本編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
合宿最後の夜、男子のお風呂の時間が終わった後、1人では広すぎる湯船につかる。
「こういうとき、やっぱりさびしいよね……」
男子テニス部のマネージャーとして所属している限り仕方のないことだけれど、お風呂も1人、部屋も1人。遠くの部屋からは楽しそうな声が漏れてくるのに、1人でふとんにもぐるのはさびしかった。それに今までは次の日の練習のことを考えていろいろと準備をしなければならかったのだけれど、今日で合宿は最後、明日は合宿所の掃除をして帰るだけだ。
お風呂に行くときに、偶然廊下で会ったオサムちゃんとの会話を思い出す。
「お~支倉、今から風呂か」
「そうなんですよー」
「ええなあ、ひっろい湯船1人占めやん」
「えー、でも結構さびしいですよ。夜寝る時も1人だし」
「ん。ほんならオサムちゃんといっしょにお風呂入ろか」
「セクハラはやめてください」
「手厳しいな……まあさすがにオサムちゃんも中学生は守備範囲外……かわからんけど」
「『わからん』てちょっと!26歳!」
「はは。まあ、別に変なことせーへんのやったら男子部屋遊びに行ってもええんやでぇ?」
「変なことって……」
「思春期の男子は獣やからなあ。そこさえお互い守ってくれれば今日くらい目ェつぶるで。支倉も部の一員やねんからもっと合宿楽しむ権利あるやろ。な!顧問がそう言うてるんやから」
どうしよう。お風呂から上がったら光のところにでも行こうかな。
第8話 宣戦布告
喉が乾いたから自販機に行く、というのは嘘ではなかったが、本当はそれだけが理由ではなかった。なんとなく財前の口から支倉との関係を聞くのを避けたかった俺は、あえてあの部屋を抜け出したのだった。
――自販機、どこやったっけ。
確か、そんなに広くはなく名前負けしている“大浴場”を出たところにあるラウンジに置いてあった気がする。浴場の方向に歩をすすめると、非常灯しか点いていない暗い廊下でぼうっと白い光を放つ自販機を見つけた。そして、その前にある人影も。
その人影の正体を確かめて、俺は息をのんだ。
「……支倉」
「わっ、白石部長?!」
「何でココにおんねん」
「え?いや、あの、お風呂上がりで喉乾いたから……」
支倉の手には、まだ口を開けたばかりと言わんばかりの量が入っているペットボトルのお茶があった。
「部長こそ、こんな時間にどうしたんですか?」
「俺も喉乾いたから飲み物買いに来てん」
「そうなんですか。奇遇ですね」
ふと、シャンプーの匂いが俺の鼻をかすめたと同時に、もう少しだけでいいからいっしょにいたい、と思う気持ちが強くなる。ついこの間まではただの後輩だったのに一旦意識するとどうしてこうも離れたくなくなるのか。
「なあ、急ぐん?」
「え?別に全然急いでないですけど」
「そうか。よかった。せっかく偶然会うたんやし、少しおしゃべりせえへん?」
「いいんですか?」
「逆に何でダメなん?」
「謙也先輩達がお部屋で待ってるんじゃないんですか?」
「あいつらは俺がおらんでも勝手に盛り上がってるからええねん。それにずっと支倉に聞きたいと思ってたこともあるしな」
気付けば彼女を引きとめている自分に呆れつつも、俺達はラウンジのベンチに隣合わせで腰を下ろす。
支倉はさっき買ったお茶を飲んでいる。俺は同じく自販機で買ったミネラルウォーターを飲みながら、切り出した。
「さっそく、聞きたいと思ってたことやねんけど」
「はい。何ですか?」
「……支倉って、財前とつきおうてるん?」
その瞬間、支倉はお茶を吹き出しそうになるのを堪えたせいか、苦しそうに咳をした。
「すまん、大丈夫か?」
「ちょ、っと……気管に…っ……」
背中を撫でると、少しずつ支倉の呼吸は整ってきた。
「……もう大丈夫です。すみません。はあ、びっくりしたー……どこからそんな話が出てきたんですか?」
「謙也と、財前と支倉は仲ええなって話から発展してな。財前って支倉のこと下の名前で呼んでるやろ。せやから、もしかしたら、てな」
「私と財前とかありえないですよ!ただ同じ小学校でずっと同じクラスだから、仲がいいっていうのは否定しませんけど。名前で呼ばれてるのは、小学校のクラスが名前で呼び合う文化だっただけで、私も中学入るまで財前のこと『光』って呼んでましたし。まあ、今でも2人しかいなかったら『光』って呼んでますけど……」
本人の口から否定する言葉が出て、ほっとしている自分がいることに気づく。
「何で変えたん、呼び方」
