなかった俺はあまり女の子とは関わりたくないと思っていたが、彼女はどこか他の子とは違っていた。
まず、階段から落ちそうになる時点でかなり抜けているとは思うが、俺のことを命の恩人だと言ったわりには「せめてジュースくらいおごらせて!」となかなか規模の小さいお礼をしようとするあたり、ツッコミどころ満載で単純に笑えた。本人はいたって真剣だから、さすがに口には出さなかったが。
しかし、他の女の子と彼女の最大の違いは、俺に対し、何の先入観も持たず、正面から向き合って接してくれたことだろう。「白石くんはうちらとはやっぱり違うわ」などと特別視されるというのは、一線を引かれているというのと同義である。しかし、彼女の場合は、その“一線”がなかった。そのせいか、彼女と話しているのは楽だったし、それどころか、はじめて会ったばかりとは思えないほど会話の波長も合った。
「……まぁ、そうやなかったら、自分から連絡先聞いたり、いっしょに会場まで行ったりせえへんよな普通」
コートの片隅で、思わずぽつりと口に出してしまった。携帯には今も『支倉麻衣』が登録されている。ただ、彼女へは一度も連絡したことがなかった。青学は関東大会で惜敗し、全国への切符を逃したからだ。今、全国大会に出場できなくなってしまった青学のマネージャーである彼女に、全国大会への出場が決まっている自分から連絡をしてもただの嫌味にしかならないような気がする。
「……お礼くらいは、言いたいねんけどな」
関東大会の会場まで案内してくれたことについて彼女に礼を言いそびれていたことに気づいたのは、帰りの新幹線の中だった。
――また、会えたらええんやけど。
そう仰いだ空は、青かった。