本編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
まさかあんなところで白石部長に会うとは思わなかった。そして、まさかあんなことを聞かれるとも思わなかった。
「支倉って、財前とつきおうてるん?」
ずっと聞きたいと思っていた、と彼はそう言っていた。部長として、部内恋愛は早めに取り締まるべきという考えだったのだろうか。しかし、彼の話し口を聞いていると、もし私が光とつきあっていたとしても、それを咎めようとはしなそうだった。なら、何故?まさかありえないと思いながらも、変に期待する自分がいるから、情けない。
――白石部長が私のことを個人的に気にしてるなんて、あるはずないのに。
そして、部長に名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がる自分がいた。
ああもう、これじゃ辞めていった他のマネージャーの女の子とまるでいっしょだよ!
そんな自分にいらつくけれど、それでも彼に惹かれていることは認めざるをえなかった。いつから好きかと聞かれれば困ってしまう。思い返せば、彼が居残って自主トレをしていていっしょに帰った日も、部室で意外な悩みを告白されたときも、そして今日だって、私は白石部長に翻弄されっぱなしだった。
真剣な瞳も、からかうときの笑い声も、たまに頭をなでてくれる大きな手も全部、目をつむれば思い出せる。
「………白石部長のばか」
ふとんにもぐって、小さく呟く。
好きになっちゃいけない人なのに。
その夜は、眠れなかった。
第9話 熱【前】
合宿から帰ってきてからというもの、疲れからかずっと身体の調子が優れなかった。明日から全国大会を控えているというのにこんな身体ではいけない。栄養ドリンクを飲むことによって、なんとか生きていた。
「支倉はん、大丈夫か?」
「え?何がですか?」
タオルとドリンクを渡しに行くと、師範に突然心配された。
「クマできてはる」
「え゛!」
女の子としてちょっとショックだった。今までメイクをしたことはないけれど、クマを隠すことくらいはしたほうがいいのかもしれない。そんな会話を聞いていたのか、謙也先輩が「ほんまや」と便乗してきた。
「あんまりまじまじ見ないでくださいよー……」
「明日から全国大会あるんやし倒れたらあかんで」
「倒れませんって」
「なんやその顔で言われても信憑性ないわ。今日は大会前日やし、もうすぐ部活も終わるからはよ帰って休みや?」
心配してくれる師範と謙也先輩のやさしさがうれしい。こんな2人みたいなお兄ちゃんがほしいな、なんてのんきなことを考えていると、白石部長から突然名前を呼ばれた。
「支倉、ちょっと時間エエか?」
「はーい、今行きます!」
はよ休め言うてるのになあ、と師範と謙也先輩がため息をついていることに、私は気付かなかった。
*
「ほんで、……」
呼ばれて向かった部室にはオサムちゃんがいた。オサムちゃんの話は明日から始まる全国大会についての事務連絡で、白石部長とマネージャーの私はメモを取った。それにしてもなんだか視界が霞む。栄養ドリンクの効果が切れてきたのだろうか。頭も重い。どうしよう、私にはまだたくさんマネージャーの仕事が残ってるのに、こんなんじゃだめだ。
「――支倉、どないしたん?」
私の異変に気づいたのは白石部長だった。その声に、オサムちゃんも持っていたメモから視線を私に移した。
「……ほんま大丈夫か、支倉。具合悪いんか?」
「っつか、熱……!自分めっちゃ熱あるで」
「いや、気のせいですよ」
「アホ!気のせいなわけないやろ!……オサムちゃん、どないしたらいい?」
「とりあえず保健室やな。白石、連れていけるか?コレ、鍵や。学校のたいていの鍵はコレ1本で開く。俺も部員集めて部活終わらせたらすぐ行くわ」
「了解」
オサムちゃんは急いで部室を出て行くと、その時振り返りざまに白石部長に向かって鍵を投げた。部長はそれをキャッチすると、私の身体を立ち上がらせる。
「……おんぶ、だっこ、がんばって歩く。どれがええ?」
「が、がんばって歩きます!」
「ほんなら、腕、つかまり。今、自分、ふらっふらやねんから」
今の部長は、いつものようにやさしい部長ではなく、なんだか怖かった。きっと全国大会直前に体調管理できなかった私のことを怒っているんだろう。そう思うと、自然と鼻の奥がつんとした。――泣いちゃだめ。もっと情けなくなるから。
おずおずと部長の腕に自分の手を伸ばす。なんとかたどり着いた校内の保健室、部長はオサムちゃんから借りた鍵でドアを開けると、そのまま私をベッドの上に連れて行った。
「横になって、休みや」
「……はい」
私は言われるままに横になって、ふとんに入る。白石部長は保健室の冷蔵庫から熱さましのシートを取り出して、私の額に貼ると、体温計を取り出した。
「熱、測れるか?」
「……はい」
さっきから「はい」しか言えてない。私は体温計を脇に挟むと、手際よく氷枕を作る部長の背中を見つめていた。
「部長、保健室マスターって感じですね」
「何やそれ」
「備品とか、どこに何があるって全部わかってるような感じだから……」
「1年ん時からずっと保健委員やっとったら自然と覚えてまうもんやで。ええから黙ってゆっくり休み」
水道からシャーッという水の流れる音が耳に心地いい。言葉や雰囲気は厳しくても、やさしく看病してくれる部長を見ていると、さっきこらえた涙が気づいたら流れ出していて、私はあわてて右腕で両目を隠した。
――自分が情けない。
氷枕を作り終わった部長が、それをタオルで包んで持ってきてくれたというのに、涙は止まる様子を見せなかった。
「支倉って、財前とつきおうてるん?」
ずっと聞きたいと思っていた、と彼はそう言っていた。部長として、部内恋愛は早めに取り締まるべきという考えだったのだろうか。しかし、彼の話し口を聞いていると、もし私が光とつきあっていたとしても、それを咎めようとはしなそうだった。なら、何故?まさかありえないと思いながらも、変に期待する自分がいるから、情けない。
――白石部長が私のことを個人的に気にしてるなんて、あるはずないのに。
そして、部長に名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がる自分がいた。
ああもう、これじゃ辞めていった他のマネージャーの女の子とまるでいっしょだよ!