「光はモテるから、変に人前で『光』って呼んで、今みたいに、つきあってるとか勘違いされたら困るなって。でも光がずっと『麻衣』って呼ぶから変な誤解を招くことには変わってないんですけどね」
「でも、ただの友達というには仲よすぎるように見えるで」
「それは――まさかこんなことまで部長に話すことになるとは思わなかったんですけど、」
そう前置きをして、支倉は語り出した。
「私、小学校4年のときにこっちに転校してきたんですけど、最初、いじめられっこだったんですよ。やっぱり言葉が違うからかクラスの一部の男子にからかわれてたんです。でもそのときに光がその男の子に『くだらんことすんなや。めっさダサイで』って言ってくれて、それから光と仲良くなってったんです。だから、私としては光がある意味で恩人なんですよね」
「何やそれ、めっさかっこええやんか財前」
「ですよね。一瞬好きになりかけましたよ」
「マジか」
「今は全然ですけどね。てなわけで親友って感じです。その後はちゃんと友達もたくさんできたんで安心してくださいね」
にこっと笑ってみせる支倉に俺もつられて笑ってしまった。財前と支倉がつきあっていないことに安堵すると同時に、現時点で自分は財前には敵わないと思い知る。
――つまりは、俺がこれから財前を超える男にならんとあかんっちゅーことか。なあ、
「麻衣」
顔を見つめながら、名前を呼ぶと、みるみるうちに支倉の顔はこの暗さでも認識できるくらいに赤くなっていく。
「な、なんですか?」
「……って、ええ名前やな~思て」
「……そうですか」
「自分、名前呼んだだけなのに顔真っ赤やで」
「だ、だって突然部長が!……いえ、もういいです」
抵抗することをやめて支倉はうつむく。この反応、もしかすると脈が全くないわけではないのかもしれない。
あかん、顔がにやけるわ。
「部屋まで送ってこか?それともどっか寄るとこあったん?」
「さっきオサムちゃんに男子部屋遊びに行っていいって許可出たから、それこそ光のいる1年男子部屋に行こうかと思ってたんですけど」
「ああ、財前な、今2年部屋におんねん。さっき小春とユウジが拉致りに行っとったわ」
「………その2人には光も抵抗できないですよね」
「ホンマにな。ってなわけで2年部屋来るか?きっとみんな喜ぶで」
そう提案すると、支倉は「おじゃまじゃないなら喜んで」と笑った。今まで合宿の夜は女子1人できっとつまらなかったんだろうと思うと、今日くらいは楽しい思いをさせたい。
俺たちはいっしょに、2年の部屋へ向かった。
「こういうとき、やっぱりさびしいよね……」
男子テニス部のマネージャーとして所属している限り仕方のないことだけれど、お風呂も1人、部屋も1人。遠くの部屋からは楽しそうな声が漏れてくるのに、1人でふとんにもぐるのはさびしかった。それに今までは次の日の練習のことを考えていろいろと準備をしなければならかったのだけれど、今日で合宿は最後、明日は合宿所の掃除をして帰るだけだ。
お風呂に行くときに、偶然廊下で会ったオサムちゃんとの会話を思い出す。
「お~支倉、今から風呂か」
「そうなんですよー」
「ええなあ、ひっろい湯船1人占めやん」
「えー、でも結構さびしいですよ。夜寝る時も1人だし」
「ん。ほんならオサムちゃんといっしょにお風呂入ろか」
「セクハラはやめてください」
「手厳しいな……まあさすがにオサムちゃんも中学生は守備範囲外……かわからんけど」
「『わからん』てちょっと!26歳!」
「はは。まあ、別に変なことせーへんのやったら男子部屋遊びに行ってもええんやでぇ?」
「変なことって……」
「思春期の男子は獣やからなあ。そこさえお互い守ってくれれば今日くらい目ェつぶるで。支倉も部の一員やねんからもっと合宿楽しむ権利あるやろ。な!顧問がそう言うてるんやから」
どうしよう。お風呂から上がったら光のところにでも行こうかな。
第8話 宣戦布告
喉が乾いたから自販機に行く、というのは嘘ではなかったが、本当はそれだけが理由ではなかった。なんとなく財前の口から支倉との関係を聞くのを避けたかった俺は、あえてあの部屋を抜け出したのだった。
――自販機、どこやったっけ。
確か、そんなに広くはなく名前負けしている“大浴場”を出たところにあるラウンジに置いてあった気がする。浴場の方向に歩をすすめると、非常灯しか点いていない暗い廊下でぼうっと白い光を放つ自販機を見つけた。そして、その前にある人影も。
その人影の正体を確かめて、俺は息をのんだ。
「……支倉」
「わっ、白石部長?!」
「何でココにおんねん」
「え?いや、あの、お風呂上がりで喉乾いたから……」
支倉の手には、まだ口を開けたばかりと言わんばかりの量が入っているペットボトルのお茶があった。