そんな自分にいらつくけれど、それでも彼に惹かれていることは認めざるをえなかった。いつから好きかと聞かれれば困ってしまう。思い返せば、彼が居残って自主トレをしていていっしょに帰った日も、部室で意外な悩みを告白されたときも、そして今日だって、私は白石部長に翻弄されっぱなしだった。
真剣な瞳も、からかうときの笑い声も、たまに頭をなでてくれる大きな手も全部、目をつむれば思い出せる。
「………白石部長のばか」
ふとんにもぐって、小さく呟く。
好きになっちゃいけない人なのに。
その夜は、眠れなかった。
第9話 熱【前】
合宿から帰ってきてからというもの、疲れからかずっと身体の調子が優れなかった。明日から全国大会を控えているというのにこんな身体ではいけない。栄養ドリンクを飲むことによって、なんとか生きていた。
「支倉はん、大丈夫か?」
「え?何がですか?」
タオルとドリンクを渡しに行くと、師範に突然心配された。
「クマできてはる」
「え゛!」
女の子としてちょっとショックだった。今までメイクをしたことはないけれど、クマを隠すことくらいはしたほうがいいのかもしれない。そんな会話を聞いていたのか、謙也先輩が「ほんまや」と便乗してきた。
「あんまりまじまじ見ないでくださいよー……」
「明日から全国大会あるんやし倒れたらあかんで」
「倒れませんって」
「なんやその顔で言われても信憑性ないわ。今日は大会前日やし、もうすぐ部活も終わるからはよ帰って休みや?」
心配してくれる師範と謙也先輩のやさしさがうれしい。こんな2人みたいなお兄ちゃんがほしいな、なんてのんきなことを考えていると、白石部長から突然名前を呼ばれた。
「支倉、ちょっと時間エエか?」
「はーい、今行きます!」
はよ休め言うてるのになあ、と師範と謙也先輩がため息をついていることに、私は気付かなかった。
*
「ほんで、……」
呼ばれて向かった部室にはオサムちゃんがいた。オサムちゃんの話は明日から始まる全国大会についての事務連絡で、白石部長とマネージャーの私はメモを取った。それにしてもなんだか視界が霞む。栄養ドリンクの効果が切れてきたのだろうか。頭も重い。どうしよう、私にはまだたくさんマネージャーの仕事が残ってるのに、こんなんじゃだめだ。
「――支倉、どないしたん?」
私の異変に気づいたのは白石部長だった。その声に、オサムちゃんも持っていたメモから視線を私に移した。
「……ほんま大丈夫か、支倉。具合悪いんか?」
「っつか、熱……!自分めっちゃ熱あるで」
「いや、気のせいですよ」
「アホ!気のせいなわけないやろ!……オサムちゃん、どないしたらいい?」
「とりあえず保健室やな。白石、連れていけるか?コレ、鍵や。学校のたいていの鍵はコレ1本で開く。俺も部員集めて部活終わらせたらすぐ行くわ」
「了解」
オサムちゃんは急いで部室を出て行くと、その時振り返りざまに白石部長に向かって鍵を投げた。部長はそれをキャッチすると、私の身体を立ち上がらせる。
「……おんぶ、だっこ、がんばって歩く。どれがええ?」
「が、がんばって歩きます!」
「ほんなら、腕、つかまり。今、自分、ふらっふらやねんから」
今の部長は、いつものようにやさしい部長ではなく、なんだか怖かった。きっと全国大会直前に体調管理できなかった私のことを怒っているんだろう。そう思うと、自然と鼻の奥がつんとした。――泣いちゃだめ。もっと情けなくなるから。
おずおずと部長の腕に自分の手を伸ばす。なんとかたどり着いた校内の保健室、部長はオサムちゃんから借りた鍵でドアを開けると、そのまま私をベッドの上に連れて行った。
「横になって、休みや」
「……はい」
私は言われるままに横になって、ふとんに入る。白石部長は保健室の冷蔵庫から熱さましのシートを取り出して、私の額に貼ると、体温計を取り出した。
「熱、測れるか?」
「……はい」
さっきから「はい」しか言えてない。私は体温計を脇に挟むと、手際よく氷枕を作る部長の背中を見つめていた。
「部長、保健室マスターって感じですね」
「何やそれ」
「備品とか、どこに何があるって全部わかってるような感じだから……」
「1年ん時からずっと保健委員やっとったら自然と覚えてまうもんやで。ええから黙ってゆっくり休み」
水道からシャーッという水の流れる音が耳に心地いい。言葉や雰囲気は厳しくても、やさしく看病してくれる部長を見ていると、さっきこらえた涙が気づいたら流れ出していて、私はあわてて右腕で両目を隠した。
――自分が情けない。
氷枕を作り終わった部長が、それをタオルで包んで持ってきてくれたというのに、涙は止まる様子を見せなかった。