「部長こそ、こんな時間にどうしたんですか?」
「俺も喉乾いたから飲み物買いに来てん」
「そうなんですか。奇遇ですね」
ふと、シャンプーの匂いが俺の鼻をかすめたと同時に、もう少しだけでいいからいっしょにいたい、と思う気持ちが強くなる。ついこの間まではただの後輩だったのに一旦意識するとどうしてこうも離れたくなくなるのか。
「なあ、急ぐん?」
「え?別に全然急いでないですけど」
「そうか。よかった。せっかく偶然会うたんやし、少しおしゃべりせえへん?」
「いいんですか?」
「逆に何でダメなん?」
「謙也先輩達がお部屋で待ってるんじゃないんですか?」
「あいつらは俺がおらんでも勝手に盛り上がってるからええねん。それにずっと支倉に聞きたいと思ってたこともあるしな」
気付けば彼女を引きとめている自分に呆れつつも、俺達はラウンジのベンチに隣合わせで腰を下ろす。
支倉はさっき買ったお茶を飲んでいる。俺は同じく自販機で買ったミネラルウォーターを飲みながら、切り出した。
「さっそく、聞きたいと思ってたことやねんけど」
「はい。何ですか?」
「……支倉って、財前とつきおうてるん?」
その瞬間、支倉はお茶を吹き出しそうになるのを堪えたせいか、苦しそうに咳をした。
「すまん、大丈夫か?」
「ちょ、っと……気管に…っ……」
背中を撫でると、少しずつ支倉の呼吸は整ってきた。
「……もう大丈夫です。すみません。はあ、びっくりしたー……どこからそんな話が出てきたんですか?」
「謙也と、財前と支倉は仲ええなって話から発展してな。財前って支倉のこと下の名前で呼んでるやろ。せやから、もしかしたら、てな」
「私と財前とかありえないですよ!ただ同じ小学校でずっと同じクラスだから、仲がいいっていうのは否定しませんけど。名前で呼ばれてるのは、小学校のクラスが名前で呼び合う文化だっただけで、私も中学入るまで財前のこと『光』って呼んでましたし。まあ、今でも2人しかいなかったら『光』って呼んでますけど……」
本人の口から否定する言葉が出て、ほっとしている自分がいることに気づく。
「何で変えたん、呼び方」
「光はモテるから、変に人前で『光』って呼んで、今みたいに、つきあってるとか勘違いされたら困るなって。でも光がずっと『麻衣』って呼ぶから変な誤解を招くことには変わってないんですけどね」
「でも、ただの友達というには仲よすぎるように見えるで」
「それは――まさかこんなことまで部長に話すことになるとは思わなかったんですけど、」
そう前置きをして、支倉は語り出した。
「私、小学校4年のときにこっちに転校してきたんですけど、最初、いじめられっこだったんですよ。やっぱり言葉が違うからかクラスの一部の男子にからかわれてたんです。でもそのときに光がその男の子に『くだらんことすんなや。めっさダサイで』って言ってくれて、それから光と仲良くなってったんです。だから、私としては光がある意味で恩人なんですよね」
「何やそれ、めっさかっこええやんか財前」
「ですよね。一瞬好きになりかけましたよ」
「マジか」
「今は全然ですけどね。てなわけで親友って感じです。その後はちゃんと友達もたくさんできたんで安心してくださいね」
にこっと笑ってみせる支倉に俺もつられて笑ってしまった。財前と支倉がつきあっていないことに安堵すると同時に、現時点で自分は財前には敵わないと思い知る。
――つまりは、俺がこれから財前を超える男にならんとあかんっちゅーことか。なあ、
「麻衣」
顔を見つめながら、名前を呼ぶと、みるみるうちに支倉の顔はこの暗さでも認識できるくらいに赤くなっていく。
「な、なんですか?」
「……って、ええ名前やな~思て」
「……そうですか」
「自分、名前呼んだだけなのに顔真っ赤やで」
「だ、だって突然部長が!……いえ、もういいです」
抵抗することをやめて支倉はうつむく。この反応、もしかすると脈が全くないわけではないのかもしれない。
あかん、顔がにやけるわ。
「部屋まで送ってこか?それともどっか寄るとこあったん?」
「さっきオサムちゃんに男子部屋遊びに行っていいって許可出たから、それこそ光のいる1年男子部屋に行こうかと思ってたんですけど」
「ああ、財前な、今2年部屋におんねん。さっき小春とユウジが拉致りに行っとったわ」
「………その2人には光も抵抗できないですよね」
「ホンマにな。ってなわけで2年部屋来るか?きっとみんな喜ぶで」
そう提案すると、支倉は「おじゃまじゃないなら喜んで」と笑った。今まで合宿の夜は女子1人できっとつまらなかったんだろうと思うと、今日くらいは楽しい思いをさせたい。
俺たちはいっしょに、2年の部屋へ向かった。